第02章 繋がる縁、広がる世界。

第21話ㅤ王都からの訪問者



ㅤオリビアが目覚めてから、更に二日後。


ㅤデリカリアの冒険者療養施設で治療を受けたオリビアは、自由に動けるほど体が回復していた。


ㅤ施設は二階建ての煉瓦れんが造りの建物で、聖魔法師が常駐する事を義務付けられている。


ㅤいつでも冒険者の支援を無償で出来るようにと、前王が定めた制度であった。


ㅤオリビアは建物の階段を上がり、とある部屋の扉を開く。そこはシンプルな広い病室で、六個のベッドが置かれていた。


ㅤ一つを除いて、他のベッドは幸いにも空だったが、オリビアはアキの眠るベッドに近付く。


ㅤ白いシーツと掛け布団に包まれた彼の顔色は、以前に見た時よりも血色けっしょくが戻りつつあった。

蜘蛛女アラクネに刻まれた刻印は、アキの首から綺麗さっぱり消えている。あとは眠りから目覚めるだけであったが……。


ㅤ魔法師の懸命けんめいな治療も虚しく、彼はあれから五日が経過した今も、目を覚ましていなかった。


「今日も眠ってるか……」


ㅤオリビアの声が、静かな部屋に響く。


ㅤアキが未だに眠り続けている理由は、魔力が限界まで枯渇こかつした反動の為だと、説明を受けていた。


ㅤ魔力は時間の経過と共に回復する。安静に過ごせば、そのうち目を覚ますだろう。との、見解けんかいらしい。


ㅤオリビア達と共に運び込まれたライゼルは、早々に傷口がふさがり、特に別れの挨拶もしないまま、既に旅立った後だった。


ㅤ蜘蛛女にやぶれた事や、オリビアに命を救われた事が、彼のプライドの高さ故に許せなかったんだろう。



──体もかなり動くようになったし、何か自分に出来る事がないか情報収集に行こう。


──アキさんが目覚めた時に、少しでも力になりたい。


ㅤ『魔力を抑制出来ない』と気にしていた彼の悩みを解決する為、オリビアは情報収集に出掛ける事にした。



▼▼▼



ㅤメイン通りに位置する、木造の酒場に向かったオリビアは慣れたように扉を開ける。ドアベルが鳴り響き、「いらっしゃいませ〜!」と甘ったるい女性の声が響いた。


「あら、オリビアちゃんじゃない!」


「こんにちは、ユリアさん」


ㅤオリビアに気付いたユリアは、陽気に店内へと招き入れる。彼女は40代の女店主で、ふくよかな体型と癖のある赤毛を編み込んだ髪型が、印象的な人だった。ユリアも、師匠アテナとは知り合いである。


ㅤ店内は木製のテーブル席がたくさんあり、その大半の席が埋まる程の盛況ぶりだ。客の賑やかな声が響き渡っている。オリビアは、入口近くの空いているテーブル席に腰を下ろした。


そでにフリルの付いた白いトップスに、茶色のロングスカートを揺らしながら、近付いてきたユリアはメニュー表を手渡し、問い掛ける。


「今日はどれにする〜?」


「じゃあ……いつもの下さい!」


「オリビアちゃん、本当にお肉好きよね〜!ㅤすぐ用意するから、ちょっと待っててね〜!」


ㅤ片足を引きずりながら、ヨタヨタとユリアは厨房に消えていく。


ㅤ彼女は10年前に魔物に襲われ、その時に負った怪我の後遺症が未だに残っているのだと、出会った時にそう聞いていた。


ㅤこの酒場には冒険者がよく訪れる。更にユリアはお喋りが大好きで、国の情勢や噂話をよく知っていた。


──ユリアさんなら、眠り続けてる人を起こす薬とか、魔力をコントロール出来る道具の情報を知ってるかもしれない。


ㅤオリビアは淡い期待をしながら、食事が届くのを待った。



▼▼▼



「う〜ん。聖魔法師が治療しても、その子は目を覚ましていないんでしょ〜?ㅤそんな夢みたいな薬は知らないわ〜」


「そうですか……」


ㅤ食事を持ってきたユリアに「昏睡状態の人を目覚めさせる薬」が存在するか尋ねてみたが、良い返事はもらえなかった。


──やっぱり、アキさんの経過を見守るしか出来ないのかな……。



ㅤオリビアは残念そうな表情を浮かべながら、ステーキを切り分け、口に運んだ。鉄のプレートに乗った肉の塊は出来たてで湯気が立ち、香ばしい匂いを漂わせている。


ㅤ肉から出る油が跳ねているのをお構い無しに、ナイフで切り分けて食事を続けた。


「例えばなんですけど、魔力をコントロールする石とか、薬とかもないですかね……?ㅤそんな物ないか……」


「ん〜。そんな石があるかは、聞いた事ないけど……。もしかしたらなら、何か知ってるかも〜!」


「え……!」


ㅤオリビアは思わず、喜びで声を上げる。さすが噂好きのユリアだ。こんなにすぐ、有力な情報が手に入るとは。


「どんな人ですか!?ㅤどこにいるんですかッ!?」


「うんと、デリカリアのすぐ近くに『ヘレネス』っていう、小さな町があるの。そこで、魔力について研究してた子がいてね──」


ㅤユリアが話している途中で、店の扉が勢い良く開いた。ドアベルが忙しなく鳴り、近くにいた人達は驚いて、入口に目を向ける。


「オリビアちゃん、ここにいない!?」


血相けっそうを変えて入ってきたのは、オリビアがお世話になっている宿屋の店主、ベティである。彼女は、すごく慌てている様子だ。


「はい、オリビアはここにいますが……」


ㅤ控えめに立ち上がりながら、オリビアは手を挙げる。すると、ベティは急いで近づいてきて言った。


「王都騎士団の方が、オリビアちゃんを訪ねてきたの!ㅤ今、宿屋でその方を待たせているから、すぐに戻って来て!」



▼▼▼



ㅤ急いでステーキを口に詰め込み、宿屋に向かったオリビアを待っていたのは、若い男性の騎士だった。


ㅤ宿屋の一階にある、木製の受付カウンターの近くに彼は立っている。たまたま他に客も居ないおかげで、訪問者が誰なのかすぐにオリビアも気が付いた。


ㅤ黒髪の整えられた短髪は、お洒落しゃれの為なのか前髪だけ目にかかるように長く、彼は何回も前髪を直している。


ㅤ重厚なシルバーのよろいに、赤いマント。身に付けている、鎧の肩には赤い十字の紋章もんしょうがある──王都騎士団の証だ。



「貴方が冒険者、オリビアですか?」


「はい、そうですが……」


ㅤ爽やかな黒髪の騎士の声に応えると、彼は羊皮紙を一枚取り出して言った。


「ベルラーク王国、ダグラス王からの召喚状しょうかんじょうです。すぐに王都までご同行願えますか?」



▼▼▼



ㅤ王都の中心部にそびえる、白い煉瓦で出来た立派な城の中。ベルラーク王国、現国王ダグラス・ベルラークは玉座に座り、羊皮紙に目を通している所だった。


ㅤ金糸の刺繍ししゅうの入った、華美で赤い礼装を身に付けている年配の男性は、眼鏡を少しずらしながら険しい顔で読み込んでいる。


「ほう……。冒険者ランク、適正外のドスプンジャリオを倒した者か。……興味深い」


ㅤ王の渋い声が、広い玉座の間に響き渡った。


ㅤ大きなステンドグラスの窓から陽の光が差し込んで、白い大理石の床にたくさん散りばめられている。


ㅤ「うーん」とうなりながら彼はあごに手をやると、今度は近くに立っていた男が言葉を発した。


「はい。調べによると、冒険者になって幾許いくばくも経っておらず、数日前に蜘蛛女アラクネまで討伐したとか……」


ㅤ男は40代くらいの細身の貴族で、背筋を伸ばしたまま持っていた報告書に目を向けている。



「ほう……。それは、更に興味深い」


ㅤ王は少し口元を吊り上げて言った。



「到着次第、その者をすぐに連れて来るように」


「承知しました」



ㅤ静かな玉座の間に、二人の男の声だけが響き渡った。


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