第11話ㅤ報酬は宴の席で。
「師匠から貰った、とても大切な物です。本当にありがとうございますッ……!」
ㅤ双剣を受け取ったオリビアは、嬉しそうに微笑んだ。
ㅤすると、若い男が静かに立ち上がり──「自分は、これで……」と、会釈をして部屋から出て行く。
ㅤ長老に彼の事を尋ねてみたが、彼女も詳しくは知らないようだ。昨日からこの村に泊まっている、通りすがりの旅人らしい。
──助けてもらったのに、お礼も出来ていない。せめて名前だけでも、ちゃんと聞くんだった。
ㅤ「お姉ちゃん、どうかしたの?」
ㅤこちらを見つめているユミトに、思っている事を伝えると「それなら後で、お兄さんがいる所に案内するね」と幼いながらに提案してくれた。
ㅤオリビアが彼女にお礼を言うと、長老はユミトの頭を撫でて、優しく見守っている。
ㅤ少女は長老のお孫さんのようで、改めて紹介をされた。二人の仲の良さは、オリビアが見ているだけでも伝わる。
ㅤ家族を失くしているオリビアは、微笑ましく二人を見つめていた。
▼▼▼
「オリビアさんと大切なお話をしたいから、むこうのお部屋で待っててくれる?」
「はーい!」
ㅤ長老は少女を部屋から退室させると、オリビアに向き直って告げる。
「オリビアさん。目覚めたばかりで申し訳ありませんが、今回の依頼の報酬についてお話したいのです」
ㅤオリビアも何となく、姿勢を正して聞く。
「報酬についてはギルドでお聞きになっているかと思いますが、銀貨三枚ですのでこちらをお渡しします」
ㅤ懐から茶色の巾着を取り出して、長老は目の前に差し出してきた。お礼を言ってそれを受け取ったものの、オリビアは思考を巡らせる。
──これを私は、受け取っていいんだろうか?
ㅤ壊れた家屋の再建は……?
ㅤこの村の食料は……?
ㅤ村人達の痩せた体や、壊れた家屋を思い出す。
──銀貨三枚あったら、この村全員の一週間分くらいの食料が買えてしまう……。
ㅤ少し考え込んだオリビアは、長老の手に再度巾着を握らせた。
「長老さん。……受け取れません。これは村を再建させる資金に使ってください」
「そんな……。宜しいのですか……?」
「はい、お金は要りません」
「ありがとうございますッ……」
ㅤ深々と頭を下げた長老の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
──この村は家屋の再建や、荒れた田畑を元に戻し、それが収穫出来るまで長い時間がかかるだろう。
──それに村と森の間には、隔てるような境界がない。対策を考える問題が、この村には多いんだ。
──あとで柵の提案しないと……。
ㅤそんな事を考えていると、長老は涙を拭いながら言った。
「お気持ちは大変嬉しいのですが、村を守って頂いたのに無報酬というのは、私どもの気持ちが収まりません。何か、オリビアさんの欲しい物はありませんか?」
「欲しい物……」
ㅤまたしばらく考えると、オリビアは思い付いたように長老に告げる。
「それなら……皆でプンジャオの肉を焼いて、ご飯が食べたいです!ㅤ今回の報酬は、それでお願いします!」
▼▼▼
ㅤ屋外に組まれた大きな焚き火で、解体した肉を焼く。待ちに待った
ㅤプンジャオの肉は、数年前から食用として流通するようになった。露店や一般家庭でも、馴染みがある食材になりつつある。
ㅤ味に少しクセがあるが、噛みごたえがあり、脂が乗っていて美味しいのだ。食べる事が好きなオリビアにとって、この報酬はお金を貰うよりも嬉しいご褒美だった。
「ほら!ㅤ姉ちゃん、いっぱい食べな!」
ㅤ村の男に焼きたての串焼きを渡される。美味しそうな香ばしい匂いに、オリビアの食欲はかなり刺激された。
「ありがとうございます!」
ㅤ口の中がいっぱいになるほど、頬張る。熱い!ㅤでも
ㅤ久し振りにプンジャオを食べたオリビアは、あまりの美味しさに自然と笑みが
ㅤ
──うちの家の周りにはプンジャオは居ないから、たまにしか食べられなかったんだよなぁ……。あああ、本当に美味しいッ……。
ㅤ
「こんなに美味い飯は、久し振りだ!」
「すっごく美味しいね!」
ㅤ
ㅤ村人達は焼けたプンジャオの肉をどんどんオリビアの所に持ってきては、
「ほら!ㅤもっと食べて!」
「食べなきゃ、力が出ねーからな!」
「お姉ちゃん、美味しいね!」
ㅤ笑顔で肩を叩いてきたり、寄り添ってくれた。
ㅤ元々孤児だったオリビアは、こんなに大人数で食事をする事自体が初めてだった。村人達の明るさや温かさが、身に染みて伝わったのだった。
▼▼▼
ㅤ宴が中盤に進んだ頃、ユミトがオリビアに駆け寄ってきた。……なんだか様子がおかしい。
「お兄さんが見つからないの!」
ㅤオリビアの脳裏に浮かんだのは、怪我を治してくれた若い旅人の顔だった。
「お肉焼けたから、一緒に食べようと思って!ㅤ探したんだけど、どこにもいないの……!」
「どうして急に……」
ㅤ二人が話していると、村人の男が声を上げた。
「あ!ㅤ俺、見たぞ。剣を持った男の人だろ」
「え!ㅤどこで見たの?」
「村の入り口の方に歩いて行くのを見たよ。まだ朝だったかな。声掛けたんだけど「もう行かなきゃだから」って、そのまま行っちまったんだよ」
ㅤ男がそう言うと、ユミトは「そんなぁ……」とショックで俯いてしまった。
ㅤちゃんとした別れも言えずに、誰かと別れる事の辛さをオリビアは誰よりも知っている。
ㅤ脳裏に浮かんだのは、優しい両親の顔と幼い妹の小さな手の温もりだった。
──どうして急に居なくなってしまったのか。急用があったのか……?ㅤ元々、村を発つ予定だったのか……?ㅤそれとも何か、別の事情が……?
ㅤ考えても、答えが出てくる訳では無い。
ㅤオリビア自身も、彼にちゃんとお礼がしたかった。あの何とも言えない、不思議な空気感を
オリビアはユミトの髪を撫でると、優しく彼女に声を掛けた。
「もしも私が、あのお兄さんと何処かで会えたら。此処に絶対連れてくる。だから、……それまで待っててくれるかな?」
「また会える……?」
ㅤオリビアは少女の問いに頷く。落ち込んだ気持ちが少しでも元気になれるようにと、二人は固い約束を交わした。
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