第18話 エスと新たな脅威 1
ブロアヒンメルの王、イーツは元の王の姿に戻り暫く目を閉じていた。自身が話すべきことの始まりを探しているのだ。そうして時間が過ぎ、ミディエの腹を鳴らした。
「食事を先に運ばせるか。まだ長い夜になりそうだ」
「ごめんなさい」
恥ずかしそうに詫びるミディエに、イーツは優しい笑みを向けた。
「いや、待たせた僕、おっと、吾輩も悪い。何から話すべきかと悩んでな」
そう言ったイーツが給仕を呼んで食事の用意を命じると、その話というものを始めた。
「吾輩がブロアヒンメル王国に入ったのは、他でもないエスの意思だった」
「エスのだと?
スタークが訝しむのも無理はない。本来エスは物事の指示を送るようなことはしないはずだ。
「お主の言いたいこともわかる。だが、それは確かに起こった。吾輩に宿った力でブロアヒンメルの王となり、
イーツが言った「宿った力」というのが変化のオルビスの力であることは、この場にいる全員が即座に理解したが、后に子を産ませるというエスの言葉は、ますます混乱させた。
「エスのことは混乱させる要因にしかならんようだ。一旦話を変えるか」
イーツはそう言って、丁度ノックされた扉に向かって「入れ」と短く命じた。
それほど豪華とは呼べないが、四人の腹を満たすには充分な食事が運ばれてきた。酒は初めから断っている。給仕が退室するのを待ち、イーツは別の話題に触れた。
「ミディエ、好きなだけ食べるがいい。お前の年頃ではまだ食べるのも仕事だ。さて話の続きだが、バルバリに戻ったのは創造と合成、で間違いなかったな? その二人はどうする?」
その質問は、バルバリの王であるスタークに向けられている。
「その二人はそのままバルバリの国の復興にあたらせている。正直、その後どうするか考えねばならなかったが、ファンデルが眠ったということは」
「吾輩への対応も当初の考えとは変わるか」
そう言ったイーツに、スタークは首を横に振りながら苦笑した。
「陛下をどうするかは、初めから陛下の考えに任せるつもりでしたので。いや、無論ここに来るまでまさか王がオルビスに繋がるバルバリの民とは思わなんだが、本人に任せようと。共に戦うか、その身とオルビスを自ら守るか。しかし、その通り。状況が変わりすぎた」
再び短い沈黙が訪れたが、イーツが固い決心と共に、その沈黙を破った。
「エスも何かありそうだ。確かに我々に知恵と答えを与える存在ではある。だが、どれだけ彼女のことを知っている? 吾輩は言われるまま王となったが、まだ后は迎えておらん。バルバリに儂を待つ女がいるわけでもないが、どうも気が進まんでな」
そう言ったイーツの視線は、ミディエに向いていた。
「いや、私はダメですよ。そんな、后なんて」
慌てて答えたミディエに、イーツは「無論だ」と頷いた。だが、すぐにこうも続けた。
「だが、ミディエ君ならば后に迎えても良いと思える。だが、勘違いするでないぞ。この地の女はどうも女として見れぬのだ」
つまり、イーツはノヴィネスに興味を示さないと言っているのだが、それにはヴェールも同意した。
「儂らはそうできている。そうとしか言えまい。不思議なことよ。ヴァーブラ公国でも美しく、頭も切れ、慈悲の心を持つ女も居る。だが、何故かその気にさせられん」
ミディエもこれまでであってきたノヴィネスたちを思い返した。そしてスタークと目が合うと、反射的にその目を逸らした。
「なんだか、とても微妙な気分ね」
ミディエはそう言って苦笑している。
「ノヴィネスから見ると違うようだな。何らかのオルビスと繋がり、シェニムの巫女として生きたバシリアスの母親は、噂通りザックワーズ公によって無理やり」
スタークの言葉にイーツとヴェールは頷いたが、ミディエは首を捻っていた。
「だとしたらバシリアスのお母さんはバシリアスを産まずに別の方法を選ぶ。きっと、イーツと同じようにエスから命令されたんじゃないかしら」
フィル・ムンドゥムの名を継ぐミディエは、ここにいる誰よりも他人の想いを理解できる。そのミディエが話した意見に、三人共「なるほど」と納得していた。
そしてスタークが立ち上がり、口の中に残った食事を水で流し込んで口を開いた。
「ではこの先は二手に別れた方が良さそうだな。陛下、立場上無理でしたら」
スタークが何を言うのか悟ったのか、イーツはその言葉を遮って話し始めた。
「吾輩のことはイーツと。バルバリの王から『陛下』などと呼ばれるのはむずがゆい。それと、吾輩はブロアヒンメル王国の王である以前に、やはりバルバリの民だ。今何を成すべきか吾輩が決める。君たちと共に戦うよ」
かつての教え子であるイーツの言葉に、ヴェールは心底嬉しそうに頷いていた。
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