第14話ㅤ少女の幻影
「どうぞ、食べてください」
ㅤ酒場の席に座る男の元に、オリビアはサンドイッチが乗った皿を持ってきた。割られたパンの背中には、クベル村で貰った肉が薄くスライスされて
ㅤオリビアが無理を承知で店主にお願いして、閉店時間が迫る中、作ってもらった物だった。
「ありがとうございますッ……」
ㅤ男は申し訳なさそうに頭を下げると、サンドイッチを手に取り、口に運んだ。硬めのパンにも関わらず、お腹が空いていた様で、彼は一心不乱に食べ進めている。
ㅤオリビアは近くのテーブル席に座り、男の事を
──そもそも、彼は何者なのか?
──冒険者?ㅤそれともお医者さん?
ㅤ聞きたい事はたくさんあったが、とりあえず彼の食事が終わるのを待つ事にした。パンを
ㅤ
▼▼▼
ㅤ出された軽食を食べ終わった男は、改めて頭を下げてお礼を言う。お腹を満たしたからなのか、彼の虚ろだった瞳が少しだけ光を取り戻していた。
「……ありがとうございました。お腹が空いていたので、助かりました……」
「いえいえ!ㅤ村で助けて頂いたお礼ですので、気にしないで下さい!」
「そろそろ店を閉めたいんだが……、そこの兄さんは食べ終わったのか?」ㅤ
ㅤ二人はお互いに頭を下げ合っていたが、そこに酒場の男性店主が現れた。
「はい、……ありがとうございました」
「すみません、すぐ出ます!ㅤもうお店の閉店時間なのに、ありがとうございました!」
ㅤオリビア達は店主にお礼を言うと、慌ただしく支度を済ませて店を出た。
▼▼▼
ㅤ外に出ると、街路を月明かりが照らしている。夜空には雲が一切なく、人の顔色が見えるくらい明るかった。
ㅤ
ㅤ隣を歩く男の栗色の髪が、涼しい夜風でなびいている。街路には彼ら以外、誰もいない。オリビアは意を決して、男に話しかけた。
「あの!ㅤ挨拶をしそびれてしまったんですけど、私……冒険者のオリビアといいます。腰に
ㅤ彼が身に付けている剣に目をやりながら尋ねると、彼は「ああ……」と
「自分は……冒険者ではないんです。この剣は、大切な友人から貰った物で……。あ、自分の名前は……ア、……アキといいます」
ㅤ『アキ』と名乗った男は、俯きがちにそう言った。その後もオリビアは、宛もなく歩きながら質問を重ねていく。お互いの身の上話を話して、少しずつアキを知る事が出来た気がした。
ㅤオリビアと同い年という事。ベルラーク王国の北地方に故郷があり、まだ旅に出たばかりだという事。一文無しで
ㅤそうして、クベル村やこの街に辿り着いた事などを話してくれたが、「旅に出たのはどうして?」という質問にだけ、彼は答える事を渋っていた。
ㅤ「その時の事は、思い出したくないんです……」という含みがある、アキの言葉。何か深い事情があると察したオリビアは、それ以上彼を
▼▼▼
〈※ライゼル視点〉
ㅤ足早に、苛立ちに任せて足を進める。宛もなくズンズンと進んでいると、「ちょっと!」と後ろからエミリーに呼び止められた。
ㅤ振り返ると、サムも着いてきていて、エミリーは肩を上下させながら、呼吸を整えている。
「ライゼル、歩くの速すぎよ……!」
「お前が意味わからねー事、言うからだろッ!ㅤあの女に助けられるのは、二度と
ㅤ気に入らない女に助けられるなんて、最強を目指すライゼルにとっては、かなり
ㅤライゼルはエミリーにそっぽを向いた。気付けば彼らは、煉瓦造りの橋に辿り着いていた。対岸まではそこまで距離のない小さな橋であったが、水深の浅い川の水面には月明かりが反射している。
ㅤその反射した月光に反応して集まったのか、球状の白い光がいくつも宙を飛んでいた。
ㅤ夜光虫自体は、この国では珍しい生き物ではない。しかし、ライゼルは橋の対岸を
「……」
ㅤ夜光虫の舞う橋の向こう側に、薄茶色の長髪の少女が真顔で立っていた。白いノースリーブのワンピースが、月明かりを受けて光っている様に見える。
──何でッ……、アイツが此処に……。
「ライゼル……?」
ㅤ彼の異変に気付いたエミリーも、対岸にいた少女に気が付いた。肌が白く、細身の彼女は見覚えのある顔だ。エミリーも驚きで目を見開いて、その場に立ち尽くしている。
「ニーナ……?ㅤどうしてッ……だって、あの子はッ……」
「どうしたんだ、二人とも!」
ㅤ
ㅤ二人が取り乱している事に、サムだけがついていけてない。それは当然の事だった。
ㅤ彼には、少女が見えていないのだから。
ㅤライゼルは少女に目を奪われ、サムの呼びかけは一切届いていない。絞り出すような小さな声で、少女の名前を呟いた。
ㅤ「ニーナッ……何で……」
──お前は、もうッ……死んだはずだろ……?
▼▼▼
〈※オリビア視点〉
「急に村から居なくなったから、ユミトが寂しがってましたよ。また後で顔を出してあげてください」
「ああ……あの子ですか……。すみません、何も考えずに……」
ㅤ二人は街路に座り込んで、会話をしていた。オリビアから話し掛け、アキがそれに応えていく。そんな二人の次の話題は、アキの
ㅤ何でも彼は、子供の頃から独学で出来るようになっていったらしい。
「独学で!?ㅤすごいですね……!」
「いえ……。本を読んでいただけなので、……そんなにすごい事は出来ませんよ」
「いや、それでもすごいですよ。私はアキさんに一度救われてますから!」
ㅤアキは俯きがちに答えているが、オリビアにとっては恩人だ。彼の治癒魔法がなかったら、今も怪我の痛みで動けなかったに違いない。
──彼の治癒魔法があったら、旅をするのにものすごく心強い。何か事情を抱えているようだが、宛もなく彷徨うくらいなら、一緒に冒険者として旅をしてくれないかな……。
「……アキさん。もしも今後の行先がないのであれば、私と一緒に旅してくれませんか……?」
ㅤオリビアは少し緊張しながら、彼に告げた。しかし、アキは申し訳なさそうに首を横に振る。
「オリビアさんには助けて頂いてますし、せっかく誘って頂いて恐縮ですが……。自分は弱いですし、旅について行く器ではありません……」
ㅤ複雑そうな表情をして、アキはオリビアの誘いを断った。
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