第35話ㅤ命の無駄遣い

《※ナナ視点》


ㅤ人がまばらに行き交う、デリカリアの薄暗い街路を、ナナが一人で駆け抜けている。


ㅤドリスたちの事は、門番の男に任せてきた。



──お願いッ……誰かッ……!!



ㅤ今にも泣きそうな顔をして、わらにもすがる思いで飛び込んだのは、冒険者のギルドだった。


ㅤ門番の男には、魔族と戦う事は出来ないと断られたからである。


ㅤ勢い良く扉を開いた音で、受付嬢が驚いた顔をしていた。中を見回してみたが、彼女の姿しか見えない。


ㅤ肩を上下させ、呼吸を整える間もなく、カウンターにいた受付嬢の肩にすがり付く。


ㅤ途切れ途切れに、何があったのかを説明した。


ㅤ冒険者登録をしていないナナの言葉を、どこまで信じてもらえるかは分からないが、今までにない緊迫した状況と、安否の分からないオリビアたち。


ㅤ最後に見たセドリックの背中に、嫌な予感を感じていた。助けが呼べるとしたら、戦闘に慣れた者がいる、ここしかない。



「助けてッ……!!ㅤ皆がッ……!!」


「落ち着いて下さいッ……!」


ㅤ取り乱すナナを、受付嬢がなだめていると──



「──何の騒ぎだ?」


ㅤ低い男の声が聞こえて、ナナは顔を上げた。


ㅤカウンターの奥の扉から、王都騎士団の銀鎧シルバーメイルを身に付けた男が二人、こちらに向かって歩いてくる。


ㅤ更にその後ろに、ベルラーク王国の紋章である、ドラゴンの金刺繍が入った濃紫のローブを着ている──短い黒髪の王都魔導師の女が立っていた。



▼▼▼


《※セドリック視点》


ㅤ青い閃光が、背後で瞬く。


──どうか、無事に彼女がデリカリアへ辿り着けますように!


ㅤ後方に守る者がいなくなったセドリックは、少しだけ安堵あんどしている。


ㅤ民間人を守りながら、魔族と戦う自信がなかったからだ。



「……あーあ。全員殺せって、言われてたのに」


「──騎士たる者、国民を守るのが仕事なので」


「そんなに君が強そうには見えないけど?」



ㅤ彼が振り下ろしてきた戦斧せんぷを、何とか受け止めていたセドリックの長剣は、力が拮抗きっこうしている事で、小刻みに震えていた。


ㅤ魔族と遭遇するのは、騎士になってから二度目。前回は、戦った団員のほとんどが戦死する結果となってしまった。


ㅤ騎士団長からの教えで、魔物や魔族を決してあなどってはいないが、幼い少年の力の強さに驚きを隠せない。


──ここで食い止めなければ、民を守るために騎士を志した意味がないッ……!!



ㅤ遠くの方で、何かが爆発する音がする。


ㅤきっと彼女オリビアも、この町のどこかで戦っているんだろう。


──負けるわけにはいかないんだッ……!


ㅤ自分を奮い立たせたセドリックは、上手く斧を受け流し、長剣を振り上げて攻撃を与えるが──軽やかな足運びで、少年が回避していく。


ㅤ避けてから攻撃するまで、少年の切り替えも速く、息付く暇もない。


ㅤ独特のリズムで、気ままに戦斧を振り回す彼の戦闘スタイルは、オリビアよりも戦闘経験があるセドリックでも読みづらかった。


ㅤ次に相手がどう動くのか。ペースを乱され、攻撃を防ぐだけで精一杯になっていた。


ㅤそんな、戦いの最中さなか──


ㅤ突然、周囲の景色が暗転したように変わる。アモンの固有結界が発動し、町や空の色が失われたのだった。


「……ッ!」


──色がッ……。


ㅤセドリックが驚くのとほぼ同時に、少年も攻撃を仕掛ける事を辞めて、周りの景色に目を向けた。


「……珍しいな。アモン様が結界を張るなんて」


「結界ッ……」


ㅤ魔族の固有結界。その厄介さは、セドリックが一番理解している。


ㅤ前回の魔族との戦いで、騎士団が壊滅かいめつ状態になった、原因の一つだからだ。



「……『守るのが騎士の仕事』だなんて、さっきまで格好付けてたけど、防御で精一杯じゃん。死ぬのを待つだけなんて……可哀想な人」


ㅤ無表情で少年が言う。


ㅤ固有結界を張られた事で、この町で戦う全員の退路が失われたのだ。術を発動した魔族を倒さない限り、生きては帰れない。


ㅤ呼吸が乱れ、肩を揺らすセドリックとは対照的に、息も切れていない少年との差は歴然。


ㅤ特に強いわけでもない。魔族よりも持久力のない人間が勝てるわけないと、彼は淡々たんたんと言葉を続けた。


ㅤしかし、セドリックは──



「──好きな人の前くらいは、格好つけさせて下さいよ」


ㅤナナの顔を思い出しながら、剣を構え直す。


ㅤ周囲の建物が燃えている熱気で暑く、鎧で武装しているセドリックのひたいからは汗が流れている。


「何それ。……無駄死にじゃん」


ㅤ少年は無表情のまま、両手で戦斧を構えてセドリックに向かって駆け出していく。


ㅤ飛び上がりながら回転して、勢い良く両刃斧を斜めに振り下ろした。


「くッ……!」


ㅤセドリックは咄嗟とっさに、後方へ回避。


ㅤ間一髪、避けた斧は地面に叩き付けられ、激しい衝突音と共に、足元が大きくひび割れ、土埃つちぼこりが舞い上がる。


ㅤ力任せに地面から引き抜かれた戦斧を、今度は振り上げながら迫り来る、魔族の猛攻。


ㅤ勝機を見出すために、思考を巡らせる時間もない。


ㅤ斧が振り下ろされる度に。長剣で防御し、武器がぶつかり合う度に。


ㅤセドリックの頭の中で、死の恐怖が増幅ぞうふくしていく。


ㅤギリギリと拮抗する武器の隙間から、彼の紫色の瞳と目が合った。



「そろそろ、終わらせようかな。早く合流しないと、アモン様に叱られるし……」


ㅤそう呟いた少年の武器が、目の前で禍々まがまがしい紅色に発光していく。



「魔装解放──紅獣爪ロートクラレ


ㅤ戦斧で押し切るように長剣を弾いた少年は、続けざまに高速で斧を三回転振り回し、連撃を放つ。


ㅤそれは赤い三本爪のような形状で飛翔し、彼の攻撃を真正面から受けたセドリックの鎧が衝撃で割れ、鮮血が吹き出した。


「かッは……!!」

ㅤ魔物の鋭い獣爪を受けたような、三本の大きな切創。


ㅤただの剣であれば、ビクともしない王都騎士団の特注の鎧が、砕かれるほどの攻撃。


ㅤ口から血を流し、膝から力無く崩れ落ちたセドリックを、少年は冷たい瞳で見下ろしていた。



「……だから言ったじゃん。君のやっている事は無駄なんだって」



▼▼▼



《※ナナ視点》


ㅤギルドで遭遇した騎士団の男たちは、セドリックと同じ隊に属していて、彼を知っていた。


ㅤ三人は魔物を討伐しながらギルドのある町から町へ、定期的に巡回を行っている途中だったらしい。


ㅤナナの説明を聞いて、事の重大さが伝わったのか、風格のある一人の騎士が、魔導師に声を掛けた。



「──この者が、嘘を言っているようには思えません。セドリックだけでは、民間人を守り切れないでしょう。……魔族がいるならば、貴方にもお力を貸して頂きたい」


「……分かりました。騎士団長がそう言うなら、私も同行します」


ㅤ背の小さな魔導師は控えめにうなづき、騎士団長がもう一人の若い騎士に指示をする。


「すぐに転移の準備を──」


「私も行かせてくださいッ!」


ㅤナナの大きな声に、団長が呆れたように溜息をつく。


ㅤ魔族がいる町に民間人を連れていくなんて、あまりに危険すぎる、愚行ぐこうでしかない。


ㅤ魔族との戦闘経験があったからこそ、騎士団長はナナに対して厳しい言葉で断った。


ㅤしかし──


「……良いじゃありませんか。彼女も連れていきましょう」


ㅤ二人の間に、魔導師が口を挟む。

ㅤ全く理解出来ない。と、拒否する団長に臆する表情も見せずに、女は淡々と言葉を続けた。


ㅤナナの情報が虚偽報告ならば、それは騎士団や国を撹乱かくらんした重罪になる。


ㅤヘレネスの状況が分かるまで、彼女を同行させるべきだ。という、魔導師の進言に、団長は拒絶の言葉を返せなくなった。


ㅤ彼は少し考えた後、ナナの方へ向き直って、決断を下す。


「……情報の真偽が分かるまで、君の同行を許そう。ただし、虚偽だった場合は、直ちに君を王都へ連行する」ㅤ



▼▼▼



ㅤ騎士団長が持つ転移石で、ナナと魔導師の女、そして騎士団の男たちは、ヘレネスの町の境界へ降り立った。


ㅤ煙を上げながら燃えている、赤い町並み。境界で立ち尽くし、ざわめいている人だかり。


ㅤナナの言葉は本当だったと、瞬時に団長は行動へ移した。


ㅤ団長から指示を受け、もう一人の騎士が避難誘導をしていく。


騎士団かれらが持っている青い転移石は、一度に五人までしか転移出来ないようで、民間人を順番に、デリカリアへ避難させる事になった。


ㅤ周囲を見渡したナナは、見知った顔の者たちを探したが、見つからない。


──みんなッ……ここには居ない。まだ、あの町の中にッ……!


ㅤ黙って町を見つめている魔導師の横を、いても立ってもいられなくなったナナが走り抜ける。


ㅤ「待ちなさい!」という団長の制止を振り切り、燃える町の中に彼女が飛び込んでも、魔導師の女は立って見ているだけだったが──


ㅤ後を追いかけようとする騎士団長を、魔導師が止めた。



「あの町には、固有結界が張られています。魔族が死ぬまで私達は中には入れませんし、外からどうする事も出来ません」

「結界がッ……!?ㅤしかし、それならば彼女はどうして町の中に……」


ㅤ二人が見つめた先に、ナナの姿はもうない。


ㅤ戸惑いを残しながら、燃える街の景色をただ見つめる事しか出来なかった。

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戦士オリビアの憂鬱 ~最弱パーティーで何が悪い!ㅤ魔王を倒して世界を救う〈英雄〉になってみせます!~ 夜月 透 @yazuki77toru2

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