第24話 エスと新たな脅威 7
幼体のサンクテクォの悲しい咆哮。最初にその犠牲になったのは、風穴に様子を見に入った六人のスキアボスたちだった。
光届かぬ風穴の中にあって、ファンデルの意識と力を宿したサンクテクォの幼体が、漆黒の妖気を放っているのがはっきりと見えた。細く渦を巻き、獲物を探す触手のように蠢く闇。その闇が渦を細めて棘を作る。数百、数千の棘が、六人に向かって飛び出した。
スキアボスたちには声を上げる間も与えず、苦痛の呻きさえ出させなかった。
バシリアスがバルバリの国で放った棘よりも、何倍も多く、何倍も鋭く、そして何倍も速かった。
その凄まじい力の放出に、上空で戦っていたユーランとサンティ、スタークとヴェールも、戦いの動きを止めた。
風穴の中で唸るファンデルの声が風穴の壁で反響して増幅されている。
「ファンデルか!」
想像以上の
「こ、これがファンデルだと?」
ユーランには信じられなかった。バシリアスに寄生していた時とは明らかに違う。
緑豊かなシェニム全体を覆うような、禍々しく強烈な力。その力に対して恐怖が支配し身体を動かすことができない。ユーランの視線は、風穴の出口で固定されていた。
再度響き渡ったファンデルの咆哮。風穴は遠く火山を揺るがすほどに震えて岩を吹き飛ばし崩壊した。
崩壊した風穴から土煙が立ち上る。ファンデルから飛び出た無数の棘が、土煙を風圧で散らして光を追い抜く黒い陰となって闇の力を突き立てる。
ユーランは棘を避けるという行動を選ぶこともできず、輝く鱗を散らし切り刻まれた。巨大な体躯も、それを支える翼も、輝く水晶の冷却襞も、一瞬でバラバラの物体になった。
「冗談じゃないぞ。これがアンテを滅ぼしたファンデルの力か?」
ユーランが何もできずに切り刻まれるのを見て、スタークは恐怖を通り過ぎて目の前の現実を受け入れられなかった。
風の剣が全く通じなかった相手も一瞬でバラバラになったのだ。その風の剣を扱っていたヴェールは、たった一本の棘を切り落とすことも、躱すこともできず、本人も気付く前に身体に大きな穴を空け、地に堕ちていた。
「親父っ!」
スタークは地に堕ちゆくヴェールに叫んだつもりだったが、実際はその声が喉を震わせることはなく、ただヴェールを追うように堕ちていた。やはり気付かぬうちに棘に貫かれて。
棘は地上にいたフィルにも襲い掛かる。フィルの巨大な翼には、それが羽根であるかのように棘が刺さっている。長い首には幾列も棘が貫通し、再び咆哮の谷を抜ける風のような猛々しい声を発することはなくなった。
ミディエはそのフィルに守られる形になっていた。あるいは、本当にフィルがとっさにミディエを守ったのかもしれない。それでも、ミディエも無傷では済んでいなかった。細い左腕の肘から下が砕け散っている。痛みは感じていない。
なぜ二体の聖獣が一瞬のうちに死んでいるのか。なぜ、空で戦っていたスタークとヴェールの亡骸が目の前に落ちているのか。
一瞬の、一度の瞬きすら許さない速さだった。
繰り返される咆哮に、ミディエは思わず耳を塞いだが、左耳を塞ぐ手は失っている。
その事実を一歩ずつ歩きながら実感していると、スタークとヴェールの死の現実も、胸に迫ってきた。歩みが徐々に早くなる。まずはスタークの動かぬ体に触れた。だが、もう動かぬとは信じられないくらいに熱い。まだその魂がユーランと戦っているようだ。
ヴェールに関しても同じだった。
ミディエは、二人の遺体の傷口にフォッシリアをいくつか流し込もうとした。しかし、フォッシリアは溶けても二人に定着することはなかった。
ミディエはただただ止まらぬ涙が悔しくて、シェニムの大地を何度も叩きつけていた。
再びかつて風穴であった場所から咆哮が轟く。目の前でその叫びを受けたサンティは、思わず顔を地面にうずめる。両手でなんとか耳に飛び込んでくる怒りを塞ごうとするが、大地を震わす怒りにそれは無意味だった。
「なぜだ」
ファンデルが吠えずしてサンティに問いかける。
「なぜユーランは私の呼びかけに応えなかった?」
唯一攻撃を受けなかったサンティ。そのサンティの正面にファンデルが座った。
「まだファンデル、ではないのか?」
サンティは手を伸ばし、ファンデルと一体となったサンクテクォの幼体を見下ろした。
「ファンデルは私の一部となった。私はファンデルであり、サンクテクォだ。どちらか一方ではない。兄、と呼ぶべきか。そなたは知っているのか。なぜユーランが来なかったのか」
ファンデルはそう言いながら、サンティの右目に棘を差し込んだ。
「ぐあぁっ! な、何をする!」
サンティは痛みでのたうち回った。
「なぜだ。なぜ私を助けなかった」
言いながらファンデルは更に棘を生んでいる。
「助けることになったかどうか知らんが、我々はファンデルとの融合を止めようとした。だが、ユーランが、ユーランとフィルが邪魔したのだ。奴らはファンデルへの復讐を望んでいたから。がはぁっ!」
もうひとつの棘が、左目を突き刺した。その棘はサンティの頭を突き抜け、左目を先に付けたまま、背後の木に突き刺さった。
「だとしたら残念だったな。私を見ることもなく死に絶えただろう。まあ、過ぎたことはいい。私にはやらねばならんことが」
ファンデルがサンティの目の前でそう言っている時に、サンティは最後の力を振り絞り、かすかに見える右目からの光で、ファンデルの鼻先に自分の鼻先をぶつけた。
サンティからフィクスムの光が溢れ出す。そして、それらがファンデルとなった幼体に吸い込まれてゆく。
フィクスムの光と共に、サンティと、これまでの歴代のサンクテクォの記憶が、幼体へと流れ込んだ。
「ゴォオオオオ!」
これまでで一番大きな咆哮を発し、力尽きて倒れているサンティに身を預けるようにして、幼体はその場に崩れた。
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