第27話ㅤ盲愛の騎士、セドリック


《※ミャーリオ視点》


ㅤ静かになった、部屋の中。


ㅤダイニングテーブルに突っ伏していると、ドリスが対面の席を立ち上がりながら、声を掛けてきた。


ㅤ『自分の店を開けるから、そろそろ私は帰る』という、彼女の言葉に顔すら上げずに「んー」と気の抜けた返事を返していく。



ㅤ足元に、何かが軽く当たる感覚がした。


ㅤテーブルの下に目を向けると、スーがつぶらな瞳でこちらを見上げている。


ㅤ弾力のある体で跳ねて、『撫でてくれ』とでも言っているみたいだ。


ㅤ体勢を変えずにスーの頭を軽く撫でていると、それを見ていたドリスは、呆れた様に息をつき、呟いた。



「アンタ……ずっとこのままで居るのかい?」


「……このままって?」


「この家に、ずっと一人で閉じこもって……。此処にこだわらなくても、好きな場所で好きなように生きたって、良いんじゃないのかい……?」



ㅤドリスの言葉に、ミャーリオは静かに黙り込む。


──俺が知り合いの孫だから、気にかけてくれるんだろう。だけどそんなの、……俺の勝手じゃないか。


ㅤそう思ったミャーリオは、反抗期にも似た感情が込み上げてきて、ドリスを冷たくあしらった。



「俺がどうに生きようが、俺の勝手じゃん」


「……そうかい。出しゃばって、悪かったね」


ㅤ素直に自分の考えを話せない、悪い癖だ。



『おばあちゃんのせいだ!』


──あの時から、俺は何も変わってない。


『僕が魔法を使えないのは、おばあちゃんのせいだ!ㅤおばあちゃんなんて、大っ嫌いだッ!』



ㅤふと思い出した、子供の頃の記憶。


──結局、ばーちゃんに最期まで、あの時の事を謝れなかった。……伝えるタイミングは、いくらでもあったのに。


ㅤドリスに、今は亡き祖母の姿を重ねる。


──俺が大人げないのが悪いんだって、そんな事分かってるんだけどね……。


ㅤ考えを改めたミャーリオは、冷たい態度を取った事を謝罪しようと顔を上げた──しかし、部屋には誰も居なくなっていた。



「はぁ……」


ㅤ溜め息をついたミャーリオは眼鏡を外すと、再度テーブルに突っ伏した。


──今日は、朝から色々起きて疲れた。久し振りに人とたくさん喋ったし。


──ドリスさんには、後で謝ろう……。



ㅤ目を閉じて、意識を手放そうとした瞬間。ナナの隣にいた女性の顔が、頭に浮かぶ。


ㅤ『仲間の為に魔道具を作って欲しい』と頼んできた、オリビア。


──魔物に対し、恐れや嫌悪を感じるどころか、自らスーに触れていた……変な人。スライムの生態について話をしていた時も、ちゃんと最後まで俺の話を聞いてくれた。


──彼女も、……かなりのだな。


ㅤ暖かい陽が差し込む部屋で、ミャーリオはそんな事を思いながら、夢の中に落ちていった。



▼▼▼



《※オリビア視点》



「彼だけ、魔法が使えない……?」


ㅤオリビアの言葉に、ナナは控えめにうなづいた。


ㅤ何でもミャーリオは『無属性体質』のせいで、魔導師家系の生まれにも関わらず、子供の頃から魔法が使えなかったらしい。


ㅤ彼とナナの出会いは数年前。ミャーリオの家に頼まれた荷物を届けた事が、きっかけとなったようだ。


ㅤナナから彼について話を聞いたオリビアは、ますますミャーリオに対しての認識が変わっていく。


ㅤ魔法を使えないなら、町に張り巡らせた魔道具は全て手作業で作った物、という事になる。


──たった一人で。町を守る為に、どれだけの時間を掛けたのだろう……?

──本当に、彼はすごい人だ……。


ㅤ魔道具も作れないオリビアに、彼の大変さが本当の意味で分かる訳じゃない。


ㅤそれでも、アキの事を相談した時のミャーリオの真剣な眼差しに、ひたむきな姿勢を感じていた。



ㅤナナが、彼をこの旅に誘った時。冒険や戦いに対して消極的な発言をしていたが、ミャーリオの知識や発想力は、オリビア達には持っていない物であり、唯一無二。


ㅤ今回、アキの長年の悩みが解決出来るかも、と希望を見出みいだせたのも彼のおかげだ。


ㅤミャーリオが一緒に来てくれたら、この先助かる事もたくさんあるだろう。と、オリビアの想像が広がる。



「ミャーリオさんが仲間になってくれたら、私もすごく嬉しいのですが……。どうしたら、一緒に来てくれるでしょうか……?」



ㅤ期待と同時に、浮上した問題は──『どうしたら彼が、オリビア達に着いてきてくれるのか?』という事だった。


ㅤ嫌がっている人を、無理やり連れて行く事は出来ないからだ。




「うーん……。スーを誘拐する?」


「そんな事、出来ません……!」


ㅤ画策するナナに、戸惑うオリビア。そんな二人に自信たっぷりな表情で、セドリックが会話に加わった。



ミャーリオが居なくたって、大丈夫です!ㅤナナさんの隣に相応しいのは、あんなにヒョロヒョロな男じゃありません!ㅤもっと強くて……格好良い、僕みたいな──ゴフッ!!」


「……はーい、しつこい男は嫌いでーす」


ㅤセドリックの顔面に自身のナップサックを命中させたナナが、一切後ろを振り返らずに、力強く森の中に入っていく。


ㅤそんな光景をオリビアは、ただ苦笑いして見つめる事しか出来なかった。



▼▼▼


ㅤ山に登頂をし始めて、30分が経過した頃。オリビアの前を歩く、セドリックとナナの雲行きが、更に怪しくなってきた気がする。



「ナナさん、大丈夫ですか?ㅤ足は痛くないですか?」


「……大丈夫って、さっきから何回も──」


「僕は、ナナさんを抱き上げて運んでも全然構わないですよ!ㅤ……お姫様抱っことか──」


「ウッッッザ!!ㅤ私に触らないで!」



ㅤなだらかな斜面のメガロス山は、標高約800メートルで、山頂までは約二時間かかる。森に入ってすぐ、セドリックはずっとこんな調子だった。


ㅤ初めは、冒険初心者のナナに気を遣っている優しい青年だと思っていたのだが、彼のはエスカレートし、道端の小石でさえ注意をうながしている。



「本当にしつこいッ!ㅤ……あんたなんて、パンセリノスに食われれば良いのよ」


「……ああ。怒った顔でさえ、なんて愛らしいんだ。……結婚したい」


「お断りしますッ!ㅤ……も゛う、限界ッ!!ㅤリヴィ……お願い。この男を縛り上げて、魔物の餌にしてもいい?」


ㅤ光のない瞳で物騒な事を言い始めているナナを、何とかオリビアが間に入り、なだめた。


──私達はもう、パンセリノスの縄張りに入っている。油断していると、危険だ。気を引き締めないと……。


ㅤ暴走しているセドリックにも『ほどほどにね?』とやんわり注意をし、真っ直ぐ前を向いて歩を進める。


ㅤ少し傾斜けいしゃを感じるが、背が高くみきが太い木々が生い茂る森の中、順調に登って来れたのは、ほとんど魔物と遭遇しないからだ。

──おかしい……。


ㅤ町に近い場所では、ホーンラビットがいたり、二メートル級の熊の魔物──マグベアと出くわして、応戦していたのに。


ㅤ山頂を目指すにつれて、静けさが深まっていく。


ㅤ森育ちのオリビアがよく聞いていた鳥の声や、虫の鳴き声も聞こえない。風に揺れる、葉擦れの音だけが響いている。


ㅤしばらく歩き続けたオリビア達は、ふもとを見下ろせる、開けた場所に辿り着いた。


ㅤ土続きだった地面が白い岩石に変わり、経年けいねんで自然に削れたのか、洞穴ほらあなの様な場所が出来ている。


ㅤまだ山頂に着いていない為、奥には深い森が続いていた。地面に広がるこの岩は、おそらく──


「これは……結晶質けっしょうしつのラーヴァ岩ですね」


ㅤしゃがみ込み、地面を観察しているセドリックが、オリビアよりも先に答えを提示する。削れた断面の粒子に太陽の光が反射して、虹色に輝いていた。


ㅤこの純白の岩は、主に火山活動によって作られる産物である。深く考えてはいなかったが、メガロス山は──元々、火山だったようだ。



──グルルルルッ……


ㅤ突然辺りに響き渡った、獣の低いうなり声。


ㅤ反射的に、双剣を引き抜く。


ㅤオリビアが辺りを見渡すと、白い洞穴の上に黒い体毛で覆われた魔物──パンセリノスが現れ、鋭い眼光をこちらに向けていた。


「──絶対に……倒してみせるッ!」


ㅤ剣先を魔物に向け、オリビアが声を上げる。それに続いて、セドリックも剣を抜き、ナナを背にかばった。


「ついに、現れたのね……!ㅤ頭から美味しく食べられちゃってッ!」


ㅤ後ろから彼女に声を掛けられたセドリックは、真っ直ぐ前を向いたまま、長剣を強く握り直す。


「いや、……僕はッ!ㅤナナさんに愛してもらうまで、絶対死ねませんッ!!ㅤ守り抜いて、結婚ルートに辿り着いてみせますッ!!」


「……パンセリノス様。この男、やっちゃってください」

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