第21話 エスと新たな脅威 4
「待たせたな。先に行ってもらっても良かったのだが」
宮殿の入り口の広間で準備を終えているスタークたちを見て、イーツは扉を開けつつ皆を外へ誘導した。
「陛下はルクイトールをお持ちではないでしょう?」
イーツはミディエが門兵にルクイトールを与えていたのを思い出し、何を求められているのか悟った。
「血が必要だったな」
イーツは頷いてミディエの前に立った。そのイーツの耳の下にルクイトールのフォッシリアをミディエが準備すると、イーツの耳から血が滴り落ちた。ミディエの横に立つヴェールがイーツの耳に指先を向けている。
血を浴びて一瞬揺らいだフォッシリアが、瞬時に固まる。ミディエもこの仕事に随分と慣れた様で、手際が良くなっていた。
「では陛下、試しに繋いでみてください」
「うむ。考えるだけではなく、声に出して話すのだな」
頷いたミディエを見て、イーツ二十歩ほど駆けた所からルクイトールに話しかけた。
「どうだ?」
「大丈夫です。しっかり繋がっています」
それを聞いたイーツは、再び皆の所へは近寄らず、そのままそれぞれの目的地に向かうようルクイトールで話した。
「スターク、先生、ミディエ。それから聖獣サンクテクォ。無理はせず、状況が厳しいようなら体勢を立て直す道を選んでくれ」
ヴェールのことを「先生」と呼んだイーツは、飛び立ちながら本来の姿に戻っていた。
ヴェールは「無論」と答え、スタークとミディエ、サンティに合図してシェニムへと向かった。
空を飛べないサンティは、ミディエを肩に乗せ、ミディエの繋がるズィ・ヴォラの力で飛んでいる。
「ミディエ、イーツが言っていた通りだ。無理はするな。やはりどうも胸騒ぎがする」
他の二人にも聞こえるよう、真剣にそう話すサンティにミディエは頷いた。
「うん。ただ、検石主としての私の役目も果たさないと。イーツが言うアンテの話も気になるし。スタークとヴェーちゃんも居るし、ファンデルより先にシェニムに着くだろうし」
言いながらもミディエもやはり不安に襲われていた。
ミディエが組合の外でバラバラになったピートを見て以降、敵の正体もわからぬまま戦いの予感だけに襲われ続けていた。
そんな中バシリアスが復活させたピートと対峙し、バシリアス本人とも殺し合うところだった。そのバシリアスはもういない。
バシリアスを操っていたファンデルも力を失いつつある。
そして、エスはスタークたちが思っているような存在ではないかもしれないとイーツは言った。彼女の存在は何を意味するのか。
不安はいつでもミディエの胸の中にあった。その都度ミディエはオルビスに触れていた。ファンデルの一部に。
やはり自分もファンデルと同じく眠るべき存在なのか。ノス・クオッドはバルバリとして生き残るべきではなかったのか。ミディエがオルビスに触れながら自問するも、バライデスのオルビスは何も答えない。
悩むミディエに、不意にエスの言葉が胸をよぎる。
「生きたい。あなたたちにも生きてほしい」と。
ミディエは、イーツの「エスはバルバリの民を操る存在」という言葉も思い返し、ある可能性に目を見開いた。
一万年エスを生かし続けたフィクスムの塔。そこへ光を当て続ける三つの巨大な鏡。その鏡を制御している何者かがエスの声の正体だとしたら。
ミディエは憶測が膨れ上がっていくのを、
「サンティ、フィクスムの塔と、塔に光を当てる巨大な鏡を造ったのって誰?」
「バルバリの民ではないのか? エスとはそもそもバルバリの民の指導者のような存在だろう?」
ミディエの期待に反して、サンティの答えは明瞭さを欠くものだった。
「サンティもはっきりとしたことは知らないのね」
「あの頃はオレだけじゃなく、他の聖獣たちも身の危険を感じてシェニムで身を隠していたからね」
「あっ、そうか。そうだよね」
二体の聖獣の犠牲によって生まれたノス・クオッドと、スキアボス。フィクスムの塔が造られたのは、寿命の長い聖獣にとっては、その後まもなくのことだろう。
ミディエが考えを巡らせる間もずっと、サンティはじっとシェニムの方を、向かう先をまっすぐ見つめている。
「また木の実探し、しようね」
ミディエがそう言っていつも通りサンティの首元に顔をうずめる。外側の毛には雪が付いていて冷たかったが、その奥はいつもより温かかった。
「ああ。シェニムでの用事はすぐに済むだろう。その後にいくらでもできるさ」
「うん、そうだね」
サンティは気休めでそういうことを言う存在ではない。サンティがそういうなら間違いない。ミディエも前を見据えた。フィクスムに照らされる明るい世界を。
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