第15話 ファンデルとアンテ 7

「さて、どのくらい待たされるか。サンクテクォも、もう少し優しく聞けば良いものを」

 スタークが意地悪くサンティに向かって苦笑交じりに言った。

「優しく? それはどうか知らんが、オレに脅したつもりはないぞ」

 言い訳をするサンティに、三人全員が「そのつもりがなくとも聖獣が喋れば人々は恐れる」と思って笑っていた。

「なぜ笑う? 笑わせるようなことを言った覚えはない」

「サンティはアレだね。言葉は覚えたけど、自分のことが分かってないね」

 ミディエに言われ、サンティはますます怪訝な顔をした。

 ふとそのサンティの瞳の奥に、ミディエさえも身体を強張らせるほどの光が宿った。

「どうしたの、サンティ?」

 スタークとヴェールも、毛を逆立てて唸り始めたサンティを心配そうに見つめた。残された衛兵の二人は、恐怖に怯えている。

「シェニムにファンデルが向かっているようだ」

 サンティは唸り続けている。ミディエに脚を撫でられ落ち着き始めてはいるが、尋常ではない気配はそのままだ。

「フィルとユーランもシェニムに急いでいると言っていたが、それと関係があるのか?」

 スタークの質問に、落ち着きを取り戻したサンティが顔を向けて答えた。

「ある。どうやらユーランがファンデルの動きを察して追っていたようだが、ファンデルの移動速度が遅い。ユーランも成体になり、フィルと共に全力で飛んでいるようだ。先にシェニムに着くのはユーランたちだろう」

「ふむ。ポッシオはディゾラ海のどこぞかを泳いでいるのだろうし。ヴァッシュールはアリーチェ・シルヴァ辺りでのんびりしているだろう。ユーランたちがファンデルの後を追ったということは、ファンデルは聖獣の居ないシェニムに向かっていたということだろう? まさか再度自らを封印するということもないだろうし、一体何をしに」

 スタークはそこまで言って思い出した。

「先代のサンクテクォはどこにいる?」

 スタークの言葉を聞いて、ミディエもハッとした。サンティがここまで動揺しているということは、先代はシェニムにいるに違いないと思ったが、サンティから紡がれた言葉はミディエの想像を超えていた。

「まだ話していなかったのだが」

 サンティはゆっくりと背中を曲げながら逆に腕を伸ばし、今度は背中を伸ばしながら大きく息を吐いた。

「オレを含めて今、サンクテクォは三体いる」

「どういうこと?」

「なにっ?」

「なんと?」

 ミディエたちは口々に驚嘆の声を上げた。

 先代のサンクテクォからもう一体幼体が発生し、ユーランとの口論のような話の末、自分は聖獣であることを捨てる覚悟でこの場にいることをサンティは話した。

「そんなことがあり得るのか」

 溜息と共に溢したスタークにサンティは空を見上げた。フィクスムはもう随分と暴風壁の上部に近づいている。

「前兆はあった。ユーランの話ではな。だが、問題はファンデルだ。おそらく奴の狙いは幼体のサンクテクォ。奴はもうバシリアスの身体から抜けているようだ。ユーランからそういう思念が届いた」

「もしかして今度は幼体を器に?」

 ミディエがその頭に浮かんだ予測を口にすると、サンティは頷いた。

「元々スキアボスやノス・クオッドは聖獣を素に造られた。聖獣そのものを器にするのも可能だろう。バシリアスの記憶が残っていれば、その方法も理解しているに違いない。何より、近づいていたはずのユーランたちを放っておいてまでシェニムに向かったのが証拠だ」

 聞き終わる前に、ミディエはズィ・ヴォラのフォッシリアを起動させていた。

「じゃあ急いで行かなきゃ! どんな力を得るか想像もつかないじゃない!」

 慌てるミディエに、サンティは「まあ待て」と落ち着かせた。

「ユーランにフィル、そしてそばには成体のサンクテクォもいる。つまりは私と同じ力を持ったものが。三体もの聖獣がいれば、幼体を器にしようとしたところで打つ手もあるさ」


 サンティの予想は、ある部分では正しかった。

 ファンデルは残りわずかな支配のオルビスの力と、自身に残る力の残滓ざんしを使い、サンクテクォの幼体を器としようとしていた。その飛翔する速度は、人間の駆ける速度ほどだ。時間は充分に残されている。

 だが、サンティにも誤算があった。ユーランたちがサンクテクォを助けるだろうと予測したこと。そもそも、ファンデルへの復讐を強く望んでいたユーランが、例えサンクテクォを器にしようとしたとして、ファンデルを止めるはずもなかった。

「聖獣」としてひと纏めに呼ばれてはいるが、全く違う種だ。

 サンクテクォがこれまで通り一体しか存在しなければ、もう少し違う結果があったかもしれない。

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