第27話 エスと新たな脅威 10
「この服はシェニムの巫女。ということはバシリアスの母か。確か、名はジャネルだったな」
そのころエスの前には新しい議会の議長、エドナが駆けつけ、エスの前で何が起こっているのか検分していた。女の素性は、その衣服と瞳の色、年齢で推測できた。
相変わらずエスからの反応はない。だが、イーツから話を聞いていたエドナには思いついたことがあった。この場所にも「聖獣の目」が置かれているのだ。
聖獣の目はその場の出来事を記録するフォッシリアだ。その記録を見るには議長の許可がいるが、その議長はエドナ自身だ。エスの反応がなくなったのは大きな異常だ。議会にも知らせるべく、エドナはジャネルの遺体と聖獣の目を手に、姉弟と共にバルバリの国へと飛んだ。
フィクスムの塔を中心に広がる五本の通り。その中心部分に五角形をかたどるように並んだ五つの門。その門は既にバシリアスに破壊される前の姿に戻っていた。オルビスを持つ姉弟の力あってこそだ。
議会はその箱だけは完全に再建されていたが、まだ人選は完全ではない。
それでも現状で集められる者を集め、エドナは今フィクスムの塔で起こっていることを説明した。
「エスが沈黙しているのも、おそらくこの女、ジャネルが関係していると思うが、想像を巡らせても意味がない。ここに聖獣の目を持ってきた。皆にも観てもらおうと思うが、それで良いか?」
議長の言葉に反論するものはいなかった。だが、その誰しもの顔に緊張の色が見える。バシリアスによるあの惨殺の現場を観て間もないから当然だ。それでも一番ショックを受けていたであろうエドナは気丈に振る舞っている。
「では早速この場で良いな?」
この場というのは、できたばかりの議会の応接室だ。広さはさほど広くないが記録を見るのに広さは関係ない。
エドナが全員の承諾を得ると、すぐにその映像を映し出した。聖獣の目には何千年にも渡る記録があったが、エドナはジャネルが現れてからの映像を選んで記録を呼び出した。
「二人は塔に近付く前に声を聴いたと言っていたな。これから流れる記録の声と同じか、注意して聴いていてくれ」
「分かりました」
エドナはテラとクウォンテに頷き返して、シェニムの巫女、バシリアスの母であるジャネルの姿を聖獣の目に念じた。すると、部屋の中にエスが漂うフィクスムの塔が映し出され、ジャネルが姿を現した。
「結局穢れはこの三百年は減らぬままか」
女の声ではない。聖獣の目の記録から聴こえてきたのは男の声だ。だが、その姿はどこにもなかった。
「充分に人が生活できる環境になっていたということでしょう。今では穢れをフォッシリアに変えるノヴィネスもいなくなっています」
今度はジャネルの口が動いた。
「器の作成も進んでいないようだが?」
「それは、ある程度聖獣の血が濃くなければならないようですね。純血のノス・クオッドの雌でないと駄目なようです。私が器を得られたのは偶然。しかし、器は必要ないと思われます。穢れが残る土地もごく一部。特に、このチェア山脈近辺では、生身で充分生活できるでしょう」
「よく分かった。早速人選をして送り込むとしよう。五人も送ればいいだろう。各部門から優秀な若者を選べ。安全は保証されていないからな。第一線の人材は向かわせるな。死んでしまえばそれまでだ。送った者らが一年間生き残れば、計画通り我々も降り、帝国を再建する」
「かしこまりました」
ジャネルはそう言ってエスに向かって頭を下げた。
「それで、その五人はどこにいつ頃降ろされるのでしょう?」
ジャネルが話す男の声はエスを通じて聞こえる。その男の声が、少し考えた後に答えた。
「初めはこの塔が顔を出す地上と考えていたが、つい最近あのファンデルが暴れたばかりだからな。空からアンテが降ってきたらすぐにでも攻撃されかねん。できるだけ多くの人々が自由に行き来している場所が良い。通信が遅れる可能性もあるが、総合的に見ればヴァーブラ公国の近くが良かろう。駄目だったら、次の人材を送れば良いだけのこと」
「では、私も早速向かいましょう」
「待て、この国の者たちがここへ向かっているようだ。お前は一旦器から抜けた方が良いぞ」
「はっ」
ジャネルがそう短く返答すると、ジャネルの口から白い靄が抜けだし、彼女はその場に倒れこんだ。
それからすぐ三人の足音が近づき、イーツたちが姿を現した。
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