第28話 エスと新たな脅威 11

「どうだ、今の声は?」

 エドナが姉弟に尋ねると、二人揃って「間違いない」と、塔に近づいた時に聞いた声と同じだと断言した。

 イーツから話を聞かされていた議長のエドナと若い姉弟には今の映像の意味することが理解でたが、議会の面々には何が話されていたのか全く理解できなかった。もとより自分たちが知るエスという存在とはまるで異なるものを見て、恐怖や不安、驚きといった感情が震えとなって現れていた。

「なんなのでしょうか、今のは? どういうことだかさっぱり」

 一人がエドナに問いかけた。

「アンテは滅んでいない。エスを通じて、どこからかこの世界を監視していたのだ」

「アンテ? アンテとはなんですか?」

 エドナはこの場にいる者たちを見渡した。何から話すべきか、どう対処すべきか、考えるにはあまりに多くのことが起きている。しかも、頼るべきバルバリの王であるスタークの安否も分からない。

 エドナは、ごく短く、バルバリの民や、ノヴィネスたちが置かれた現状を伝えた。

「アンテは、ファンデルを生む元になったマシナと戦争をしていた種族。ファンデルに滅ぼされたはずが、一万年もの間、どこかに隠れていた。エスを使っていたところを見ると、三つの鏡のさらに上。空の彼方にでもいるのだろう。その極めて好戦的なアンテの、しかもある程度の力を持って選ばれた五人がやってくる。そういう話だ」


 チェアエレスティエス山脈に囲まれたバルバリの国。その中心に聳えるフィクスムの塔。そのはるか上空。一万年もの間、フィクスムの光を集める巨大な三つの鏡を制御するための船が浮かんでいる。

 空に浮かぶ船の一室。髪の毛はほぼ失っているが、豊かな銀色の髭を蓄えた男が、画面の中に映る巨大な星を眺めつつ、斜め後ろに立っている体格のいい青年に話しかけた。

「リンゲよ」

 その声は、聖獣の目に記録されていた声だ。

「はっ、ここに」

「若者らと共に、お前もムテルに降りろ」

「その役目は?」

 髭の男はリンゲの方へ振り向くと、画面を切り変えてエスの前に立つイーツを映し出した。

「こいつを連れてこい。生かしてな」

「かしこまりました」

 そのイーツは夜を徹してシェニムへと飛んでいた。「まだきっと間に合う」と言ったのは、果たしてサンティだったのか、もう一体の幼体なのか、それともファンデルなのか。

 今は何が起こっていようとも、イーツにはミディエの無事を信じて急ぐことしかできなかった。


 恒星フィクスムの光はその名残も残していない。

 一日の最後までフィクスムの光を浴びていたシェニムの大樹も、もうない。その幹に身を寄せ眠っていたサンクテクォも、そこにはいなかった。

 かつて一万年もの間、ファンデルが眠り続けた風穴跡を照らすのも、まばゆいフィクスムの光から柔らかい星の光に変わっている。

 その淡い光が二体のサンクテクォの亡骸を照らしていた。

 そのうちの一体。両目を失ったサンクテクォの鼻先に、幼体のサンクテクォが激しい眠気と戦いながら前足で触れた。

 幼体のサンクテクォの毛が逆立ち、波打つように七色の光が移りゆく。亡骸となったサンクテクォに光が移ると、その光は輝きを増し、少しずつ凝縮していった。

 巨大だったサンクテクォの身体も光に圧縮されるように縮み、やがてその形さえも変えた。傍に立つ、銀髪のバルバリの民と同じような姿になると、亡骸を包んでいた光が、その亡骸に吸い込まれるようにして何度か点滅したのちに消えた。

「やあ、今日からは君がサンティだ。私は、聖獣サンクテクォでも、ファンデルでもあるが、サンティになるべきではないからね」

 少女の姿に変わったサンクテクォの亡骸が目を開くと、その瞳はサンクテクォのものとは違い、夜空の星のように七色の輝きを持っていた。

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