第7話 ミディエと検石主の力 7

 テラスに吹く風に向かって剣を正面に構え、数回呼吸を整えたヴェールは、左足を力強く前に踏み出すと同時に、両手で握った剣を右上にはね上げた。空気を切る音が夜空に吸い込まれる。剣の重みを確かめるように振り切った位置でしばらく制止している。息を吸い再び正面に剣を構えると、今度は左足をゆっくりと前に踏み出し、左手を剣から離して腰を落とした。

 離した左手で向かい合う仮想の相手の動きを制するかのように、手のひらを大きく開いて前に突き出す。右手一本で握られた剣は、剣先を相手の喉に向けた角度で腰の位置に構えられている。

「ハーッ」

 声を出しながら、ゆっくりと身体の中の空気を絞り出したところで呼吸を止めると、右足を蹴り上げるようにして身体を回転させ、後ろに引いた右腕を振り上げた。回転する下半身の勢いで宙に浮いた身体中の力を乗せて、剣が右上から左下に振り下ろされた。

 思い切り剣を振るっても痛みのない肩を、ヴェールは力を込めて掴んだ。確かに掴まれている感覚のある肩は、まぎれもなく自分のものだ。

「若くて美人の検石主からの頼みとあれば、どうあってもスタークと話さねばならんようだ」

 夜が明けるのを待つ気分ではない。テラスから部屋に入ったヴェールは、剣を無造作にベッドの上に投げてスタークの部屋へと向かおうとした。

「親父、ちょっといいか」

 ノックの後に、ヴェールの返答を待たずに扉を開いてスタークが入ってくると、思いがけず扉の近くにいたヴェールに少し驚いていた。

「酒でも切れたのか?」

 部屋の外へ出ようとしていたヴェールの行き先をそう予想して口にしたスタークが、テーブルへ視線を動かした。その上にある酒の瓶にはまだ充分に中身がある。そして、もうひとつテーブルに置かれているものに気が付いたスタークは、目を丸くしてヴェールの肩を見た。

 革の肩当てを外してテーブルの上に置いているにもかかわらず、ヴェールの右肩は左肩と同じように盛り上がっている。

 スタークの視線に気付いたヴェールは、肘の少し上まで覆っている布を捲り上げ、肩を露わにさせた。

「お前が連れてきた検石主のお嬢さんがな、私の血とフォッシリアを使ってこうなった。元素を使ったとか言っていたが、どういうことか分かるか?」

 スタークはヴェールの肩をまじまじと見て「触ってもいいか?」と聞いて白い肩に触れた。肌の色こそ違うが、それは確かにヴェールの肩だった。血も通っているようで、体温が感じられた。

「ノヴィネスを創るのと同じやり方か」

 スタークは独り言のようにそう呟きながら、肩の隅々まで確かめている。

「そういえば、ノヴィネスの肌と同じで色が薄い、とも言っていたな。スターク、お前たちが何をしようとしているのか、話してくれんか?」

 スタークはその言葉に対して、首を横に振った。

「問題は我々が何をしようとしているかじゃない。今この世界で何が起こっているかだ」

 スタークはそう答えた後、ヴェールと向かい合わせてソファーに腰かけ、聖獣ユーランから聞いたアンテの話も含めこれまでに起きた全てを話した。それに引き続き、ミディエとの食事を終えた後にバルバリの国にいるグラディオから入った連絡を告げた。

「偶然か、必然か。創造と合成のオルビスはバルバリの国にいる民へと戻ったようだ。今まで繋がっていた者がどうなったのかはまだ分かっていない。新しく繋がった二人は、国を離れさせず、そのまま議会の修復にその力を使わせている」

「そうか。偶然とは思えんな。やはりオルビスには意志があるか。しかし、ファンデルだったな。奴のキノニアを手にしたバシリアスは、この世界を無に還すつもりではないのか?」

 話を聞いた後でヴェールが導き出した答えは、スタークの考えと同じだった。

「分かっただろう? もう一度頼む。オルビスを探し、バシリアスを止める手助けをしてくれないか。明日バシリアスの家を調べた後、ザックワーズ公を訪ねてからブロアヒンメル王国に向かう。親父はザックワーズ公には会いたくないだろう? この国を発つ時間までにどうするか考えてくれればいい」

「スターク」

 話が終わり、立ち上がろうとしたスタークをヴェールが呼び止めた。

「なんだ?」

「バルバリと、そのノヴィネスとの間では子が産まれると思うか?」

「は? 何を言っている」

 これまでの話とはまるで関係のない問いに、スタークは眉間にしわを寄せたが、それでも少し考えてヴェールに対して答えを出した。

「バルバリの民、ノス・クオッドは、スキアボスと同じでもとになっているのは聖獣だ。我々はそのせいで、太陽の光なしでは長く活動できない。その弱点を補って創られたのがノヴィネス。我々は聖獣から創られたが、ノヴィネスは我々から創られたはず。そう考えれば子ができなくはないんじゃないか? だが、なぜ?」

「バシリアスだ。シェニムの巫女の中に、バルバリから降りてきた者が居たはず」

「なるほど。バシリアスにバルバリの民の血が流れているかもしれないということか」

 これまでにスタークが考えもしなかったことだ。だがそうであれば、色々と納得がいく。

「よし、明日は儂もザックワーズ公に会う。ついでにバシリアスの家にも付き合う。その先どうするかは、その時に考える。お前も儂が本当に役に立つか、その時に見極めればいい」

 ヴェールは膝を軽く叩いて立ち上がり、ベッドの上に放置していたままの剣を壁に掛けた。

「親父、剣は使えるんだな?」

 立ち上がってその様子を見ていたスタークが、ヴェールに聞いた。

「使える。今のお前には負けるかもしれんがな」

 ヴェールはそう言って笑うと、ベッドに身体を放り投げた。

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