第3話 ミディエと検石主の力 3

「正直、それも親父に相談するつもりでいた。このまま行動を共にするか最後に決めるのはミディエ自身だということは分かっている。だが、そうだな。サンクテクォが聖獣としての役目を果たすとテネブリスに残ったことで、迷いが生まれたのは確かだ」

「迷いが生まれた」と話すスタークの目は、その言葉が表す通り揺れていた。

「私はバルバリの王としても、スターク=ヴィン・オーリンゲン個人としても、バシリアスを許すわけにはいかない。バルバリの民を守るという役目は、王として当然果たさなければならないからな。だが、その役目がありながらお前を危険に晒すのは間違いなのではないかと、そう思い始めた」

 ミディエはどう言葉を返せばいいか分からなかった。最後にどういう選択をするかは自分に任せると言いながら、スタークは王としての役割との矛盾に揺れている。

 沈黙の中にガルの鳴き声が響く。

「私は、昨日の朝まで何も知らなかった」

 沈黙を破ったのはミディエだった。

「私は、この世界のことを何も知らなかった。自分がバルバリの民だなんて知らなかったし、ちょっと変わってるだけのフォッシリアだと思っていたのが、オルビスだと言われたり、ファンデルのコピーだとか言われたり、今でもよく分からない。ミデュール=タッカーテ・フィル・ムンドゥムなんて名前も、導く者なんて使命も、自分のことじゃないみたいなのよね。でも、ずっと知らないままでいるよりは、知れて良かったと思ってる」

 ミディエは、今までスタークが座っていたベンチに腰を下ろし、スタークと同じように剣を持つ像を見上げた。

「あの像の剣の先、ここから見ると、バライデスを指しているように見えるのね」

 ミディエはそう言った後、視線をスタークの方に向けた。スタークは何も言わずにミディエを見つめ返している。

「このオルビスの名前は中心星の名前と同じ。どっちが先に名付けられたの?」

 夜空に輝く星たちだけでなく、フィクスムもその星を中心にして円を描くように回っている。中心星バライデス。その星は夜の道標になるだけではなく、数々のいわれを持っている。永遠を意味する星であり、正義を象徴する星であり、生命を与える星でもある。

「あの星が先だろう。星の名はファンデルが生まれる前から変わっていないはずだ。あまり星に興味がないから確実にそうだとは言いきれんが」

 自分が繋がるオルビスと同じ名前の星の話を興味なさげに話すスタークに、ミディエは悲しげな表情を見せた。

「私は好きだけどな、あの星」

 ミディエはそう言って、アリーチェ・デザータで見るよりも高い位置で輝く中心星を眺めた。

「きっとあの星はあそこからじっと見てきてるんでしょうね、全てを。そして、これからもずっと、少しも動くことなく。私はもう知ってしまったから、分かってしまったから、何もせずに見ているだけなんてできない」

 ミディエは少し声を大きくして言うと、自分の膝を叩いて立ち上がった。

「最初にエスに会って、何か声が聞こえたとき私はエスに尋ねたの。どうしたのって。どうして泣いてるのって」

「泣いていた? エスが泣いていたというのか?」

 頷いたミディエを見て、スタークは首を横に振った。スタークはエスが泣いているというような話は聞いたことがない。

「それは何かの勘違いではないのか?」

「そんなことない。生きたいって泣いてたのよ。私たちにも生きてほしいって泣いてた」

 ミディエは「私たち」という言葉を強調してスタークに向けて言った。

「では、ミディエはここに残るか? それとも、アリーチェ・デザータに」

「違うの。そうじゃない」

「しかし今」

「生きるためには戦わないと。私だけじゃない。皆が、エスが生き続けるためには、私たちが戦わなくちゃいけない。最初はあの声を聞いて、なんとなく悲しいだけだったけど、今は分かる。この世界の過去を知った今ならね。これから見つけるオルビスに繋がった人たちは、どういう道を選ぶのか分からないけど、私はスタークと一緒に戦う道を選ぶ」

 スタークの表情が僅かに動いた。決心に瞳を輝かせている。

「相手は得体が知れんぞ」

「分かってる。望むところよ。だけど」

 急に俯いたミディエに、スタークは首を傾げた。

「どうした。何か気がかりなことがあるのか?」

「ううん。戦う決心は固い。変わらない。でも今は、とりあえずご飯が食べたいかな。もう、お腹空いちゃった」

 そう言って苦しそうに顔を上げ、ミディエはスタークの笑顔を誘った。

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