第22話ㅤ交換条件


ㅤ青い閃光が瞬く──


ㅤ若い騎士とオリビアは光に包まれ、王都の中心にあるベルラーク城内に一瞬で転移していた。



ㅤ騎士が持っていた青い魔石のお陰で、デリカリアから馬車で三日かかる距離を、瞬時に移動する事が出来たのである。


てのひらに収まる大きさの石は、深い海のようにんだ、綺麗な瑠璃色るりいろだった。


ㅤ一般家庭には普及ふきゅうしていない珍しい代物だが、貴族や王族関係者が所有している事があるんだと、転移前に彼から説明を受けていた。



白煉瓦しろれんがで作られた一室には、床に大人数人が入れる程の黒い魔法陣が描かれている。


ㅤそれ以外には窓もなく、そこまでの広さも無い。壁掛けの煌石こうせきのランプが二つ、出入口の木製の扉をはさんで備え付けられているだけの、空虚くうきょな部屋だった。


「体調は大丈夫ですか?ㅤたまにする人が居るので……」


ㅤ魔石をふところにしまいながら、騎士はオリビアに声を掛ける。彼の二重で、目の垂れた黒色の瞳が、心配そうにオリビアを見つめていた。



「はい、大丈夫です」


「では、玉座の間に向かいましょう。国王は、そこでお待ちになっておられるはずなので」


ㅤ若い騎士は爽やかにそう言った。



▼▼▼




ㅤしばらく騎士の後ろをついて行きながら通路を進むと、つややかな赤い扉の前に辿り着いた。


ㅤ真っ赤な鉱石で作られた両開きの扉には、所々に金の装飾をされており、豪華なドアノブにはドラゴンに似せて作られた輪が付いている。


ㅤオリビアが緊張を押し殺すように息を整えると、若い騎士によって玉座の間の扉が開かれた。



ㅤ壁も床も真っ白な空間の奥に、絢爛けんらんな赤い玉座が置かれている。そこに座る、足の長い年配の男が優しく微笑み、オリビア達を招き入れた。男は煌びやかな、赤い服装をしている。


「入りたまえ。……君が冒険者、オリビアだね。セドリック──君は、少し下がっていなさい」



ㅤ広い部屋に響く、渋い男性の声。


ㅤ『セドリック』と呼ばれた若い騎士は、左手を胸に置きお辞儀をすると、入口の扉の近くに下がっていった。


ㅤ招かれたオリビアは、部屋の中央まで歩いていく。白い大理石の床に、神々が描かれたステンドグラスの光が、散華さんげしていた。




ㅤ先程声を掛けてきた男は真っ白な短髪に、眼鏡を掛けていて、優しい顔立ちをしている。


ㅤ姿勢も肌艶はだつやも良く、白髪と声の低さで年配の様に感じたが、アテナの様に少し若々しく見えた。


ㅤ彼は羊皮紙を持ちながら長い足を組み、オリビアを見つめている。近くには、細身の貴族の男が立っていた。



「よく王都まで来てくれたね。私がベルラーク王国、国王──ダグラス・ベルラークである。君の事は、少し調べさせてもらっているよ」


ㅤ王様は羊皮紙を見ながら、今までのオリビアの功績を声に出して読み上げていく。ドスプンジャリオとの戦い、蜘蛛女アラクネとの戦いは賞賛に値すると、オリビアは褒められたのだった。



ㅤ王国に貢献した冒険者に、褒美を渡す為に呼び出したのだと、王様は微笑んで経緯を説明する。



「……ありがとうございます!」


ㅤ王様の言葉に、オリビアは深く感謝した。


──そういう事か。何で呼び出されたんだろうとは思ってたけど……。優しそうな王様で良かった……。

ㅤ初めての貴族、王族との謁見えっけんの場であったが、物腰の柔らかい王様の対応で、次第に緊張がほぐれていった──




「──冒険者の君なら分かっていると思うが、ドスプンジャリオは特別指定害獣に認定されている魔物であり、蜘蛛女アラクネも君のランクで戦っていい相手ではない。……それは、理解しているね?」


「……はい」


ㅤ王様のこの発言で、一気に場の空気感が変わる。動悸がして、血の気が引いていくのが分かった。


ㅤ冒険者はランク別に受けられるクエストが異なり、強さを認められた者だけが、上位の魔物と戦える。


ㅤそれは無駄に死傷者を出さない様にする為に、前王が取り決めた制度であった。



「君の行いは賞賛に値する──しかし、本来決められた制度からは逸脱いつだつした行為だ。……どうして君は、国の決まりを破ってまで、戦ってきたんだね?」



──何故、私が戦ってきたのか。


ㅤ脳裏にぎったのは、クベル村の民達の顔。そして、アキやエミリー達の顔だった。



「……それは。私が戦わなければ、誰が死んでしまうと……そう、思ったからです」


ㅤはっきりとした声で、王様に言葉を返す。


ㅤオリビアがいなければ、村の被害もあれだけでは済まなかったかもしれない。アキやエミリー達だって、あのまま蜘蛛女に食われていたかもしれない。



「私は、冒険者の三原則を優先しました。……あの場で自分だけ逃げ出すなんて、考えられませんでした……。しかし、決まりを破った事で罰則ばっそくがあるのであれば……あまんじて受け入れます」


「冒険者の三原則か。……ふむ」


ㅤ少しの間が空き、王様は熟考した末に言葉を続けた。



「確かに……君の言う通り、この国には別の決まりもある。それを守ったと言うのであれば……仕方あるまいな」


ろしいのですか!?ㅤこの者は、国の法を──」


「──いのだ」



ㅤ玉座の隣に立っていた貴族の男の声を、王様は手を伸ばして静かに制す。



「その代わり、一つ君に頼みがある。それを受け入れてくれるならば、今回の件は不問とする──どうかね?」



ㅤ口角を上げ、オリビアの反応を試す様に言葉を投げかける。


──罪が許されるなら、自分の出来る事を何でもやろう。


「分かりました。……頼みとはなんでしょうか?」



「南地方の『ヘレネス』という街の近くに、山があってね。そこに現れるを、君に討伐して欲しいのだ」



▼▼▼



ㅤ王都からデリカリアへ再度転移したオリビアは、若い騎士のセドリックと共に、ベティの宿屋に戻ってきた。



ㅤ青い閃光が瞬いて、二人の姿が現れた時。


ㅤ受付で接客をしていたベティは、驚きで目を見開いていたが、王都へ出発した時も居合わせていた為、すぐに状況を受け入れていた。



ㅤ王様に提案された、罰則を不問にする条件は三つ。


ㅤヘレネスという街の近くに現れる、魔物の討伐。そして、討伐した証に魔物の部位を、王都に持ち帰る事。


ㅤ最後に、見届け人としてセドリックを同行させる事が決まった。



ㅤ突然決まった事にも関わらず、セドリックは表情一つ変えずに、王様の言葉を受け入れている。


ㅤ何でも、騎士団の長期遠征があったりする為、そういう辞令じれいには慣れているんだと、彼は言っていた。



ㅤ出発は明日の朝。それまでに準備を整え、夜に一度合流しようと、セドリックと約束を交わす。



「何処か食事が出来る所はありませんか?ㅤ夜にそこで打ち合わせをしましょう」


「それなら、私の行きつけがあるので『アマリリス』という酒場でお願いします」


「分かりました。では、また夜に」



ㅤ転移魔法で移動したお陰で、陽はまだ高く登っている時間帯だ。夜まで時間がある。



──早く、ユリアさんにもう一度話を聞きに行こう。


ㅤ偶然にも、ユリアから聞いた街の名前と、王様の提案に出た街の名前が一致していた事に、オリビアはわくわくが止まらない。



──ヘレネスに居るって、一体どんな人なんだろう。アキさんの力にも、なれると良いんだけど……。


ㅤ心を踊らせながら、酒場まで足早に向かったのだった。



▼▼▼



ㅤ真っ暗な部屋に、誰かが近付いてくる足音がする。


ㅤ無作法に木製の扉が開かれ、丸眼鏡を掛けた年配の女性がテキパキと動き、閉まっていたカーテンを開けた。


ㅤ雑然と本が散らかった部屋に、ベッドで丸くなる男の影。窓から差し込んだ陽の光から逃れる様に、男は頭まで布団を被り直している。



「ミャーリオ、いつまで寝てんのさ。ていうか、部屋の掃除くらいしなさいな。……良い大人なんだから」


「うーーん……あともうちょっと……」


ㅤ女性の叱責しっせきなんて気にも止めず、ミャーリオは優雅に夢の中に落ちていった。

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