第32話 新世界へのプロローグ 4

 船の中でのデフィクス歴一二〇は、既に全てのアンテが眠りについていた。

 それから五千年の間は、数百年に一度、ごく短い時間だけ決まった技術者が眠りから覚めていた。そうして植物の生育、水資源と空気の循環に関するマシナの働きを確認し、二千八百のアンテが繁殖をし、その数を増やしても生き残るに充分な環境を整えていた。

 もし、惑星ムテルの環境にも気を配っていれば、船で空に逃げた技術者たちが想定していたよりも、穢れの浄化速度が速いという事実は、すぐに目に見える情報として掴めていただろう。

 さらに、船内のマシナにも繋がるエスの存在にももっと早く気づいていただろう。

 だが、ようやくムテルへ意識を向けられたのは、いよいよ船内の全員が眠りから覚めても、その先何世代も続けて生きられるという完全な確証が得られた後だった。

 それは、空へと旅立って五千年以上が過ぎた頃だ。

 アンテたちがムテルの環境に目を向け始めた時には、既に自分達に代わる「人間」たちが、穢れの浄化された豊かな自然の中で生活している状況だった。

 その頃になるとバルバリの民も、ノヴィネスたちも、自らが一体何なのか。その本質を忘れてしまっていた。それは、エスさえも例外ではなかった。

「何だろうな、この信号は? たまにムテルから微弱な物を拾うのだが」

 船に生活する者たちも数世代の入れ替わりがあり、既にムテルで生活していたことのあるアンテは一人も残っていなかった。

「あれではないか? ムテルから逃げ遅れたアンテが、精神をマシナに繋いで保存したとかいう」

「マシナに繋いで? フィクスムの元素に溶かしたのではなかったか?」

 アンテの文明も狭い船内で必要な物は限られ、徐々に忘れられていくものもあった。精霊となってムテルに残っているアンテの精神の話も、そういう噂話程度にしか残っていなかった。

 バルバリやノヴィネス、空のアンテたちがその記憶を曖昧にする中、唯一聖獣たちだけが、その記憶を鮮明に保ったまま世代を繋いでいた。

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