第34話ㅤ生の希望と死の絶望

《※セドリック視点》



──この状況は、まずい。


ㅤナナ達を背にかばい、長剣を構えているセドリックは、最善な選択肢を探して、脳がフル回転していた。


ㅤ先ほども、幼い少年が繰り出したとは思えない程の、重い攻撃だった。


──目の前にいる少年を野放しにしたら、町に与えられる被害はさらに増すだろう。もしも、オリビアさんの所に、彼が行ってしまったら……。



ㅤいくら強い彼女オリビアだって、二人の魔族を相手にするとなったら、厳しい戦いになるはず。


ㅤ覚悟を決めたセドリックは、ナナの名前を呼びながら、転移石を彼女に向けてほうる。


ㅤ石をキャッチしたナナに、大きな声で言った。



「ドリスさん達を、早くデリカリアへ!ㅤ僕が、ここに残りますッ……!!」


「えッ……でも、どうやったらいいか……」


ㅤ戸惑う彼女に、セドリックは石の使い方を教えた。ただ頭の中でイメージすれば良いのだと、簡潔にそう告げる。


──魔族と遭遇した者が、生き残る可能性は少ない。全員がここで、死ぬくらいならッ……!



ㅤナナはセドリックの背中に目を向けたが──彼がもう、後ろを振り返ることはない。


ㅤ自分の身がどうなろうと、若き騎士はここで、戦い抜く事を決意したのだった。



「……行かせないよ」


ㅤ少年が、ナナ達に向かって駆け出した。飛び上がりながら戦斧を振り回す、少年の斬撃を──あいだに入ったセドリックが、決死の思いで食い止める。



「早くッ!!ㅤ……逃げろッ!!」


「……ッ!」


ㅤ彼の気迫にあてられたナナは、転移石を握り締め、ドリスやグレイソンの体に手を回す。


ㅤ恐怖から顔が青ざめ、動けない彼女ドリスに、ナナは慌てながら声を発した。


「……しっかり掴まってくださいッ!」


ㅤ転移する直前──


ㅤ小さな青い影が、輪の中から飛び出した。


ㅤ燃える町の中を飛び跳ねながら、次第にスーが遠ざかっていく。



「……スー、ダメッ!!ㅤ戻って来て!!」


ㅤ彼女の悲痛な叫びは、魔物スーに届く事はなく──青い閃光に包まれたナナ達は、ヘレネスから忽然こつぜんと姿を消したのだった。



▼▼▼



《※オリビア視点》


ㅤ薄暗くなってきた部屋の中でも分かるほどに、アモンは鬼の形相を浮かべている。


『……あの魔族はどうせ、この水盾を火で焼き払うと思う。そしたら──』


魔物スライムの特性を熟知じゅくちしたミャーリオの機転で、彼の思い描いた結果となった。ㅤ


ㅤ大きく開いた窓から、ミャーリオが逃げて行った事すら視界に入らないほど──魔族の怒りの矛先は、全てオリビアに向けられている。



「人間ごときがぁぁッ……!!」


「……ッ!!」

憤怒ふんどが溢れ、アモンの体から激しく放たれた熱波で、オリビアは勢い良く吹き飛ばされた。


ㅤ粉々に割れた、窓ガラス。壁を突き抜けて外に投げ出された体は、地面に思い切り叩き付けられた。



「かッは……ッ!」


うめき声を上げながら、立ち上がろうと地面に手をついた瞬間──刺すような痛みが、体中に走り抜ける。



──顔と、手が……痛いッ……。


ㅤ高温の衝撃波を受けたオリビアは、咄嗟とっさに両腕で顔をかばったが、服のそでひじまで焼けてなくなり、火傷で皮膚が赤くただれていた。


「……ッ……」


ㅤヒリヒリと痛む体に、思わず顔が歪む。



『──立ち上がれ、オリビア。』


ㅤふと脳裏に浮かんだのは、師匠の言葉。修行の際に何度も聞いた、芯のある声がオリビアを鼓舞こぶする。


『──目の前にいる、誰かだけでもいい。守れるくらい、強くなれ。』


ㅤオリビアが戦わなければ、避難した街の人々や、ミャーリオたちを守ることは出来ない。



──絶対に、……負けてたまるかッ……!!


ㅤ痛みを堪えながら立ち上がると、崩れた家の大穴からアモンが姿を現した。瞳を見開き、獲物オリビアの姿だけを捉えている。



「ちょっと油断したなァ……。僕の体を傷付ける人なんて、久し振りだったからさァ……」


ㅤ口元だけ笑みを浮かべている彼に対し、強い眼差しで双剣を構え直すと──アモンが鼻で笑う。



「君って、小賢こざかしい上に諦めが悪いんだね?ㅤ……何、その。ムカつくなァ……」


「……何事も、諦めない事にしているので」


「ハハッ!ㅤ魔法も使えない、ただの人間のくせに……何言ってんの?ㅤ魔族であり、魔法の才がある僕に勝てるはずないんだって、教えてあげなきゃね──」


ㅤそう告げると、彼は両手で印を結んだ。



固有結界アイゲンラウム──『業炎ごうえんのインフェルノ』」


ㅤ詠唱した瞬間──世界が、灰色に変わる。


ㅤ明かりが一斉にバチンッと消えるように、空や町並みは色をくし、その場にいる者と赤い炎だけが、色を保っていた。



──これは、蜘蛛女アラクネの時と同じ術……!


ㅤ固有結界を展開されたオリビアに、緊張が走る。戦いの火蓋が、再度切られようとしているからだ。


ㅤ流れるような手捌てさばきでアモンが炎を操ると、それは彼の背を超える程の、巨大な蛇になった。



「さァ……始めようか、君が絶望に堕ちるまで」


ㅤ炎蛇を従えた、アモンの声が響き渡る。


アテナの言葉でおのれを奮い立たせ、オリビアも戦場へと駆け出していった。



『──お前は、誰かを守るやいばになれ。生きる希望が見つからないのなら、今日からそれを、お前の生きていく理由にしたらいい。』



▼▼▼



ㅤ灰色の町の中を、髪をなびかせ、旋回しながら走り抜ける。


ㅤ耳元で響いている、風の音。息がしづらいほどの、強烈な熱風を感じていた。


ㅤ炎蛇の大きな口が、オリビアの事を飲み込もうと迫り来るたびに、必死に身をひるがえして、回避!



「ああ゛ああぁーッ!!」


ㅤ決死の咆哮ほうこうを上げながら、炎蛇に剣を振るうも──虚空を斬ったように、まるで手応えがない。


ㅤ斬られた炎の体が結合して繋がり、何事もなかったように修復していく。



──勝てないッ……!ㅤ炎を斬る事が出来ないなら、術者を倒すしかないの……!?


ㅤどうしたら、魔法に打ち勝てるのか。


ㅤどうしたら、魔族に勝つ事が出来るのか。


ㅤ根性論だけではどうにもならない事は、さすがに経験値の少ないオリビアでも分かっていた。


ㅤ翼が傷付き、飛ぶ事が出来なくなったアモンに攻撃を与えたくても、うねる炎蛇に行く手をはばまれ、彼に辿り着くことさえ出来ない。



──近付く事すら出来ないなんてッ……!!


ㅤ疾走しながら思考を巡らせても、最適な答えが見つからなかった。


ㅤ次第に浅くなっていく、呼吸。上手く息が吸えずに、酸欠で頭が重くなってくる。



「あーあ。回避するだけで、精一杯かァ……ワンパターンすぎて、だんだん飽きてきたよッ!!」


「っあ゛ああ……!!」


むちのようにしならせ、濁流のように波打つ、蛇の炎尾えんびがオリビアを襲う!


ㅤ建物を飲み込むほどの炎と、巻き起こった爆風で再度吹き飛ばされたオリビアは、町の中心にある小さな円形の噴水へ直撃。


ㅤ口から血を吐き、崩れた石造りの噴水にもたれ掛かったまま。


ㅤ視界が歪む中で見えたのは、炎が揺れる赤い景色。そして意識の遠くの方で、アモンの高笑いする声が響き渡っていた。



▼▼▼



《※ミャーリオ視点》


潜伏せんぷくしていた部屋の、水蒸気が晴れる前に逃げ出したミャーリオは、脇腹わきばらを抑えながら、必死に街路を駆けている。


「はぁッ……はッ!!ㅤ……はぁッ!!」



ㅤ荒れた呼吸を整える事もせず、何とか魔族から距離を取らなければ……と、走るその速さは、もはや亀のようだった。


ㅤ普段の怠惰たいだな習慣が災いした、体力のない自分を呪う。



──お腹、痛いッ……もう、無理ッ……。


ㅤ息も絶え絶えで、思わず足が止まる。


ㅤ少し離れた場所から、何かが爆発したような音が辺りに響いていた。



──さっきまであのオリビアと一緒にいた家から、まだ充分な距離が取れてない。もっと、遠くまで逃げないと……。

ㅤ両膝を手で押さえ、肩を上下させて呼吸を整えるミャーリオが何度か瞬きをした瞬間──突然、目の前の世界が……色を失った。



「……ッ!?」


ㅤ空や建物が灰色に染まり、町を焼き付くそうと広がる炎の赤色だけが、存在を主張する空間。


ㅤ自分自身の掌に目を向けると、肌や服装の色は失われていない。色をなくしたのは、周りの景色だけだった。


──転移したわけでもない。知らない世界に、迷い込んだわけでもない。



「まさかッ……」


ㅤ『固有結界』──本で読んだ事がある。


ㅤ発動条件は人によって異なるのだが、魔族や魔物も扱える事をミャーリオは知っていた。



ㅤ目先にある、十字路を左に曲がれば、町の境界が見えるはずだ。


ㅤそれなのに──



「やられたッ……」

ㅤ曲がり角の先は、透明の見えない壁に阻まれ、道の先は見えていても、進む事が出来ない。


ㅤ魔族が展開した結界魔法によって、町に取り残されていたミャーリオ達は、閉じ込められてしまったのだった。




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