第6話 ミディエと検石主の力 6

 ミディエによって切られたヴェールの耳に血が滲み出た。僅かに切られた右耳の最下部に溜まった血が、抉れた肩に一滴落ちる。ヴェールはその感触で自分が耳を切られたことに初めて気が付いていた。

「私に血を流させたのは、それこそあのガル以来だな」

 ミディエが何をしようとしているのか確かめようと、ヴェールは自分の肩を見ようとしたが、ミディエが頭を押さえ「ヴェーちゃん、いい子だから動かないで」とその動きを制限した。

 ヴェールの正面に立ったミディエが、懐からいくつかのフォッシリアを取り出している。そのまま取り出したフォッシリアを、ヴェールの抉れた肩のくぼみに乗せた。

 ヴェールの肩に、ひんやりとしたフォッシリアの感触が伝わる。

「これは何のフォッシリアだ?」

 ヴェールの問いにミディエは答えず、首から下げられた検石主のフォッシリアを手のひらに包み込んだ。ミディエが目を閉じ、口を細かく動かして何かを呟き続けていると、変化はゆっくりと訪れた。

「ミディエ・ヴェントス、今のフォッシリアはなんだ? おい、答えろ! 肩がっ」

「動かないで!」

 ヴェールは歯を食いしばっている。自分の肩から湯気が上がり、血が沸騰する臭いが鼻を突いた。

「肩が、熱いっ!」

 ミディエの手のひらの中で、検石主のフォッシリアが七色の光を放っている。ミディエは片手でそのフォッシリア握ったまま、もう片方の手で懐から出したフォッシリアをヴェールの肩に追加して置いた。

 ヴェールの肩に置かれたフォッシリアも光を放つ。血が止まりかけているヴェールの耳を、再度ミディエはナイフで傷付けた。フォッシリアが放つ光の中に、ヴェールの血が吸い込まれていく。

 肩に置かれたフォッシリアの形が崩れ、揺れる水面のように波を打ったかと思えば、次の瞬間には小さな光の粒の塊へと変化した。フォッシリアが元素に戻ったのだ。その元素がヴェールの血と結びつき、熱で肩を溶かしている。溶けた肩が血を含んだ元素と結びつき、抉れた肩を埋めていった。

 やがてヴェールの肩から立ち上る湯気が消えると、ミディエは大きく息を吐いた。

「上手くいったと思います。ノヴィネスの肌と同じで色が薄いのは我慢してください」

「ノヴィネス?」

「あ、知らないんですね。バルバリの民に創られた人たちのことです。これ以上の説明は面倒なのでしませんけど。動かせるようになるまでは時間が掛かるかもしれませんが」

 ミディエがそう言っている間に、ヴェールは左手でまだ熱を持っている右肩を押さえ、腕を回していた。さっきまで顎の高さまでしか上がらなかった腕が、何の抵抗もなく、ぐるりと一周回った。

「あら、もう動きましたね。良かった」

 ヴェールは驚いて自分の肩を見た。ミディエが言った通り、肌の色が抉れていた部分だけ白い。それを除けば全く違和感はない。

「一体儂に何をした?」

「元素を使ったとだけ言っておきます。続きはスタークに聞いてください」

 ミディエはそれだけを言って部屋を出ようとしていた。

「儂がスタークの頼みも聞かず断ったのが、この傷のせいだとでも思っているのか?」

「さあ、どうでしょうね。少なくとも彼はその傷のことをずっと気にしていたみたいでしたから。あとは、試したかったんですよ。私の、検石主の力で何ができるのか」

「検石主の力? 今のがそうだと言うのか。儂はこんな力知らんぞ」

 立ち上がってミディエに迫ったヴェールに、扉に手を掛けていたミディエが笑顔で振り返った。

「そうでしょうね、私も知らなかったですから。でも、まだまだあります。これまで使われなかった、必要とされなかった力。誰も気が付かなかった検石主の力が」

 柔らかな表情の中にある力強い目に、ミディエの覚悟が宿っている。その目を見たヴェールの身体に、肩を燃やしていた熱とは別の熱が巡った。

「何かが起きているのだな?」

「それこそスタークに聞いてくださいね。彼はそれを伝えて、貴方の力を借りようとしたんですから。では、私ももう休まないと」

「ミディエ・ヴェントス。貴女は息子のことを良く分かってくれているのだな」

 ヴェールは優しい父の顔でそう言って「ありがとう」とミディエに頭を下げた。

「それほど知っているわけじゃないですけどね。あ、それから私のことはミディエでいいです。ミーちゃんでもいいですけど」

 ミディエが暖かい空気を残してヴェールの部屋を去ると、ヴェールは布の服を一枚纏い、部屋の隅で埃をかぶっていた剣を手にした。掃き出しの大きな窓を開け、星空の下のテラスへと出る。夜風に乗って、ガルの鳴き声が僅かに聞こえた。

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