第33話ㅤ乱戦の中で。


《※アモン視点》


ㅤヘレネスが焼かれる前夜に、時は遡る──


突如とつじょ、足元に紫色の魔法陣が浮かび──気付けば、真っ暗な部屋に転移していた。

ㅤㅤ

蝋燭ろうそくの火が俺を呼び出した男の姿を照らし、俺は流れるように頭を垂れて、ひざまづく。


ㅤ相手の手元しか見えない閉鎖的な空間で、低い声の主が告げたのは「ヘレネスという町を焼いて欲しい」という事だった。


──町の全てを焼いて良いなんて……そんなの久し振りだなァ!


ㅤ高揚感を抑えながら了承すると、主は更に話を続けた。その町には、今後俺たちの邪魔になりそうな、冒険者が滞在しているらしい。


「どんな冒険者?」


「──若い女だ」


「……女?」


ㅤ『今後、邪魔になりそうだ』と言うから、勝手に屈強な男の姿で想像していたが、どうやら違うらしい。


ㅤ気の抜けた声が出た俺に、その冒険者の戦績が語られた。雑魚の小物まものたちはともかく、上位ランクの魔物までやられたとなれば話は別なんだろう。


──最近じゃ、張り合いのある冒険者はかなり居なくなってきたけど、少しは楽しめそうだ。


「その人の特徴は?ㅤ名前はあるよね?」


「冒険者の名は──オリビア・バートレットだ」



▼▼▼



《※オリビア視点》


ㅤ建物に入ってくる、軽快な靴音。


ㅤオリビアとミャーリオは、息を殺した。


ㅤ敵の明確な殺意を感じたからだ。


ㅤしかし、オリビアだけは覚悟を決めた顔をしている。自分がどうにかしなくてはいけない、という『責任感』の方が、恐怖よりも勝っていたからだった。


ㅤ獲物を探す足音が、コツン……コツンと、部屋の中を徘徊している。


ㅤオリビアは双剣を静かに抜き、息を殺しながら呼吸を整えている。その横で、真顔のミャーリオがつばを飲み込む音が聞こえた。



ㅤ床に置かれた物を、楽しそうに蹴っ飛ばしながら探しているアモンが、オリビア達を見つけるのは時間の問題であった。


ㅤ──そんな時、ミャーリオがささやく。



「……勝てるの?」


「……分かりません。だけど、たとえ相手が強くても、貴方が逃げる時間くらいは稼ぎますから」


「何それ……ただ、突っ込む気?」


「……『諦めたら、屍と同じ』なので」


ㅤそんなオリビアに対して、ミャーリオは呆れたように溜息をついた。


「勝算がないのに、挑んでも意味ないでしょ。策もなく突っ込むくらいなら、少しだけ……考えがあるんだけど」



▼▼▼



《※アモン視点》


ㅤ部屋の床に落ちているとうかごが邪魔で、勢い良く蹴っ飛ばした。


獲物オリビアたちはどこに隠れているのか──勝手に上がる口角を、抑えられない。


執拗しつように追い詰め、絶望の表情を浮かべた相手の命を奪う。


ㅤ昔からそれが好きだったアモンは、冒険者たちが逃げ込んだ家を焼き払う事も簡単だったが、自ら手を下す事を選んだ。


──相手の逃げ場を奪っていくこの感覚が、堪らなく楽しくて……クセになる!


ㅤ部屋にある、ルーバータイプの両開きの扉を開けて、中を覗き込んでも人間かれらは居ない。


ㅤすると、後方から微かな物音がした。


ㅤ音に反応したアモンが振り返ると、そこには更に違う部屋へと続く扉がある。


──この向こうに……きっと、彼らがいる。


ㅤ早歩きで近付き、勢い良く開けた先にあったのは、透き通った青い物体だった。


ㅤ扉のわくいっぱいに広がり、奥の景色は見えないが──瞬時に、それの正体に気付いたアモンは、思わず吹き出した。


「……スライムだ。こんな物で、俺を足止め出来ると思ってるの?ㅤ馬鹿すぎて話にならないね」


ㅤ魔物側であるスライムの能力を、何故人間が使えているのか。


ㅤ疑問は感じたものの、所詮しょせんは低級の魔物だ。


ㅤアモンにとって、人間がただ悪あがきをしているようにしか思えなかった。


ㅤ魔族の中で炎魔法の才能があるアモンは、はやる気持ちを抑えられずに──右手をかざし、無詠唱で水壁を焼き払う。


ㅤ掌から生み出された炎で、急速に溶けた高密度の水粘体から、真っ白な水蒸気が溢れ出した。


ㅤ視界を確保するために手を横に払いながら、歩みを進めるアモン。


──彼らは一体、どこに……。


ㅤそうぎった、刹那。


ㅤ斜め下から振り上げられた冒険者の刃で、アモンの右腕と右翼に鋭い痛みが走る。


ㅤ晴れ始めた水蒸気の中から、姿を現した双剣を持つオリビア。


ㅤその斬撃で傷を負った魔族アモンは、自分の体から吹き出す黒血を見て──紫色の瞳を、大きく見開いた。



『……敗北は、許さんぞ』


『フッ……たかが、女の冒険者でしょ?』


ㅤ主との会話が、脳裏に蘇る。


──コイツ……!!ㅤ俺の体に、傷をッ……!!


ㅤ痛みでカッとなり、冒険者を睨み付けたアモンに対して、オリビアはそれに臆することは無く、強い眼差しで見つめ返している。



「ミャーリオさん、行ってくださいッ……!!ㅤここは、私が食い止めますッ……!!」



▼▼▼



《※セドリック視点》


ㅤ燃える洋菓子屋の前で、オリビア達と分断されたセドリックは、魔族が飛び去って行った方向に目を向けていた。


──あの魔族は、オリビアさんを狙っている……?ㅤ一体、何が起きているんだ。


ㅤそんな疑問を抱えつつも、周辺の建物に火が燃え移り、このまま此処に居たら逃げられなくなる。と考えたセドリックは、転移石を取り出した。


「──僕らはとりあえず、避難しましょう」


「えッ……リヴィを助けないの!?」


ㅤナナが彼女を心配する気持ちは分かるが、まずは民間人の避難が優先だ。


ㅤドリスが煙で咳き込んでいるのが見えて、セドリックの意思は、余計に固まった。


「オリビアさんなら、きっと何とかやってくれるでしょう。まずは、ドリスさん達を助けないと」



ㅤ気絶しているグレイソンの傍に集まり、転移する寸前だった、その時。


ㅤセドリックの後方から、誰かが走ってくる音が響く。軽い足音に瞬時に反応し、赤いマントをはためかせ、長剣を引き抜いて振り向くと──


ㅤ激しくぶつかり合う、金属音。


「……!?」


ㅤセドリックの長剣が受け止めたのは、赤黒い戦斧せんぷだった。


ㅤ禍々しい色の大きな両刃斧を、自分に振り下ろしている者を見て──セドリックは、驚きで目を見開く。



「あーあ。受け止められちゃったか」


ㅤギリギリと音を立てながら、黒いローブをまとった少年が残念そうに呟いた。


ㅤ少年の年齢は、顔付きを見るに12歳前後。しかし、まだ幼さの残る顔には、銀色のピアスがたくさん付いている。


ㅤ彼の綺麗な紫色の瞳が、セドリックだけをとらえていた。前髪は長く、濃紺の髪の隙間から、先の尖った耳を覗かせている。


ㅤ体の半分くらいある戦斧を、軽々と持ちながら後方に飛んで、少年はセドリックから距離を取った。



「アモン様にまた叱られちゃうじゃん……」


ㅤ顔をポリポリと掻きながら、静かに声を発する少年に、セドリックは問いかける。


「貴方も、魔族かれの仲間なんですね?」


「……どう受け取ってもらっても、構わないよ。どっちみち、君たちにはここで死んでもらうつもりだから」



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