第14話 ファンデルとアンテ 6
スタークとヴェールを肩に乗せ、ミディエを腕に抱きかかえ、サンティは海岸線をブロアヒンメル王国に向かって駆けている。ヴェールが予測していたよりもザックワーズ公から書状を受け取ることに手間取り、ヴァーブラ公国を発つ時刻が遅くなった。
「随分フィクスムが傾いてきちゃった」
ミディエにスタークが頷く。
「日没前には着くであろうが、宿が使えるかが問題だな」
続けて、ヴェールも眉間の皴を深くしている。
「いっそ国外で一夜を明かしてからの方が得策かもしれんぞ。夜は何かと神経を使う」
「それは大丈夫だと思うけど? サンティがいるんだし」
サンティの首元にしがみついて風を受けるミディエの表情は明るい。ブロアヒンメル王国も他国に漏れず、聖獣は畏怖の念をもって崇められている。
「ミディエは聖獣の扱いが酷いな。オレを喋る家畜のように使う」
サンティは大げさに嘆息すると、走る速度を速めた。
「さあ、ブロアヒンメルの領地に入るぞ。このまま進んで構わぬであろう。喋る聖獣の肩に乗って現れる客人などそうそうおるまい」
言いながらサンティも笑っている。「聖獣サンクテクォではなくなった」と語ったサンティは、目に見えぬ肩に乗せた荷を降ろしたのだろう。よりサンティとしての個を前面に濃く出している。
ブロアヒンメル王国の領土に入ると、海の向こうに陸地が薄く見え始めた。ディシビアだ。ディシビアのさらに奥の方へ眼をやると、一帯に赤黒い靄がかかっている。その辺りがフィリヘイトナのはずであるが、その土地の姿は靄に隠れて見えない。
赤黒い靄は、時折空に向かって渦を巻く。何か獲物を捕食しているようにも見える。
更に王国へ向けて進むと、道は海沿いから内陸へ向けて緩く曲がっていた。
先行きの明るい旅ではない。それでも皆の顔には笑みがあった。
仲間だ。サンティという喋る聖獣と三人の仲間。
ミディエ、スターク、ヴェール、そして聖獣サンクテクォ。それぞれがそれぞれの者を信頼し、少々の苦難が訪れても乗り越えられる自信がついていた。
「見えてきた!」
サンティを除けば、ミディエが一番に遠目が利く。
七十年前、ブロアヒンメル王国の奥地だけを覆っていた暴風壁。現在では王都を囲むように一周している。そして、王都への正門の両脇に立つ見張り塔は、シンヌイ宮殿を凌ぐ巨大さだ。
その塔に挟まれている門扉が近づき、三人はサンティから降りて自らの脚で歩いた。
間近で門を見て、ミディエはその大きさ以外の所に驚いていた。
「そっくり。組合の門に」
そう言ったミディエの表情は暗い。まだピートを失った、組合の皆を救えなかった痛みは癒えていない。
「我らが王都に如何なる用があって参られた」
門には三人の衛兵が立っていた。対となる塔側に一人ずつ。そして門の中央に一人。その中央に立つ衛兵が、年長者であるヴェールに尋ねた。
決まった言葉で聞いているが、やはり視線はサンティの方へ奪われがちだ。それでもヴェールは礼を尽くして、兵に跪き、頭を下げた。
「儂と後ろにおる愚息はヴァーブラ公国近衛騎士団。ヴェール=ヴィン・オーリンゲンとスターク=ヴィン・オーリンゲン。精霊使いが名を名乗らないのはご承知でしょうし、この聖獣の名は口にするまでもありますまい」
ヴェールは言いながら懐に手を入れ、王に向けた書状を出した。
「恥ずかしながら名を知らぬのですが、人をひとり捜しております。幾年か前より他国から来た者がシンヌイ宮殿におるはず。その者にお会いたい」
書状に目を通しつつヴェールの話を聞き終えた衛兵は、首を傾げている。
「それは、王妃という意味であろうか? しかし、王はまだ独り身。私の知る限り、王と古くから仕える者以降、新たに宮殿に人が入っておるとは聞いておらぬが」
衛兵は、書状の隅に透かして見えるヴァーブラの公家の紋章を認めながらも、真に心当たりのない依頼に申し受けかねていた。
「そなたに心当たりがなくとも、聖獣ユーランより聞き及んだこと。中におる識者に確かめてきてはもらえぬか」
後ろに構えていたサンティがそう発するや否や、衛兵はその場にひれ伏した。
「せ、聖獣の声を賜るなど、このようなこと。かしこまりました。すぐに確かめてまいります」
今度は素早い動きで立ち上がると、衛兵は両側の塔に立つ衛兵に向けて合図を送った。
二人の衛兵は、同時に塔の窪みに手を差し入れ、中に埋め込んであるフォッシリアに触れた。すると門の中央に垂直に割れ目ができ、左右に分かれて道が開けた。
「組合の扉と違って、自律式じゃないのね」
ミディエは誰にともなく呟いた。
開いた扉の向こうには、薄い夕焼け色の石が規則正しく敷かれている道があった。まっすぐ伸びるその道の先に、水滴に似た形の部屋がいくつも並ぶ、美しい宮殿が見える。
その宮殿の全容が見えた直後、再び扉は閉められた。
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