第10話ㅤユミトと緑光の旅人

〈※若い旅人の男性視点〉


▼▼▼


ㅤクベル村の西側に建つ、家屋の中。


ㅤ眠っていた若い旅人の男は、突然村に響き渡った魔物の鳴き声で、目が覚めた。


──今の音は……。


ㅤ窓の外を見てみると、松明を持った村人が続々と家から出てきて、ザワザワと外で騒いでいる。


ㅤ村人の会話に耳を傾けてみると、何でも女性の冒険者が、一人で複数の魔物を倒したのだとか。


──すごいな……女性一人で倒したなんて。


ㅤそんな事を考えていると、先程よりも大きな魔物の声が響き渡った。何かが近付いてくる地鳴りがする。


ㅤ『逃げて!』と甲高い女性の叫び声が聞こえた後、現れた魔物によって、現場は大混乱におちいってしまった。


ㅤ男は、部屋に置いていた刀身が70センチメートルほどの剣を反射的に持つと、急いで腰に差す。


ㅤ男の荷物は、それだけしかない。旅人にしては、不自然なほど軽装備だった。


ㅤしかし部屋を出る準備をしていた男は、ふと動きを止めた。


──ここに居たら……。騒ぎに巻き込まれたら……ここで死ぬ事が出来るんじゃないか?ㅤ


───ドォオオオンッ!!


ㅤ雷が落ちたような、凄まじい音が響く。


ㅤ男は休んでいた家から、虚ろな瞳のまま外へ出た。一歩、また一歩と前に進む。



──ドンッ!


「……ッ!?」


ㅤ突然の小さな衝撃に、驚きで言葉が出ない。目線を下げると、黒髪の五歳くらいの少女が、男の懐に勢い良く飛び込んできていた。


「大変なの!ㅤ……早く逃げなくちゃ!!」


ㅤ慌てている少女の勢いに、男が咄嗟とっさに言葉を返せないでいると、少し離れた目線の先に人影が見えた。


ㅤオリーブ色の髪を束ねた女性が、両手に剣を持ちながら、東の方角に走り去って行く。


ㅤその後ろから凄まじい轟音を響かせながら走る、大きな魔物の影も横切って行った。


「あれはッ……」


──ドスプンジャリオ……。


ㅤこの国では特別指定害獣として認定されている、B級の魔物である。通常なら、三人以上での討伐を推奨されているのだが……。


──彼女一人では危険すぎる……。なのに、どうしてッ……。たった一人で、そんなに必死に戦えるんだ。


ㅤ女性冒険者の「逃げて!」という叫び声が、何故かずっと頭にこびり付いて離れない。


「お兄さんも、早く逃げよ!」


「……わッ……」


ㅤ少女に腕を引っ張られ、流されるように彼女についていく。男は険しい顔をして、魔物が走り去った方向に目を向ける。


ㅤ悔しいような、息苦しいような。複雑な表情になった男は、次第に俯いてしまった。


ㅤ彼の胸中きょうちゅうなど、誰も知るよしもない。


──戦う力もなければ、命を終わらせる勇気もないッ……。自分は本当に、弱い人間だ……。



▼▼▼


〈※オリビア視点〉


ㅤ夢の中にいるんだろうか。身体がゆらゆらと、水中を漂っているような浮遊感がある。陽だまりに包まれているような温かさを感じた。


「……起きるかなぁ?ㅤお姉さん」


ㅤ意識の遠くの方で、誰かの声がする。オリビアは不思議に思いながら、ゆっくりと目を開けた。


ㅤ最初に視界に入ってきたのは、黒髪の少女の顔と、木造の家の天井だった。


ㅤ窓から差し込む光が、眩しく感じる。オリビアが気を失っているうちに、朝になっていたようだ。


ㅤ仰向けに横たわるオリビアの側には、少女と

若い男が座っていた。


ㅤ少女はショートヘアで、年齢は五歳くらい。薄汚れた茶色のワンピースを着ていて、オリビアの顔を嬉しそうに覗き込んでいる。


ㅤ男の方は、端正な顔立ちをしていた。服装はベージュのトップスに、茶色のズボンを履いている。


ㅤ彼も少女と同じように、服が少し汚れているようだ。栗色の髪に、明るい薄茶色の瞳であったが──どうしてだろう。生気のない目をしている。


「お姉さん、起きた!」


「…………」


ㅤ嬉しそうに少女が笑う。物静かそうな男は、少女の言葉にうなづきながら、オリビアの体に両手をかざしていた。


ㅤ彼の両手からは、柔らかい緑色の光が放たれている。それは、オリビアの体を包み込むように発光しいて、気持ちが安らいでいく。


ㅤオリビアはすぐに悟った。


──これは、治癒ちゆ魔法だ。


ㅤ治癒魔法を使う為には、『聖魔法』の適正がある者。更には、何年も鍛錬を積まないと実戦で使えるようにならない。と、昔アテナから聞いた事がある。


ㅤその為、聖魔法を使える『聖魔法師』はこの国ではとても重宝されている。


ㅤ病院や教会で勤めたり、王族直属の魔法使いとして、戦地に赴いたりして優遇されるのだとか。


──もしかして、お医者さん……?ㅤ


ㅤ次第に緑光は弱くなっていき、男が手を下ろすと、光は完全に消えて見えなくなった。


ㅤオリビアは恐る恐る、腕を動かしてみる。


──腕の痛みがない!ㅤ……すごいッ!!


ㅤ上体を起こし、あちこち自分の体をくまなく確認していく。昨夜変色してれていた怪我も消え、体の疲れや痛みも感じない。


ㅤオリビアは座ったまま、丁寧に頭を下げて彼らに感謝をした。


ㅤ若い男は黙ってオリビアに会釈えしゃくをするだけだったが、少女は笑顔でお礼を言い返してきた。


「お姉さんもありがとう!」


「え?」


「昨日、おっきな魔物倒してくれたでしょ?」


ㅤ少女は瞳を輝かせて、こちらを見ている。


ㅤ少女の名前を聞いてみると、彼女は『ユミト』という名前らしい。


ㅤユミトと話をしていると、今度は長老が部屋に入ってきた。オリビアの顔を見て、安堵の表情を浮かべている。


「目を覚まされたのですね。森で倒れている所を見つけた時は、どうなる事かと……」


「……すみません。私が未熟なばかりに、たくさんの人を危険にさらしてしまいました。家もたくさん壊れてしまって……」


「そんな!ㅤ……滅相もありません!」


ㅤ長老は、オリビアの手を優しく握る。


「村民が怪我もなく、朝を迎えられたのは貴方のおかげです。あ、そうだ──」


ㅤ長老は会話の途中で部屋から退出し、そしてすぐに戻ってきた。


「こちら、大切な物ですよね」


ㅤ長老が手渡してきた物は──オリビアの二本の剣だった。

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