第01章 踏み出した戦士の一歩

第1話ㅤ心優しい戦士、オリビア

ㅤこの物語の舞台となる国の名は、ベルラーク王国。とても国土が広い、大国であった。


ㅤ王様が国を統治していたが、国の約半分の土地が20年前に出現した魔王と魔物によって、現在も侵食されてしまっている。


ㅤ前王のパトリック・ベルラークは、その問題に対処するため。王都に常駐じょうちゅうしていた騎士団を派遣したり、王都魔導師を派遣したり、治安の改善に尽力じんりょくした。


ㅤしかし、魔物による被害の方が大きくなってしまい、対応が間に合わなかった村や街は破壊され、多くの人々が犠牲になってしまった。


ㅤその為、前王は《冒険者》という職業を作り出したのである。


ㅤ何人もの屈強くっきょうな戦士や、魔導師の志願を一般市民からつのり、魔王や魔物を倒せる人材を集めようとしたのだった。


ㅤ何人もの冒険者が旅に出たが、現在も魔王を倒せる者は現れていない。


ㅤそれどころか、魔王を倒せると伝承でも言われている《勇者》すら、未だにこの国には現れていなかった。


▶▶▶


ㅤそんなベルラーク王国の、南側。


ㅤとある森の小さな家で、若い戦士オリビアは師匠と二人で暮らしていた。


ㅤ木造の家の周りは、深い森で囲まれている。一番近い町までは、一時間ほどかかる距離に建っていた。


「師匠、薪割まきわり終わりましたよ!」


ㅤオリビアは明るい声を上げた。彼女は、オリーブ色の長い髪の毛を、一つにたばねている若い女性だ。


ㅤ年齢は23歳。身長は170センチメートルと高く、適度に引き締まった体型をしていた。


「もう終わったか!ㅤそれなら森で何か探してきてくれ。めしにしよう」


ㅤオリビアの師匠、アテナは彼女にそう声を掛けると、家の前で大きく伸びをした。


ㅤアテナは60歳を超えている、年配の女性だ。細身で小柄な体型だが、背筋が真っ直ぐ伸びているため、実年齢よりも見た目が若々しく見える。


ㅤ彼女はオレンジ色のショートヘアで、シンプルなパンツスタイルを好み、両耳には大きな金色のフープピアスを付けていた。


ㅤオリビアは「はい!」と快活かいかつにアテナに返事をすると、家の外に立てかけてあった細い木の棒を持って森の中に入っていった。


ㅤ森の中を長い足で颯爽さっそうと歩く。


ㅤオリビアは戦士であったが、はたから見ればそうは見えないほど無装備だ。


ㅤ腰に剣も差していない。持っている木の棒を、剣の代わりに使っていた。


ㅤ彼女の服装は、ベージュのトップスと黒色のパンツだけという、とてもシンプルな格好をしている。


きのことかあるかなー……」


ㅤオリビアが辺りを見回していると、草を食べているホーンラビットを二匹見つけた。ホーンラビットとは名の通り、角が一つ生えている白い兎の事だ。


──あれなら食べられるなぁ。


ㅤそうオリビアは思ったが、考える事を辞めた。


ㅤただそこにいるだけでこちらに害はないのに、人間の勝手で殺すのは可哀想だと思ったからだ。


ㅤオリビアは魔物にも同情してしまうほど、優しい性格をしていた。戦士にとって、魔物に感情移入してしまうのは大きな欠点である。


ㅤ『魔物に情けをかけるな』と、常日頃から師匠によく怒られていた。


──違うもの、探しに行こう。


ㅤオリビアが方向転換した瞬間、ガサッと音が鳴り、ホーンラビット達は彼女の存在に気付いたようだ。


ㅤ赤い瞳がこちらを見ている。

ㅤすると、間髪入れずに兎の魔物達はオリビアに向かって勢い良く飛んできた。


「うわッ……!ㅤちょっとッ……!!」


ㅤ角がある頭から突っ込むように、ホーンラビットは攻撃をしてくる。ボールのように跳ねながら宙を飛び交う兎達に対して、オリビアは反射的に回避した。


ㅤそれでも、ホーンラビットは止まることなく、攻撃を繰り返す。言葉が通じないのだから、当然だ。


ㅤオリビアは魔物かれらにやり返す事はない。ただ攻撃から身をかわしているだけだったが、もうやるしかない……と彼女は悟る。


──ごめん。これも生きるため……。一瞬で終わらせるからね。


ㅤオリビアは木の棒を握り直すと、兎の脳天めがけて勢い良く叩き付けた。棒を剣のように振るい、飛び交う魔物の動きを止めていく。


ㅤその動きは、まさに戦士そのものであった。

ㅤオリビアは気絶した兎達の手足を掴むと、家路を急いで帰宅した。


▶▶▶


ㅤ帰宅したオリビアは、アテナと一人のお爺さんが家の前に立っているのを見つけた。


ㅤお爺さんはわらかごを背負っていて、二人は向かい合わせで立っている。遠目から、アテナが何か持っているのが見えた。


──あれは、手紙……?

ㅤオリビアが近付いてくる音で、二人は気付いたように顔を上げた。アテナは持っていた手紙をサッとしまった。


「こんにちは、オリビアちゃん。今日は魔物退治を頼まれたのかい?」


ㅤお爺さんは隣町に住んでいる、オリビアの知っている人だった。


「いえ、そろそろご飯にしようと思って……」


ㅤお爺さんに話しかけられたオリビアは、地面に兎を置きながらそう返事をした。すると、彼は思い出したように野菜の入った籠を手渡してくれた。


「これ、この前助けてくれたお礼だよ」


「いつもすみません!ありがとうございます」


「いやいや、昔からアテナさんには世話になりっぱなしだからね」


「ほんとそうさ!ㅤ世話をするこっちの身にもなってくれよ。アンタももう歳なんだから、息子達と暮らせばいいのさ!」


ㅤオリビアは、アテナのぶっきらぼうな態度に苦笑いする。師匠はいつも口が悪い。だから聞いていると、時々ヒヤヒヤする時がある。


──それでもこうやって、人が訪れるのは師匠には優しいところがあって、人望があるからなんだろうけど……。


「オリビア!ㅤこの魔物、まだ仕留めてないのか!?ㅤいつも言ってるだろうがッ……!ㅤ魔物に情けをかけんなって」


──師匠は、怒るとすごく恐い。


「あ、すぐやりますから!」


ㅤオリビアは気絶したホーンラビットを抱えると、逃げるように家の中に入っていった。


「全く、甘ったれなんだから!」


ㅤアテナは呆れたように、頭を抱えていた。



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