第25話ㅤ変わり者の友達


ㅤ高身長のオリビアより背の高いミャーリオは、ヒョロッとした体に深緑色の羽織りをまとっている。


ㅤ白いトップスの上に羽織っている服は、毛糸で編まれた様な服で、そでには黄緑色の三角模様が入っていた。


ㅤパンツは焦げ茶色のタイトなスタイルで、彼の体の細さが際立っている。



「すみません、突然来て──」


ㅤミャーリオの言葉に、オリビアが謝罪しようとした瞬間。そばに立っていたドリスが、彼の頭を小突こづいた。



「いてッ……」


「なーに、言ってんの。大人のたしなみって言うんなら、アンタも充分大人でしょ!ㅤ起こさなきゃ昼までぐーたらしてる、アンタは一体どうなるのよ。早く顔洗ってきなさいな!」



「あああぁー……叩かれたぁ……もーダメだぁあああ……おしまいだあああ……」


ㅤミャーリオはなまけた様な、ゆっくりとした口調のまま、リビングから出て行く。


ㅤ『おしまいだ』と言う割には、口調が淡々たんたんとしていて、子供が駄々をねている様なそんな雰囲気だった。


叱責しっせきを受け、渋々動き出したミャーリオを見て、ドリスも呆れた様に笑っている。



「ごめんなさいね。アイツは、いつもああなの。気にしないでいいから」



▼▼▼



ㅤ洗顔を済ませたはずのミャーリオは、未だに眠そうな顔をして朝食のパンをかじっていた。


ㅤ寝癖がついた髪型のまま、緑色の壁にもたれ掛かり、ゆっくりと咀嚼そしゃくしている。


ㅤドリスにうながされ、ダイニングに座ったオリビア達は、彼女から『ミャーリオ』についての話を聞いた。



ㅤ彼の年齢は、22歳。


ㅤお祖母さんとお姉さんと暮らしていたのだが、お祖母さんは二年前に病気で他界していて、二つ上のお姉さんは違う街で暮らしている事。


ㅤお祖母さんが入院する際、ドリスに『孫が心配なの』と、定期的にミャーリオの様子を見て欲しいとたくされた事。


ㅤお祖母さんが経営していた洋菓子屋がある家に、一人になった今も暮らしている事。


ㅤ発明家として生計せいけいを立てている事などを、教えてくれた。


ㅤオリビアは、ふと気になった事を小声でドリスに尋ねる。


「あの、……ご両親は……?」


「ミャーリオが小さい時に、住んでいた町が魔物に襲われてね。それでそのまま……。それからお婆さんが引き取って、此処で育てていたの。……そこそこ強い、魔導師だったらしいんだけどね」


「そうだったんですか……」


──彼もまた、魔物に家族を……。


ㅤこの王国では、国土の半分を魔物に侵食され、戦える者が少ないせいで、この様な話は珍しくない。


ㅤオリビアやアキも理由は違えど、家族を失っている。今は平然として見えるミャーリオも、苦しい境遇きょうぐうを乗り越えてきたんだろう。



ㅤそんな事をオリビアが考えていると、ゆっくりと食事を取る彼の背後に、青く透き通った半球状のが張り付いている事に気付いた。


ㅤ子供の頭くらいの大きさの物体それは、彼の腰辺りから上へとい上がり、肩まで到達した所で姿を現す。


ㅤ半透明のゼリー状の魔物を見て──セドリックは、慌てた様に椅子から立ち上がり、長剣の柄を握り締めた。


ㅤオリビアも立ち上がりはしなかったものの、驚きで目を見開く。


ㅤミャーリオの肩には、つぶらな瞳のある魔物──『スライム』が乗っていて、彼は魔物それを跳ねる様に軽く撫でていた。



「オリビアさんッ……!ㅤ魔物が!」


「あの子は良いの!ㅤ……大丈夫なの!」


ㅤ剣を構えないオリビアに、戸惑うセドリックをナナが制す。


「──あの子は、ミャオちゃんの友達だから!」



▼▼▼



ㅤミャーリオのそばに駆け寄ったナナが、スライムに向かって、手を伸ばす。


「スー、おいでッ!ㅤ久し振りだね!」


ㅤ『スー』は、彼の肩からナナの腕に這う様に移り、ナナは嬉しそうに笑った。


ㅤミャーリオもを見つめ、ぼーっとした表情ながらも、口元が少しだけ微笑んでいる様に見える。


ㅤ魔物とたわむれている異様な光景を遠巻きに見ながら、ダイニングに座っている三人は会話を続けた。



「……変わっているだろう?ㅤ魔物に親を殺されているのに、魔物と仲良くしてるなんて」


ㅤミャーリオ達を見つめながら、ドリスが言葉を放つ。


──確かに……変わっているとは思う。魔物と触れ合う人なんて、初めて見たから。


ㅤしかし、オリビアは至って真剣に言葉を返した。


「でも……あの魔物から、全くがいを感じません」


「魔物は生きているだけで、人類に害を成す存在だと。だから民を守るのだと……騎士団でもそう教わってきました。この目で見ている光景が……今、見ていても信じられないッ……」


ㅤオリビアの言葉に、セドリックは戸惑っている。それは当然だった。私も師匠アテナから、同じ様に教わっているのだから。



ㅤしかし、本当に感じられないのだ。


ㅤ殺意も、悪意も、警戒心けいかいしんも何もかも。


「この世界は、未だに分からない事がたくさんあるんですね。あんな風に人間と魔物が共存出来る優しい世界に、……なれたらいいのに」


ㅤそう言ってオリビアも立ち上がり、ミャーリオ達に近寄っていく。



ㅤ彼らはオリビアに気付き、見つめているが、ミャーリオからはかすかに警戒されている気がする。


「あの、……触ってもいいですか?」


ㅤそう尋ねると、彼は一瞬だけ驚いた様に動きを止めたが、ゆっくりとうなづいた。


ㅤナナの抱えている『スー』に触れると、冷んやりとしていて冷たく、柔らかい手触りで弾力がある。


ㅤ生きている魔物に触れるのは、オリビアも初めてだった。


──彼らの様に、魔物と心が通わせられるなら。争いなんて、起きないかもしれないのに……。


「柔らかい……」


ㅤオリビアのつぶやきに、ミャーリオがボソッと声を発した。



「……変なの」


「……え?」


「魔物と仲良くするなんておかしいって、普通思うでしょ。……ナナはともかく。君は初対面なのに、剣に触れるどころか……立ち上がりもしなかった。……あの男の反応が、正常だから」


ㅤそう言って彼は、セドリックに目を向ける。



「それは……この子を見た時に、何も感じなかったからですよ。魔物かれらが何もしていないのに、人間側の理由エゴで傷付けるなんて……私はそんな事、出来ません」


「……ふーん」


ㅤオリビアの言葉に、ミャーリオは少しの間を空けて呟いた。



「君、……変わってるね」


「ミャオちゃんがそれ言う?」


ㅤ彼の言葉に、笑いながらナナが反応する。思わずオリビアも笑ってしまうと、ジト目でミャーリオは二人を見た。


ㅤスーも嬉しそうに体を揺らし、魔物の自分ではなく、人間と関わっている友達ミャーリオの事を、つぶらな瞳で見上げていた。



▼▼▼



魔物スライムに対して友好的な姿勢を見せたオリビアに、ミャーリオは少しずつ、色々な話を聞かせてくれた。


ㅤ子供の時にこの町に移住して、おばあさんの家で暮らし始めた頃。


ㅤ近くの森で出会った、スーとの出会いをきっかけに、現在はスライムの研究をしているらしい。



「スライムは、本当に魅力のある生物なんだ。こんなに小さな体で、物理攻撃を通さない。雑食だから何でも食べてしまうし、再生と分裂を繰り返すその生態は──」


饒舌じょうぜつに話す彼の話を、オリビアも興味津々で聞いていた。彼の熱量から、本当にスーの事が好きなのが伝わる。


ㅤ長きに渡った、研究の末。


ㅤスーから抽出ちゅうしゅつした素材『水粘液すいねんえき』を利用して、発明した魔道具が国から良い評価を受けたのだと、彼は嬉しそうに話していた。


ㅤミャーリオの腕に着いている、青い石が装飾された銀の腕輪も、自分で作り出した魔道具なんだと、流暢りゅうちょうにオリビアに説明する。



「この腕輪の石の部分には、スーの水粘液を特殊な光線で固めていて、物理攻撃を防ぐ盾になるんだけど──」


ㅤ腕輪の構造の話を聞きながら、脳裏にアキの顔がぎる。


ㅤユリアさんが『あの子なら何か知ってるかも』と言った理由、今なら少し分かるかもしれない。


ㅤ興味のある物に対して強烈な知識欲を持ち、色々な素材に博識な彼なら、アキを助けられる何かを知っているかもしれない。と、期待が高まっていく。


ㅤミャーリオの話が途切れるタイミングを見て、オリビアは改めて名前を名乗り、今回訪れた経緯を説明した。


ㅤアキの話を聞いた彼は、細長く綺麗な手であごに触れ、熟考してから言葉を発する。



「魔力をコントロールする道具……?ㅤまぁ、作れなくはないね。……素材さえあれば」


「本当ですか!?」


「ただし──」


ㅤミャーリオはオリビアに左手を突き出し、てのひらを見せた。



「──作ってもいいけど、……お代は金貨五枚。それが払えるなら、……やってもいいよ」

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