第23話ㅤ次世代の若い新芽たち


ㅤユリアの酒場である『アマリリス』に辿り着いたオリビアを迎えたのは──



「あ、リヴィだ!」


ㅤ黄色味が強い、明るい茶髪を頭頂部で団子の様に結った若い女性だった。


ㅤ彼女の名前は、ナナ。よくユリアの店で開催されるショーに出演している、16歳の踊り子である。


ㅤ膨らんだバルーンそでに、白い肩出しのトップス。お洒落しゃれなのか服の丈が短く、無防備にへそが見えていた。


ㅤ青と水色の民族模様のロングスカートをはためかせ、繁盛はんじょうしている店の中を元気に駆け回っている。


ㅤ何回か酒場に訪れているオリビアは、彼女とも面識があった。



「あれ……ユリアさんは?ㅤちょっと聞きたい事があったんだけど……」


ㅤ姿の見えない店主について、オリビアはナナに問い掛ける。


ㅤユリアは厨房の奥で料理を作っていて、ホールまで手が回らず、客として来ていたナナが手伝いに入る事になったようだ。


「落ち着いたら、ユリちゃんに説明するから!ㅤちょっとだけ待ってて!」


ㅤ彼女の言葉に、オリビアはうなづく。


ㅤ足に後遺症のあるユリアの代わりに、羽の生えた天使の様に俊敏しゅんびんに、ナナはサンダルで動き回っている。ㅤ



『ナナちゃーん!ㅤ追加で注文したいんだけど!』


「はーい!ㅤ今、行きますー!」


ㅤこの酒場には常連も多く、ナナを知っている人は多い。しかも、彼女は丸く大きな瞳に、可愛らしい顔立ちをしていて、愛嬌あいきょうもある。


ㅤ彼女目当てのファンも多かった。

ㅤナナが動く度に、カールして垂れたおくれ毛と、豊満な胸が揺れる。


ㅤその色気も相まって、彼女のショーはいつも大盛況になるのかもしれない。



ㅤ『待ってて』と言われたものの、忙しそうな彼女を見ていられなくなったオリビアは、ナナに声を掛け、手伝いに加わった。


ㅤ慣れない注文取りや配膳はいぜんに少し緊張しながらも、一度見ればそつ無くこなしてしまう才能を発揮し、次第に酒場は普段の落ち着きを取り戻していった。



▼▼▼



「ありがとう!ㅤリヴィのお陰で、早めに落ち着いたよ」


ㅤオリビアとナナは、酒場の空いたテーブル席に一息つきながら座る。


ㅤ厨房のユリアから『手伝ってくれたお礼よ!』と感謝された二人は、スコーンとハーブティーを貰っていた。


ㅤハーブ嫌いのアテナと暮らしていた為、ハーブティー自体に馴染みはなかったが、すっきりとした喉越しですごく飲みやすい。



「そういえば、何かユリちゃんに聞きたい事があったんだっけ?ㅤどうしたの?」


「実は──」



ㅤ同じくハーブティーを口にしているナナに、オリビアは経緯を説明する。


ㅤ蜘蛛女と戦った事や、助けたアキが未だに目覚めていない事。そして、王様からの召喚状と交換条件。ユリアさんから聞いた話も、全て彼女に話した。



ㅤすると、ナナは飲んでいたカップを置き、組んだ腕をテーブルに乗せて、前のめりになった。



「私、その人知ってるよ」


「……え!?」


「ユリちゃんは『ヘレネスに住んでる、あの子』って言ったんだよね。だったら、私も彼とは知り合いだよ」



ㅤヘレネスに住んでるとは、男性のようだ。ナナも知り合いだと分かり、オリビアは喜びで声を上げる。


「どんな人なんですか!?」


「うーん……。一言で言えば、かな。……そんなに会いたい?」


「会いたいですよ!ㅤアキさんを助ける手掛かりになるかもしれませんから!」


「それなら──私も交換条件を出していい?」



ㅤ悪戯っぽく笑った彼女は、何故だかすごく楽しそうに見える。


──条件?



「いいよ。条件って何?」


「パーティーに入れて!」


「え、それって……」



「私を、リヴィの仲間に入れて欲しいの」



▼▼▼



ㅤ時は少しさかのぼり、オリビアとセドリックが去った城の玉座の間で、王様は長い息を付いた。気だるそうな表情を浮かべている。


「──すぐにこうを持ってきてくれ」


「承知しました」


ㅤ細身の貴族の男は、言われた通りにお香を取り行く。足早に戻ってきた手に握られていたのは、金色の豪華な香炉こうろと紫色のお香だ。


ㅤ火を付けると、薄紫色の煙が流れる様に現れ、王様はそれを深く吸い込んだ。何度か静かに深呼吸をしていると、彼は次第に機嫌が戻ってきたようだ。



「最近は冒険者も減ってきて退屈してきた所だったが、──少しは楽しめそうだ」


「あの町へ向かわせたのは、何故なのですか?ㅤ単に登録を剥奪はくだつして処罰してしまった方が、あの若者を排除出来たのではありませんか?」


ㅤ細身の男が問い掛けると、王様はにこやかに言った。



「それでは、つまらんだろう?ㅤまぁ、将来有望な人間であるほど、若いうちに芽を摘まなければならない。強い冒険者に、……育つ前にな」


ㅤ王様が、煙を指に絡ませながら笑う。



「行方が分からなくなる事や不慮ふりょの事故は、冒険者には昔から付き物だ。冒険者の数が減ろうが……誰も不思議には思わん」


「はい」


「そうだ──ヘレネスにを向かわせなさい。町を火の海に変え、あの冒険者ごと全て焼き尽くしてしまえばいい」



ㅤ黒く歪んだ思考が、城内に渦巻うずまく。王様と貴族の男の笑う声が、みにくく玉座の間に響いていた。



▼▼▼



ㅤ酒場を出たオリビアとナナは、武器屋に向かいながら街路を歩く。手を揺らしながら、子供の様に歩くナナに、オリビアは問い掛けた。



「本当に一緒に来てくれるの?」


「うん!ㅤずっと冒険者に憧れはあったの。だけど私、弱いから試験は受からないだろうし……。パーティーを組んだ人にも、国は手厚くサポートしてくれるでしょ?ㅤだから、これはチャンスかも、って思ったんだよねー!」



ㅤ主に冒険者登録をしている者がギルドから依頼クエストを受注し、その者が全責任を負う。



ㅤ誰がパーティーに加入しようが、ギルドへの報告は任意であり、冒険者同士でなければパーティーを組めない訳じゃないらしい。


ㅤその話はエミリー達から少し聞かされていたので、オリビアは彼女の話をすぐに受け入れた。



ㅤアキからは一度、パーティーへの誘いを断られている。


ㅤ現在も返事は宙ぶらりんのままだが、初めて言われた『仲間になりたい』という言葉は、オリビアにとってすごく嬉しいものであった。



「それに私、アテナさんのファンだし!ㅤ毎日を楽しく生きるのが、私のモットーなの。だから、リヴィについていきたい。旅って、すっごく楽しそうだもん!」



ㅤ笑みを浮かべるナナの事を、かたむいた茜色の陽が照らしている。眩しすぎる彼女の笑顔を見ているだけで、オリビアは明るい気持ちになれた。



「ありがとう!ㅤそう言ってくれると嬉しい」


「明日は任せて!ㅤ交渉くらいは力になれるはずだから!」


ㅤナナは、ガッツポーズの様に片腕を曲げる。全く見えない筋肉を見せつけ、彼女は頼もしくそう笑った。



▼▼▼



ㅤ武器屋で皮の装備を新調し、身に付けたオリビアは全くの無装備だった見た目から、戦士の風貌ふうぼうに変わった。


ㅤ王都で受け取った褒美で購入した、軽さを重視した防具だ。茶色のベルトを締め、颯爽と暗くなってきた街路を歩く。


ㅤナナは『これからショーの準備があるから』と、武器屋を出てすぐに別れていた。旅についてくる事になった彼女の最後の出演に、オリビアも気持ちがわくわくしてくる。



ㅤ酒場に辿り着くと、セドリックが先に店内の席についていた。オリビアに気付いた彼は手を挙げ、同じテーブルに招く。


にぎやかで良いお店ですね」


「料理も美味しいですよ!」


ㅤ二人は注文を取り、届いた食事を食べ進めながら、明日について話をしていた。


「ヘレネスまでは歩いて一時間の距離ですが、明日は転移石を使って移動しようと思います」


「そうなんですね、分かりました」



ㅤ会話の最中──ケルト音楽が店内に流れ始め、笛の音が聴こえてくる。


ㅤ音楽に反応した他の客が手拍手をしたり、指笛を鳴らして、更に賑やかになった。踊り子のショーの始まりである。


ㅤ店の奥から、空色の民族衣装を着たナナが現れた。着飾った銀の装飾は、彼女が動く度に照明で煌めき、満天の星空の様に輝いている。


ㅤしなやかにターンをしながら、彼女は舞う。手首に付けた小さな鈴が、シャンッ……と鳴り、ナナの踊りに彩りを足していた。



ㅤまるで満天の夜空の下で踊る、精霊のように──人ならざる者と見紛みまがう様な、そんな美しさが彼女の舞にはある。



──いつ見ても、ナナの踊りは素敵だ。


ㅤ周りの客もナナが微笑む度に声援が飛び、盛り上がりは最高潮だ。本当に彼女は、たくさんの人から愛される人気の踊り子であった。



ㅤそんな中、静かにぼーっとした顔で彼女を見つめる男が一人。


威厳いげんのある銀鎧を身に付けたセドリックは、顔を真っ赤に上気させて、ナナを熱い眼差しで見つめていた。



「……天使を、……見つけましたッ……」

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