第26話ㅤ生きる意味
「金貨五枚……」
ㅤミャーリオの言葉に、オリビアは噛み締めるように
ㅤ金貨一枚ですら、見ないまま人生を終える人が国民の大半だというのに、彼は法外な金額を提示してきた。
「金貨五枚!?ㅤそんなのぼったくりじゃん!」
「……出来ないなら、他を当たってもらって──」
ㅤナナの大きな声に、真顔で淡々と返すミャーリオ。そんな二人に、オリビアは声を掛ける。
「……良いんですか?」
「……へ?」
「金貨五枚で、引き受けてくれるんですか!?ㅤ是非お願いしたいです!」
ㅤオリビアが懐から取り出したのは、ベロア生地の小さな黒色の巾着だ。そこには、
ㅤ王様から褒美で金貨10枚を受け取っていたオリビアは、装備を新調した程度で、ほとんどお金を使っていない。
ㅤ彼の言う通りに金貨五枚を渡したとしても、まだ余るくらいだ。むしろ、それでアキの悩みを解消出来るなら、全額渡したって構わなかった。
ㅤ高価な
ㅤ平民が着る様なシンプルな服装に、皮の装備を
「……」
「……すごい。金貨なんて初めて見たーッ!」
ㅤオリビアが差し出した輝く硬貨を見て、彼は真顔のまま固まっている。
ㅤナナの
「君、……何者なの?ㅤ実家がお金持ちとか?」
「私は、ただの戦士ですよ。それに、……家族はもう居ません。私は何も持っていなかった、……ただの孤児ですから」
ㅤオリビアの言葉にも表情を変えず、ミャーリオはただ押し黙って、
ㅤ彼が一体、何を考えているのか。表情からは、感情を読み取れない。
ㅤそんなミャーリオに、ダイニングから三人の様子を眺めていたドリスが、声を掛けた。
「意地悪しないで、引き受けてあげなさいな。アンタが提示した金を、その子は支払った。断る理由なんて、もう無いだろう?」
「……」
ㅤミャーリオは、ジト目でドリスに視線を向け、長い溜め息をつく。そして、少し呼吸を置いてからオリビアに告げた。
「……素材集めは、自分でやってね」
「勿論です!」
ㅤ快活に返事をしたオリビアに続き、ナナが彼に問い掛ける。
「ねぇねぇ、素材って何が必要なの?」
「んー……」
ㅤ顎に手を添え、熟考するミャーリオは今までにない位に真剣な表情をしていた。独り言を小さな声で呟きながら、何かを計算している様だ。
ㅤしばらく彼の様子を見守っていると、ミャーリオは突然リビングを急いで出ていき、階段を駆け上がって行く。
ㅤ大きな音を立てながら、再度降りてきた彼の手に握られていたのは、羊皮紙と黒色のインク。そして、茶色の古い羽根ペンだった。
ㅤ周りの目など気にせずにそれを床に置き、羊皮紙に何かを書き殴る彼の姿を、
「……ん」
ㅤ書き終えた羊皮紙を、ミャーリオは床に座ったままオリビアに差し出した。
ㅤ出遅れていたセドリックもようやく立ち上がり、オリビア達は三人で羊皮紙に書かれた物を読み上げる。
「スライムの水粘液、マテリア鉱石、銀粘土、イリオ光線の
「パンセリノスって……」
「え、それって何?」
ㅤ驚いているオリビアとセドリックを他所に、ナナは未だに内容を理解し切れてない様だ。疑問を投げ掛けた彼女に、セドリックが答える。
「パンセリノスとは──『月光』の異名を持つ、
「もう一つの、異名?」
「──偶然ではありますが、今回オリビアさんが王命で討伐を任された『魔導師殺し』は……ここに書かれている魔物で間違いありません」
▼▼▼
ㅤ
ㅤ
ㅤ『パンセリノスの討伐』は王命の為、絶対に成し遂げなければいけない任務であったが、アキにも関わる事となった今、オリビアはやる気に満ち溢れていた。
ㅤ魔導師殺しという異名は、その魔物のテリトリーに入ると、魔法を使えなくなる事から付けられたらしい。
ㅤセドリックからの情報によると、ヘレネスの南にある大きな山全体が、パンセリノスの縄張りになっているとの事。
ㅤミャーリオ宅でオリビア達が装備の確認をし、準備をしていると、空いた椅子にだらけて座っているミャーリオに、ナナが声を掛けた。
「ミャオちゃんも一緒に行かない?」
「……行かないッ」
「皆で行ったら、楽しいかもしれないよ?」
「……楽しくないッ」
「いつも家から出ないじゃん。たまには──」
「……出たくもないッ」
ㅤ彼女の誘いに、ミャーリオはゆっくり、淡々とした口調で断りを入れる。『何も出来ない自分が何故行く必要があるのか?』と、彼はナナに問い掛けた。
「──だいたい、家から出るなんてリスク高すぎでしょ。少し森に入れば、魔物と出くわすかもしれないのに。わざわざ、戦えない生身の人間が外に出なくたって、素材集めも外注出来るし……。何でそんなに俺の事、連れて行きたいの?」
「だって仲間と冒険の旅なんて、わくわくしない?ㅤミャオちゃん発明家なんだし、魔物と戦う魔道具とか作ったら──」
「……魔物と戦うなんて、有り得ないでしょ。俺は此処でのんびり、毎日身の丈にあった生活を送るだけでいい。冒険とか魔法とか、戦うとか──そんなの、好きでやってる人の気が知れない」
ㅤそこまで言って、ハッとした表情でミャーリオは一瞬オリビア達を見たが、すぐに目線を
ㅤ確かに彼の言う通りだ。冒険者を志願する者はだんだん減り、『国の為に』と危険を
ㅤミャーリオはすごく現実的な考えを持っているし、何より自分の実力を分かっている。能力も足りていないのに、闇雲に魔物に突っ込むよりよっぽど良い。
「確かに──貴方の言う通りです。好んで魔物に戦いを挑む人は、そういない。私だって、そうです。争わなくて良いなら、戦わなくてもいいなら──私も、魔物と戦いたくはない」
「……」
ㅤこちらを見ようとしないミャーリオに対して、オリビアは語り掛け続ける。
「私は孤児でしたが……師匠に救われ、今があります。家族を失い、絶望している時に
「……」
「だから、私は戦っているだけです。助けが必要な人に、手を差し伸べられるように。平和な国で皆が生きていけるように。──それが私にとって今、生き
▼▼▼
ㅤミャーリオとドリスに別れを告げ、ヘレネスの南に
ㅤ最後までミャーリオとは目が合わず、言葉もちゃんと交わす事が出来なかったが、もうそれは仕方のない事だと、気持ちを切り替える。
ㅤヘレネスの町と森の境界に辿り着くと、青い石の付いた銀の杖の様な物が、地面に突き刺さっている事に気付く。オリビアは、気になって二人に声を掛けた。
「これは何だろう?」
ㅤよく見れば、町の境界に間隔を空けて何本も突き立てられている。すると、ナナが思い出した様に答えた。
「それ、たぶん前にミャオちゃんが作ってたやつかも!」
「これが、彼の作った魔道具ですか?」
ㅤセドリックも会話に入り、ナナに問い掛けるが、彼の近すぎる距離感に嫌悪したナナは、スッと体を離してから話を続けた。
「……魔物が町に入って来ない様に、試作品を作ったから試すって言ってた」
ㅤ
「え、一人で……これを全部?」
ㅤ等間隔で町を囲うように魔道具を作ったなら、その数は尋常ではない量になったはずだ。
ㅤ『魔物が町に入って来ないように』とミャーリオが作ったこの道具は、きっと彼の幼少期に起きた
ㅤ何を考えているか分からなかったミャーリオが、人の為に研究と開発を模索している姿を想像して、オリビアは胸が少し熱くなる。
「ミャーリオさんは、すごいですね。博識だし、熱量も凄い。ご両親は確か、魔導師だったんですよね?ㅤこの魔道具も、彼の魔法で作ったんでしょうか?」
ㅤオリビアの問い掛けに、ナナは気まずそうに言葉を
──何か私、変な事を言ったかな……?
ㅤ戸惑うオリビアの表情に意を決したナナは、少し間を空け、言葉を紡ぐ。
「これは、ナイーブな問題なんだけど……。ミャオちゃんのご両親とお姉さんは、魔導師らしいんだけど──彼だけ、全く魔法が使えないみたい」
ㅤ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます