第24話ㅤ暴走馬車の恋心


ㅤ次の日の朝。


ㅤ宿屋の受付カウンターの近くで合流したオリビアとセドリックは、ナナが来るのを待っていた。


ㅤセドリックは王都騎士団の銀鎧シルバーメイルに、一本の長剣を腰に差している。


ㅤ普通の人から見たら、王都騎士団という威厳いげんのある肩書きだけで、羨望せんぼうの的になるのだが──


ㅤ彼はずっと、ソワソワと落ち着きがない様に見える。その理由は、すぐにオリビアも理解した。




「お待たせ!」


ㅤ宿屋の階段から降りてきたナナを見て、彼は耳まで赤らめ、静かに悶絶もんぜつしている。


ㅤ昨夜の踊り子の衣装とは違い、彼女は普段の服装に戻っていた。


ㅤ白色の短丈のトップスと、青の民族模様のロングスカート。そして、茶色の皮のサンダルを履いている。


ㅤ更に彼女は短剣を一本と、ナップサックを一つ持っていた。



「今日からよろしくね、リヴィ」


「こちらこそ、よろしくね」


ㅤオリビア達が改めて挨拶を交わしていると、隣で『可愛い……』と呟く、男の声が聞こえた。


ㅤ声のした方向を二人が見ると、赤面したままのセドリックが棒立ちで立っている。



ㅤ彼はハッと我に返った様な表情をして、左手を胸に置き、彼女達に向かってお辞儀をした。



「僕は王都騎士団所属、セドリック・コウダールと申しますッ……!ㅤ王命により、今回のオリビアさんの旅に同行させて頂きます。よ、……よろしくお願い致します」


「貴方、昨日の……」


ㅤナナは彼を見て、引きつった顔をしていた。


ㅤ酒場でショーを終えた後、声援に包まれたナナが各テーブルを回っている時に、セドリックは初対面にも関わらず、愛の告白をしたからだ。



『僕と結婚して下さいッ……』


『お断りします!』


ㅤ握られた手を秒速で振り払うナナの姿を、オリビアも思い出す。


──初対面でそれをされるのは、ちょっと嫌かもね……。



ㅤいつもは愛嬌あいきょうを振りまき、誰とでも親しくなってしまうナナであったが、セドリックの事は何故だか苦手の様だ。


ㅤ犬が遊んでもらえるのを待っているかの様に、彼はナナに釘付くぎづけである。


ㅤ剣の修行ばかりで、恋愛にうといオリビアでも気が付く程に、セドリックの情熱は熱く。強く。


ㅤ一目惚れをしたナナに対して向けられていた。



ㅤオリビアに近付いて、小声でナナが言う。



「眼差しがうざッ……暴走馬車みたいなんだけど、絶対連れて行かないと行けないの?」


「う、うん……王様の命令だから」


「耐えれるかなッ……」



ㅤげんなりとした表情をしながらも、ナナは早々に諦めた。この旅の間、彼の視線がまとわりつくのは容易よういに想像出来る。



「こっち見ないで!ㅤ視線がしつこいッ……!」


「怒った顔も天使みたいだ……」



──この先、どうなってしまうんだろう……。



ㅤ二人の言い合いを、苦笑いしながら見つめる。前途多難な旅の始まりを、静かにオリビアは感じていた。



▼▼▼



ㅤセドリックが持っていた転移石で、オリビア達はヘレネスに到着した。


ㅤ朝日も登り、町民たちが動き出している町の入口付近で、オリビアは澄んだ空気を大きく吸い込む。


ㅤ木造の家屋が多く建ち並び、井戸から水を組む人がいたり、小さな子供達が元気に駆け回っている。


ㅤパン屋の、焼けたパンの香り。山が近いせいなのか、香る草木の匂い。穏やかながらも、人の活気が感じられる町だ。


──こんなに和やかな町の近くに、魔物がいるのか。襲われる前に倒しておかないと、危ないな。



ㅤ町を眺めながら、オリビアは此処に来た本来の目的を思い出す。『魔物の討伐』と『ナナの知り合いに会う事』……アキを救う手掛かりを掴み取る為に、心の内で固く決意した。



ㅤオリビアの後ろでナナに夢中そうなセドリックを、現実に引き戻す為に話し掛ける。


ㅤ少し正気に戻った彼に『この街で会いたい人がいる』と説明すると、王様の出した条件を達成出来るなら、どう動いても全然構わないと了承りょうしょうしてくれた。


ㅤナナに案内を頼むと、彼女は笑顔で快諾かいだくし、町中を三人で歩いていく。


ㅤオリビアやナナはともかく、セドリックの光り輝く銀鎧シルバーメイルは多くの人の目を引いた。



『あれって……王都騎士団の方、よね?』


『何事かしら……』


ㅤ町の人々の声が聞こえる。そんな怪訝けげんな視線を跳ね飛ばす様に、セドリックは町民に笑顔で手を振り、挨拶をした。


ㅤ彼の甘いマスクで町民の女性達は年齢問わず、顔を赤らめ、緊張がほどけていく。



──ナナにも普通に接していれば、あんなに煙たがられる事はないだろうに……。



ㅤオリビアは爽やかなセドリックの振る舞いを見つめながら、そう思っていた。



▼▼▼



ㅤ三人は、とある木造の家屋の前で立ち止まる。


ㅤ三階建てのその家は、一階の部分がお店の様になっているが、大きな窓は白いカーテンで隠されていて、室内を見る事は出来ない。


ㅤ店の吊り下げ看板に目を向けると──そこには『パティスリー・イアシス』と書かれていた。



ㅤ年季が入った木製の看板で、長く使われているのが見て取れる。



──パティスリーという事は……お菓子屋さんか!


ㅤオリビアの気分が高揚こうようしていると、ナナは店の横に作られた階段を数段上り、玄関に備え付けられたベルを鳴らした。


ㅤ何度か鳴らしてみたものの、家主は現れない。しびれを切らしたナナは『まだ寝てるな……』と呟きながら、高さのある家の窓に目を向ける。



「ミャーリオに、何か用かい?」


ㅤ突然話し掛けられたオリビア達が、驚きで振り返ると隣の店の住人が声を掛けてきた。


ㅤ黒髪を一つにまとめ、丸眼鏡を掛けた50代くらいの女性だった。白い詰襟つめえりの長袖の作業着に、青いエプロンを付けている。



「あ、ドリスさん!ㅤご無沙汰してます」


「ああ、ナナちゃんか。久し振りね。まだアイツなら寝てるわよ、きっと」


ㅤナナとその女性『ドリス』は面識があったようで、オリビア達の事を代わりに紹介していく。


ㅤオリビアとセドリックも彼女に挨拶を済ませ、訪ねてきた経緯を説明すると、ドリスはうなづきながら話を全て聞いてくれた。



「それなら、アイツを起こさなくちゃ始まらないわね。中に入ろうか──」


ㅤドリスはそう言って、首元から吊り下げた金色の小さな鍵を取り出す。



「アイツのお婆さんに頼まれていてね。私はいつでも中に入れるのよ」



▼▼▼



ㅤ玄関の扉を開けてすぐにある、直線の階段を上がる。家の中は、可愛らしい緑の花柄の壁紙で、階段の途中には写真が何枚か飾られていた。


ㅤ小さな男の子を囲む様に女の子とお婆さんが写っていたり、お爺さんだけが写った写真だったり、何枚もの家族写真がある。


ㅤ木製の額縁がくぶちに入れられ、壁に飾られたその光景に、オリビアは家族の温かみを感じていた。



ㅤリビングに通されたオリビア達は、ドリスに『ここで待っていて』と告げられた。彼女は更に上に続く、階段を上っていく。


ㅤ部屋を見渡すと、メープル色のダイニングテーブルがあり、背もたれにハートのられた可愛らしい椅子が四脚ある。



──可愛いお家だなぁ。


ㅤそんな事を考えると、ドリスと一緒に背の高い男が階段を降りてきた。細身で、癖のあるボサボサの黒髪。


黒縁くろぶちの眼鏡をかけていて眠たそうな、気の抜けた表情。ぼーっとしているその男は、重量に逆らえず、首をカクンッとかたむけている。



「……朝から何の用?ㅤアポ取りしてから来てよ……。それが大人としてのたしなみでしょ」



ㅤ『ミャーリオ』は寝起きの重いまぶたで糸目になりながら、そう言った。

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