第19話ㅤ生きて。

ㅤ突然現れた乱入者によって、戦場に新たな風が巻き起こる。ライゼルは手首から血を流しながら、悪鬼の形相ぎょうそう蜘蛛女アラクネに剣を振るった。


ㅤ真上からの攻撃を大鎌によって弾かれ、ライゼルは瞬時に回転して受身を取っていく。


ㅤ着地した衝撃で苦痛の表情を浮かべていたが、 それでも彼の怒りは収まらない。


「貴方は確か、少女に魅入みいられていた子ね……?ㅤ『ニーナ』だったかしら?ㅤ……可哀想な子ね。貴方もまだ魅足りなかった?」


「うるせぇッ!!ㅤウザってぇ、性悪女がッ!!ㅤお前がその名前を、口にしてんじゃねぇぇッ!!」


激昂げきこうするライゼルが走り出し、力任せに斬りかかる。しかし、蜘蛛女が白鎌を高速で回転させ、斬撃を防御していく。


ㅤ一触即発の状況の中。オリビアも蜘蛛女の背後から双剣を振るうが、硬度の高い外骨格で剣は弾かれ、攻撃がはばまれた。


──この魔物、強いッ……!!


ㅤ二人がかりで戦っても、戦況は平行線だった。激しく火花が飛散して、体力や集中力が次第に消耗しょうもうしていく。


「……ッ!」


ㅤ自分から流れ出た血液で足が滑り、ライゼルが戦いの最中さなかにバランスを崩した。それを見て、嬉しそうな笑みを浮かべた蜘蛛女の鎌の刃先が、彼の眼前に迫る。


──キィィィンッ!!


「……ッ!?」


ㅤライゼルを狙う刃を、急いで間に入ったオリビアが決死の思いで食い止めた。


ㅤ斜め上から振り下ろされた鎌を交差した剣で受け止め、ギリギリと音を立てながら踏みとどまっている。


「お前の助けなんか要らねぇッ!!ㅤ勝手な事してんじゃねーよッ!!」


「そん、な事ッ……言ってる、場合じゃッ!!」


ㅤ助けてくれたオリビアに感謝する事もなく、ライゼルは嫌悪感を示す。オリビア自身、善意で行った行動であったが、彼にとっては火に油を注ぐだけだった。

ㅤライゼルは剣を振りかぶり、地面に思い切り叩きつけた。フィリタナトスを倒した時に、地面を崩壊させた技と同じ攻撃だ。


ㅤオリビアがいるにも関わらず、蜘蛛女に攻撃をしかける彼には、協調性というものがまるで感じられない。


ㅤ床が叩き割れ、彼が放った衝撃波にオリビアも巻き込まれていく。


「……あ゙ぁッ!!」


ㅤライゼルの斬撃の爆風で、オリビアは祭壇のある壁に思い切り叩きつけられた。ズルッ……と力無く座り込んだ目の前では、今も尚、二人の攻防が繰り広げられている。


──頭がッ……体が、痛いッ……。


ㅤ剣を握ったまま、熱くなったひたいに触れると血が流れ出していた。激しく打ち付けた痛みで、意識が朦朧もうろうとしてくる。


ㅤライゼルは周りの事が見えていない。自分勝手に戦っているだけだ。


──あの戦い方は危険すぎる。近くには、まだ人質だっているのに……。


ㅤ斜め上を見上げると、アキが壁にはりつけにされ、頭を項垂うなだれたまま捕らえられている。更に上部に張り巡らされた蜘蛛の巣には、エミリーとサムが未だに拘束されたままだ。

ㅤ怒りにとらわれ、周りをかえりみないライゼルが戦場を駆けながら戦っていると、蜘蛛女が彼に手をかざし、飛来針を放ち始めた。


ㅤ飛んでくる針におくする事なく、回避しながらライゼルは戦っている。しかし、彼を串刺しにしようと攻撃を放ち続ける蜘蛛女の手が、オリビアとアキがいる方向にも向けられた。


──駄目ッ!!ㅤアキさんが危ないッ……!!


ㅤ反射的にオリビアの体が動いた。考えるよりも早く、本能でアキの目の前に飛び出したオリビアの行動には、迷いは一切ない。


ㅤ飛来する針をオリビアが素早く剣を振るい、弾き飛ばしたが、払い切れなかった鋭い針が、オリビアの肩や足に深く突き刺さる。


「……ぐッ!!」


ㅤ燃えるような熱さが、刺された場所から広がっていく。


ㅤ針には、蜘蛛の毒が仕込まれていた。仮にその事実を知っていたとしても、きっとオリビアは変わらず持ち前の正義感で、捨て身でアキをかばっていただろう。


ㅤあまりの痛みに、オリビアは顔をしかめ、その場に膝から崩れてしまった。



▼▼▼



《※アキ視点》



ㅤ意識が混濁こんだくしている中、夢を見た。視界に広がる、火の海。自宅の一室は激しい炎に包まれている。


ㅤ目の前には金髪の若い男が血まみれで、こちらに向けて膝をついていた。


ㅤ男は白いシャツに黒いベスト、黒いパンツを履いていて身なりの良い服装をしている。


「……ッない……よ……」


ㅤ何を言っているのか、よく聞き取れない。しかし、サラサラと輝く長髪の隙間から、男の口元が微笑んでいるのが見えた。


「……か、……生きてッ……!!」


ㅤそう言って勢い良く、男に両肩を押された。目の前が青い閃光に包まれて、暗闇の中を後ろ向きに落ちていく。


ㅤそれが自分を魔族から逃がしてくれた。大切な友人である『リアム』との、最後の別れであった。



▼▼▼



ㅤ激しい衝撃音が響き、夢から現実に引き戻されていく。目を開くと、目の前には黒い脚の生えた魔物と戦う、一人の男がいた。


──ここは、どこだろう……。確か、夜の街でリアムを見かけて……。そこからは感情がぐちゃぐちゃになって、記憶がはっきりしていない。


ㅤしかし、胸に残る悲しみの感情や、この世から消えてしまいたい。という負の感情は、何故か未だに渦巻うずまいて残っていた。


──リアム。ボロボロになりながらも、火の海から自分を逃がしてくれた大切な友人。


ㅤ彼を思い出すと、溢れた暗い感情に飲み込まれそうになる。


──もう、辛い。……嫌だ。何で自分だけが助かったんだ……。家族もいない。リアムもいない。こんな世界で、自分だけが生き残って……何になるというんだ。


ㅤ目の前で誰かが戦っている事さえ、どうでもいい。自分がどうしてここに居るのか、それさえもどうでも良かった。


──楽になりたい。この辛さや苦しさを、もう思い出したくない。……忘れてしまいたい。


──『消えてしまいたい』


ㅤそう思っていると、異形の魔物から何かが放たれて、自分に迫って来るのが見えた。細いナイフの様な、鋭く光る何かがたくさん飛んでくる。


──これで、終わらせられるッ……。


ㅤそうやって、身に迫る『死』を受け入れた……はずだったのに。


ㅤ目の前に、が立ちはだかった。


ㅤ街で会話した、冒険者になったばかりの戦士……オリビア。彼女が目にも止まらぬ速さで双剣を振り回し、飛来する何かを弾き飛ばしている。


──どうしてッ……。


ㅤ彼女の凛々りりしい背中は傷だらけで、体中ボロボロだった。至る所から血を流し、攻撃に耐え兼ねたのか膝から崩れ、目の前でしゃがみ込んでしまった。


──どうして、貴方までッ……。


ㅤ自分のせいで誰かが傷付くのは、もう嫌だった。……そんなの、もう耐えられなかった。どうして自分は、誰かに守られてばかりなんだろう……。


「どうしてですかッ……」


ㅤ思った事が口から溢れ出す。傷だらけの彼女の背中に問い掛けた。


「どうして、助けるんですかッ……」


──楽になれたのに。という言葉を飲み込む。


ㅤすると彼女は振り返り、口から血を流しながら笑って言った。


「貴方にッ……生きて欲しいから」


ㅤその言葉に自分はまた、感情がき乱されていく。『生きて。』というリアムの言葉と、彼女の姿が重なって、胸が苦しくて、……辛くて。……前が、見られないッ……。



「もう……どうでも良いんです。自分のせいで、誰かが犠牲になるのは、もう嫌なんですッ……。だから、……もう、放っておいて下さい……」


「いん……ですよッ……」


「何を言って──」


「一人で、我慢しなくてッ……良いんですよ」


ㅤ自分の中でふくらんでいた何かが壊れた音がした。気付けば、涙で目の前がかすんで見えない。



「貴方はッ……私を、助けてくれた。だから私も、絶対に……貴方を助けたい」


ㅤ芯の通った、彼女の声が染み渡る。


──ああ……。自分はずっとッ……こうやって誰かに許して欲しかったんだ。


──こんな自分でも、生きていても良いんだと。誰かにずっと……認めて欲しかったんだ。







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