第13話ㅤ仲間になる理由

〈※ライゼル視点〉



──俺は『最強』にしか興味がない。


▼▼▼



ㅤ試験を受ける前までは、俺は故郷フレイシアで暮らしていた。『フレイシア』とはベルラーク王国の北東に位置する、小さな街だ。


子供ガキの頃から、俺は強いものが好きだった。特に伝説として語り継がれている、『剣聖』の冒険譚をよく聞いていたんだ。


ㅤ彼女の功績を聞く度に、心がおどったのをよく覚えてる。多くの魔物をほうむり去った『アテナ』は、俺の憧れだった。


ㅤ彼女の様に強くなりたい。誰にも負けない『最強の剣聖』になりたい。と、志したが……実際の彼女あのひとは、もう戦線から離脱してしまっている。


ㅤ戦士とは──戦いの最前線に身を投じる、『強さ』の象徴だと思ってる。だから魔王討伐も果たさずに一線から退しりぞいた彼女に、心底俺は失望したんだ。



鍛錬たんれんを重ねた俺は、フレイシアで一番強い戦士になった。


ㅤそもそも、冒険者になりたいという度胸どきょうのある奴が少なかったせいもあるが、周りの連中からは羨望せんぼうの眼差しを向けられ、期待をされていたんだ。


ㅤ『アイツなら大きな戦果を挙げるはずだ』と、そう称えられ、自信がついていた矢先。あの女に出会った。……まさか剣聖が弟子を取っていたなんて、思ってもいなかった。


ㅤあの女と、正面から対峙たいじした時の衝撃。俺を睨みつけた時の、体から溢れ出した覇気。強者の風格を、全身で感じた。


ㅤ全てが気に入らない。戦いから剣聖も。そんな彼女に見初みそめられた……弟子である、あの女の事もだ。


ㅤ『最強』の称号は、誰にも譲らない。圧倒的な強さを求めて、進んでいく。その歩みを邪魔する奴は、誰であろうが許さない。


▼▼▼



〈※オリビア視点〉



ㅤ森で魔物を倒した後、オリビアとライゼル一行いっこうは、近くの街に辿り着いた。助けてくれたお礼にと、エミリーの計らいでオリビアも同行させてもらえたのは有難かった。


ㅤ夜を迎えた街路に人は少なく、点々と街灯が灯っているだけだ。煉瓦造りの建物ばかりなのはデリカリアと変わりないのに、寂れた街の雰囲気を感じていた。


▼▼▼



ㅤ『ご飯も一緒に食べよう!』というエミリーの押しに負け、流されるように酒場に向かう。


ㅤ『あの女と一緒に飯なんて嫌だ』と嫌がるライゼルに全く動じる様子もなく、彼女は『なら、貴方は別のテーブルで食べたらいいじゃない!』と強気な態度だ。


ㅤ酒場の中には客が数人いるだけで空席が目立ち、閑散かんさんとしていた。壁掛けのオレンジ色のランプが、寂しそうに店内を照らしている。オリビア達は自由に席を選び、届いた食事を食べ始めた。



「え、オリビアってパーティー組んでないの!?ㅤ……ソロって大変じゃない?」


「……え。パーティー?」


ㅤ同じテーブルに座るエミリーに、そう尋ねられたオリビアは、不思議そうに首をかしげた。


ㅤ試験に受かった後の話をしていただけなのに、エミリーは自身の緑眼を大きく見開いて、かなり驚いた表情をしている。



「──っは!ㅤパーティーも知らねーのかよッ」


ㅤ離れた席で食事を取っていたライゼルが、こちらを見ながら悪態をつく。すかさず、エミリーが注意したが、開き直ったような態度で彼は食事を続けている。


ㅤ『パーティー』とは、冒険を共にする仲間の事。『ソロ』とは、冒険を一人でする事なんだと、エミリーが優しく教えてくれた。


ㅤ誰かと一緒に冒険をするなんて、オリビア自身考えたこともなかったが、ドスプンジャリオに悪戦苦闘した時の事を思い出す。


──確かに私に仲間がいたら、村への被害が少ない状態で、もっと早く倒せたはずだ。誰かとパーティーを組むのも、良いかもしれない……。


ㅤ今日戦っていた彼らの連携は、仲間と呼ぶに相応ふさわしいものだった。あれが、パーティー。私にも出来るだろうか……。


ㅤオリビアはライゼルに聞こえないように、彼女に小声で尋ねた。


「ねぇ、エミリー。……パーティーってどうやって組んだらいいの?」

「オリビア、面白い事言うのね!ㅤ普通に『私と一緒に行ってくれませんか?』でいいのよ!」


ㅤ肩先までかかっている、フワッとした癖のある髪が揺れる。ケラケラと笑うエミリーを、遠目からライゼルともう一人の仲間が、怪訝けげんそうな顔で見ていた。


──そっか。そうやって普通に誘うのか……。


ㅤ楽しそうにオリビアの肩を叩いて笑うエミリーに、続けざまに気になった事を尋ねた。彼女達がどうに仲間になったのか、知りたくなったからだ。


「私とライゼルは──幼馴染なの。あの人は我関せずって感じだけどね。ライゼルが旅立った後、親の反対を押し切って冒険者になって、組んだって感じかな!」


ㅤそうに語る彼女の頬は、少し赤らめているように見えたが、オリビアには知る由もない。


──なるほど。彼女がライゼルの行動に慣れた様子があったのは、幼馴染だったからなんだ。


「そういえば、サムは何でライゼルと組んだの?」


ㅤ唐突にエミリーがもう一人の仲間である、サムに尋ねる。彼は鉄の鎧を付けた黒髪の若い男性で、淡々と『強い人についていきたいと思ったから』と安直に答えた。


ㅤ色んな理由で冒険者がパーティーを組む事を知ったオリビアは、ぼんやりと自分の新しい仲間を想像して、期待に胸を膨らませていた。



▼▼▼



「どうして嫌なのッ!?」


「アイツが気に入らねーからだよッ!」


ㅤ食事を終え、一行は外に出たが……エミリーとライゼルは街路で口論を始めた。オリビアを仲間にしたいという彼女の発言に、ライゼルが反対したからだ。


「今日だって、オリビアが魔物の弱点を知っていたから、何とか倒せたんだよ?ㅤそれなのに──」


「──アイツと組むつもりはねぇッ!」


ㅤライゼルは苛立った様子でオリビアを見ると、舌打ちをしてその場から立ち去って行った。呆れた様子で、サムが彼の後ろをついていく。


──私だって、アイツと同じパーティーとか願い下げだわ!ㅤ師匠を馬鹿にしたこと、まだ許せてないんだから……。


ㅤ静かにライゼルに苛立つオリビアに、エミリーは頭を下げて謝罪した。


ㅤそして「また会おうね」とローブをはためかせ、慌てて彼らを追い掛けて行く。


ㅤ彼女達の背中を見送り、落ち着きを取り戻したオリビアは途方に暮れた。人通りのない街路、知らない街に取り残されて、一人ぼっち。


──宿でも探すか……。


ㅤ歩き出そうとした時、建物の陰で座り込んでいる男が視界に入った。膝を抱えて座っている男の腰には、剣が差してある。


「あの、大丈夫ですか……?」


「……」


ㅤオリビアがそっと話し掛けると、男はゆっくり顔を上げた。月明かりに照らされた彼の顔は、見覚えがある。少女との約束が、一気に蘇った。


「貴方はッ……クベル村の……」


ㅤ男は村から姿を消した、緑光の旅人だった。

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