第23話 エスと新たな脅威 6

 一方、シェニムのエクシートゥムの岬にある風穴を目指していたスタークたちは、シェニムの中央に聳える火山に近くで思わぬ相手から足止めされていた。

「申し訳ないと思わぬでもないが、誰も通すわけにはいかぬのでな。悪く思うな」

 口から僅かに炎を吐きながらそう話すのは、成体になったユーランだった。

 先程から何度となくスタークとヴェールがその剣を振るっていたが、ユーランの固い鱗には全く歯が立たなかった。

 サンティは炎を避けながら、なんとか幼体のサンクテクォと意思疎通を図っていたが、充分とは言えなかった。思念で通じても、言葉の発し方、それに言葉そのものを教えるのは難しい。

 異変を感じたサンティに促されて先に地上に降りたミディエは、フィルにその行く手を遮られていた。

「もうしばらくしたらファンデルがここに辿り着くのだ。お前たちもどうなるか見てみたくないか?」

 サンティはユーランのその言葉に、ようやく本来の目的が見えた。

「そうか、ユーラン。お前は初めから復讐など望んでいない。進化や退化が何を生むか見たいだけだ。そうだろう?」

 サンティの言葉に、ユーランはニヤリと笑った。

「それを見物するのも面白いやも知れぬ。だがサンクテクォ、それだけでもないのだ。我々は目にしたのだよ。ディシビアでファンデルが倒れた時に」

 燃え盛る息を漏らしながら笑うユーランに、サンティは一瞬寒気を感じた。かつてのユーランではない。何か大きな影響を及ぼす存在に接触している。そう感じた。

「アンテか?」

 サンティの放った言葉に、ユーランの目が輝きを増した。「アンテ」という言葉に反応したのではない。ファンデルがとうとう風穴に到着したのだ。

「スターク! ヴェール! 何とかしてくれ!」

 サンティが叫ぶ。

「言われんでもやっているだろう!」

 スタークとヴェールは二人とも巨大で鋭利な風を剣に纏わせ、ユーランに向けて突き立て、振り下ろし、切りつけている。だが全く手ごたえがない。相手が悪すぎるのだ。

 二人の最強とも言っていい騎士を相手に、サンティと会話する余裕すら見せるユーランにスタークは舌打ちした。

 唯一の弱点であろう顔の周囲は、狙おうにも口から強烈な炎を吐かれては近づくことはおろか直視することすら厳しい。

 眼下のミディエはフィルから攻撃こそ受けていないものの、完全に行手を塞がれている。スタークは何度かユーランの隙を見てミディエに近づこうとも試みたが、それも二体の聖獣によってことごとく阻まれていた。

「ミディエ! 何か方法はないのか?」

「無理! フォッシリアの力を使う相手ならまだ手はあるけど、フィルを振り解くなんて、どんなフォッシリアを使ってもできないよ! あの回帰のフォッシリアでもきっと無理!」

 状況が決したと見て、ユーランがひとつ吼えた。

「ファンデルがサンクテクォの幼体をどう器にするか見てみたいものだが、万が一貴様らを近づけて抗われてもつまらん。もうしばらく時間を稼がせてもらう」

 サンティはユーランのその慎重さに舌打ちをした。

 風穴の入り口には、先代のサンクテクォの亡骸が横たわっている。その上を支配のオルビスの弱い光に包まれ、ファンデルが飛翔していった。

 奥へ行くほどに細くなる風穴を進み、やがて目的の幼体をファンデルが見つけた。

 そしてオルビスの光が強くなった瞬間、幼体のサンクテクォはサンティから教わった言葉を思念としてぶつけた。

「デフォルマ!」

 声と思念。そのふたつにはいくつかの違いがある。そのひとつが、声を用いた言葉でなければ、フォッシリアの機憶を作動できないということだ。

 長らく聖獣がフォッシリアと繋がらなかったのは、言葉を扱わなかったからに他ならない。

 二年前のこの地で、バシリアスは支配のオルビスを手に、自らの意思を物体に転移させる、フォルマのフォッシリアを用いてファンデルの器となった。

 地面に転がる光を失った支配のオルビス。もはや次の所有者を選ぶ力も残されていない。

 そして地面にはもうひとつ。人間の指先に乗るほどの黒く薄い石。その石からは八本の脚が伸びている。ファンデルの真の姿だ。

 サンクテクォの幼体を目の前に、ファンデルは八本の脚を伸ばした。

「デフォルマ!」

 サンクテクォは再び思念をぶつけた。自分とファンデルを融合させないためにフォッシリアへ動けと念じる。だが、やはり無駄だった。

 この後どうなるのか。幼体が考えを巡らせていた一瞬の間に、ファンデルが幼体の後頭部へと脚を突き刺した。そして、サンクテクォの幼体が数回身体を震わせると、光を失った支配のオルビスをぺろりと舌で掬い上げ、喉の奥へと流し込んだ。

 サンクテクォの幼体は、まだ自我を保っていた。そればかりか不思議なほどまでに冷静だった。確かにファンデルが自分の中に侵入しているのを実感していたが、かつての自分よりも落ち着いている。

 落ち着いている状態で、これまでの状況を振り返った。

 なぜユーランとフィルは、助けを求める自分に応えてくれなかったのか。同じ聖獣でありながら、自分がファンデルとなんらかの繋がりを持つのを待っていたように思えた。明らかにファンデルに侵入、あるいは支配されると想像していたはずだ。

 サンクテクォの幼体は自分の助けを無視したどころか、自分の身体を利用されたことに対する強い恨みを込め、空に向かって吠えた。その声は遠く彼方まで悲しく響いた。

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