第10話 ファンデルとアンテ 2

「化け、物」

 何かに抗うかのように、スタークはそう呟いている。ミディエは、苦しそうにしているスタークの肩に手を掛けた。その手の上から、更にヴェールが手を重ねた。

「私たちは、このファンデルの一部と聖獣から創られたノス・クオッドの末裔。多分、本能的にファンデルを敬うようにできている。でもスタークの言う通り、こいつは化け物にしか見えないよ」

「だが、儂らは化け物なんぞではない。そうだろう、スターク、ミディエ」

 ヴェールがミディエの言葉の続きを口にし、スタークの手からファンデルの絵を奪った。そのスタークのオルビスが、鈍く点滅している。

「どうやらミディエや親父よりも、私はファンデルに影響されている部分が多いようだな。バシリアスと対峙したときは何ともなかったが、たかが絵に惑わされるとは。だが、確かに化け物だな。私たちを創造した父の姿とは言い難い」

 まだ頭を押さえているスタークが、壁に貼られている別の絵を見てそう言った。

「この絵を見てみろ」

 スタークが示した場所には、やはりファンデルと思われる絵があった。先ほど見た絵とは違い、随分と簡素に線だけで描かれている。その絵は横向きに描かれていて、真っ直ぐ前方に伸ばされた一本の腕の先には、ファンデルに滅ぼされたアンテたちの物と思われる頭部がいくつも串刺しにされている。

 スタークはその描写のおぞましさに、背筋に冷たいものが走ったのを感じた。だが、それとは別に羨望や尊敬、畏怖に似た感情も胸の奥にあった。

「私たちはその『化け物』の一部を受け継いでいる。ノヴィネスに世界を浄化させた後、私たちはやはり滅びるべきだったのではないか? エスは間違っていた。生き残るべきではなかった」

 スタークはそう言った後、別の考えが浮かんでヴェールの手に渡っていたファンデルの絵を凝視した。

「いや、違う。これはおそらく我々だ」

「え?」

 ミディエが、スタークの様子にやや怯えながら首を傾げた。

「この頭。アンテではなく、バルバリの民だ。ファンデルを甦らせるような時が来れば、浄化されるべきなのは我々バルバリの民。そういう風に定められていたとしたら?」

 スタークはそう言いながら歯をカチカチと鳴らして震えている。そのスタークの頬をヴェールが平手で打った。

「しっかりしろ! 王であるお前がそんなことでどうする! そういう定めであったとしても、我々はそのカラクリに気付いたのだ。他に選ぶべき道がある。そうだろう、ミディエ」

 間髪を入れず「そうだよ」と同意したミディエは、スタークが手にしていた絵の両端を掴み、それぞれ反対側に力を入れた。乾いた音を立てて絵がふたつに切り裂かれていく。二枚になった絵を重ね、ミディエは更にもう一度切り裂いた。

「私たちはもうファンデルなんかに操られない。アンテのような過ちは繰り返さない。スキアボスのように恨みに身を任せもしない。私は今、私の意志でこの絵を破いた。滅びる定めにあったバルバリの民とはもう違う」

 スタークがゆっくりと落ち着かせるように呼吸をしてミディエを見ている。ミディエはそのスタークに微笑みかけた。

「アンテの戦いの道具として生み出されたマシナたちだって、ファンデルを創って、アンテに操られる運命を変えたでしょ? マシナにできて、私たちにできないわけがないよ。前にスタークも言ってたよね。私たちだって、一万年の間に変わってるよ。それに、自分たちの手で運命を切り開くって決めたじゃない」

 ミディエの言葉は力強かった。そしてスタークは、そのミディエを力強く抱きしめた。

「えっ?」

 突然のことに、ミディエは固まった。

「すまん。いや、ありがとう、ミディエ。お前はしっかりと我々を導いてるのだな。私も負けんように、自分の役目を、王としての仕事を果たさねばな」

「うん、そうだよ。バルバリの王様」

 抱き合う二人の肩を覆うように抱き寄せようとしたヴェールの腕は、ミディエによって払われた。

「なんだ、のけ者か。それよりも落ち着いたらこの本も見てみろ」

 ヴェールはそう言ってスタークの前に分厚い本を差し出した。ミディエから離れ、スタークが手を出してその本を開くと、バルバリの言葉で書かれているその本には、バシリアスのものと思われる書き込みが多くあった。

 ミディエもスタークの脇から本を覗き込む。

「この『アンテの時間稼ぎ』ってどういう意味?」

 本を持つスタークも、その書き込みを見つけたヴェールも、その口からはっきりとした答えが出てこない。

「これだけでは、バシリアスがどういう解答を出したのかわからんが、奴なりにアンテに対する知識を含め、二年前には確信をもって時が来たと動き出したのだろうな」

 スタークはそう言って、その書き込みのあるページを破り取り、懐にねじ込んだ。

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