第20話 エスと新たな脅威 3
翌朝のブロアヒンメル王国は夜明け前から降り始めた雪で、薄く地面が雪に覆われていた。
「サンティ! おはよう!」
ヌイーラで久しぶりに雨を見た日とは比べ物にならないくらい、ミディエは声と心を弾ませている。
夜明け前に客間の窓から外の世界が白くなっているのを見ると、食事の前に外に飛び出していた。
宮殿の外には、チャウムの家でもそうであったように、サンティがフィクスムの光を待ちわびていた。
「本物の雪、初めて」
「夜中に降ったようだ。ミディエは寒くないか?」
「平気。シェニムにも雪って降るの?」
「稀だが、数年に一度積もることもある。大樹の葉に白い雪が乗った姿は美しかったぞ。ただ、雪が乗っていてはフィクスムの光を浴びられぬから、オレが叩き落していたが」
サンティにもミディエの喜びが伝染したのか、普段語らないようなことを語った。ただし、それは意図せず感傷的になる話になってしまった。
「さあミディエ。もうすぐ朝食が準備される時刻だ。出発の準備を整えてこい」
「そうね。じゃあ、またあとで」
ミディエはサンティの心中を察してそれだけ言うと宮殿の中に戻っていった。入り口を閉じるときに小さく手を振ったミディエに、サンティは頷いて返した。
「オレはこれからどうなるのだろうな。もう一体のサンクテクォも。ミディエ、オレはお前を失いたくない。だが与えられた命の長さが違う。全く、自分ではままならないことばかりだな、この世は」
サンティは白み始めた空に目を向けて嘆息した。
扉が閉まった後のミディエも、その扉に背中を預けてサンティと同じようなことを思っていた。
「もうサンティと木の実を探して遊ぶこともないのかな。あの日、あんなことが起こらなければピートも。でも、ファンデルが動いたからこそ、サンティは組合の通路にいつもいるようになったんだもんね。なんだか、ままならないことばかり」
ミディエはつい俯いてしまっている自分の頬を両手で
「連れのお二人は先程おいでになられて中でお待ちです。お急ぎとのことでしたので食事は全て配膳致しております」
「ありがとうございます」
ミディエがお辞儀で返すと同時に給仕は扉を開けていた。
厚い壁の宮殿の中は、外の冷気が全く入ってきていない。フォッシリアの力で、充分に室内も温められている。ミディエは上着を腕にかけ、食事と仲間が待つ部屋へと入った。その瞬間、燻された肉の香りが鼻腔をくすぐった。
「ヴェーちゃん、スターク、おはよう。これってもしかして昨日仕留めたガル?」
ミディエは、スタークの顔を見ながら座って聞いた。
「まさか。そう早くは食えん。魚と違って獣は十日ほど経った方が旨いからな。無論我々も昨晩十頭は狩ったが、それはすべて地下に保管されている」
なぜ十日寝かせた方がいいのか、その理由には興味を示さず、ミディエの目は切り分けられる肉に釘付けになっていた。
「アリーチェ・デザータのご飯も美味しいけど、旅に出たらもっと美味しいものばかりで驚きっぱなし」
ミディエの正直な感想にスタークの頬もゆるむ。
扉が開いてイーツが顔をのぞかせると、その表情も柔らかかった。
「皆揃っておるな。近衛騎士団の親子のお陰で、備蓄もできた。干し肉を用意させたから、旅立つときに受け取っていくといい」
「食事の最中にそう言われると、なにやら急かされているようだな」
スタークは苦笑したがイーツは表情を厳しくさせた。
「聖獣サンクテクォは既に外にいる。彼らにとって食事はフィクスムの光だからそうなのだろうが、我々が思っているよりゆっくりしている場合でもないのかもしれんぞ」
「そうだな、エスの方は急ぐ理由は何もないが、シェニムは急いだほうが良いのかもしれん。親父、ミディエ、行けるか?」
イーツとスタークは急いでいたが、ヴェールはその二人を「焦るな」と制した。
「僅かな時を焦ってもしかたあるまい。今まではファンデルに隠れて目立たぬよう動いていたが、その必要もなかろう。ヴォラを使えば、いや、ズィ・ヴォラならシェニムなど四半刻もかからぬ。エスの所へも二刻、いや、一刻と少しで行けるだろう。準備と食事は大事だ」
ヴェールの言葉にイーツも頷いて、全員が円卓を囲んだ。
「正直なことを言えば昨夜久しぶりに剣を振るのが嬉しくてな、少々調子に乗りすぎた。朝から腹が減っておるのだ」
ヴェールはそう言って豪快に笑った。
「吾輩もここを発つにはもう少し時間がかかる。これでも一応国王なのでな。当然できるだけ急ぐが」
ヴェールもゆっくりしていられる場合ではないと理解している。だが、何事も心に余裕をもって挑まねば実力を発揮できない。ヴェールは焦ることなく、慌てることなく、できる限り早く食事を済ませた。
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