第7話ㅤプンジャオの咆哮

ㅤクベル村にオリビアが辿り着いたのは、夜を迎えばかりの頃だった。家屋はわらや木造で出来ているものが多く、周囲は深い森で囲まれている。


ㅤ村の入口には松明たいまつが灯してあり、若い男がやりを持って立っていた。


「この村に……何か用?」


ㅤオリビアに気付いた男は、少し警戒している様子でそう尋ねた。無理もない。この村は魔物に襲われたんだから。


ㅤオリビアは懐に折り畳んでいたクエスト受託証を取り出し、男に開いて見せる。


「私は戦士、オリビアといいます。この村に現れる魔物を倒しに来ました!」



▼▼▼



ㅤそこからは、トントン拍子に話が進んだ。村の男の知らせを聞いた長老や他の村民たちが、オリビアの周囲を囲うように集まった。


「この姉ちゃんが手紙に書いてあった人か!」


「本当に来てくださったのね!!」


「何処から来たの!?ㅤお姉ちゃん、強い冒険者なの!?」


ㅤ大人も子供も関係なく、オリビアへ質問攻めが繰り返される。村人の熱量の高さに、オリビアはすごく驚いた。


「これこれ、よさないか。アテナさんのお弟子さんですね。お待ちしておりました」


ㅤ白髪の長い髪を頭頂部で結っている、小さなおばあさんが丁寧にこちらにお辞儀をした。彼女がこの村の長老であり、手紙に書かれていた師匠の知り合いのようだ。

「お疲れでしょう。私の家で休んでくださいな。そこで今回依頼した経緯を、お話しいたします」



▼▼▼



ㅤ長老の家に案内されたオリビアは、板の間に座って剣を下ろした。


ㅤ部屋の中心にある、小さな囲炉裏の炉火ろびが室内を照らしている。揺れる炎の揺らめきを見ていると、不思議とオリビアは心が落ち着いてきた。


ㅤ長老はオリビアの正面に座ると、優しい声で話し掛けた。


「アテナさんのお弟子さんとお会い出来る日が来るなんて……。この度は引き受けて下さり、本当にありがとうございます」


「いえいえ、とんでもないです!ㅤ長老さんは、師匠とどういうご関係なんですか?」


「昔、彼女がまだ冒険者として旅をしている時に、この村で休んでいかれた事があって。その時から何かと、私どもを気にかけて下さっているのです」


ㅤ長老は懐かしむような表情でそう言った。


「その当時、冒険者は今よりも多く、国も活気がありました。ですが、最近は冒険者の数も減ってしまい、魔物の討伐をしてくれる人もなかなか見つからず、困っておりました」


──確かにギルドでも、冒険者の数が年々減っている。と聞いたことがある。冒険者が戦いの末、亡くなったり、怪我で引退したり、行方不明になる話はよくある事らしいけど。


「プンジャオによる農作物被害の依頼のようですが、数はどれくらいになるんですか?」


ㅤオリビアが尋ねると、長老はおずおずと話を続けた。


「最初はニ、三頭でした……。この村の若い男達が協力して、一頭倒してくれたのですが……。仲間の報復の為なのか、三日に一度。八頭くらいまとまって来るようになってしまって……」


──なるほど、そういう事か。


ㅤオリビアは納得した。


ㅤアテナと一緒に暮らしている時に、真剣を使った実践経験はあまり無かったが、魔物たちに関する情報や戦い方は、幼い頃から教え込まれていた。


ㅤプンジャオは──


「仲間を呼び寄せる前に、その場にいる全頭を討伐が基本。ですもんね……」


「はい……。三日前にも被害に合ったので、おそらくまた今夜来ます……。私どもが倒してしまったせいでご迷惑をおかけしますが、どうかよろしくお願いいたします……」


ㅤそう言って長老は、オリビアにまた深々と頭を下げた。


ㅤよく見てみると長老は、腕が細く痩せていた。外で会った村人達も今思い返せば、皆痩せていて服も顔も土で汚れていた。


ㅤ今起きている事が、村を困窮こんきゅうさせている事は、見て明らかな事だ。


「分かりました。……皆さんの期待に応えられるよう、精一杯頑張ります!」



▼▼▼



ㅤ月が真上にのぼり、夜が深まった頃。


ㅤクベル村、北東の森林から何かが近付く地響きが聞こえてきた。焦げ茶色の大きな猪の群れが、木々の合間から村の方へ飛び出してくる。


ㅤ家屋の影からオリビアは顔を少しだけ出すと、月明かりに照らされた魔物の数を確認した。


──全部で八頭。長老が言っていた通りだ。


ㅤプンジャオの全長は150センチメートル。高さは100センチメートルほど。子供の背丈くらいではあるが、体重200キログラムのその体で誰彼構わず突進してくる。住民からしたら、大変危険な魔物である。


ㅤプンジャオはまだオリビアに気付いていない。特有の鳴き声を出して、仲間うちで意思の疎通をはかっていた。


ㅤオリビアは静かに鞘から二本剣を抜くと、魔物かれらに気付かれないように息を整えた。


「ふー……」


ㅤ静まり返った、夜の空気の中。

ㅤ心臓がバクバク脈打つ音が、頭の中まで響いてくる。


ㅤ剣を構えたオリビアは低姿勢のまま、群れに向かって一気に駆け出していく。


ㅤ群れの先頭にいたプンジャオが、突然現れたオリビアの存在に気付いて、一瞬たじろいだ。


ㅤその一瞬の隙を見逃さず、オリビアは剣を振り払う。鳴き声を上げる間もなく、一頭のプンジャオがその場に倒れた。辺りに一体に、血の匂いが漂い始める。


ㅤ他のプンジャオ達は、状況が理解出来ずに混乱して、その場で右往左往と足踏みする事しか出来ない。


ㅤオリビアはその場を縦横無尽に駆け回り、次の一頭、また次の一頭、と次々に群れに刃を向けた。

ㅤプンジャオの横から周り込み、半回転しながら刃を突き刺して、力いっぱい剣を振り抜いていく。


ㅤそしてまた次の一頭を倒すと、更に目の前に現れたプンジャオは怒りで興奮してオリビアに対して身構えた姿勢を取っている。


ㅤ今にも突進してきそうな巨体を、今度はその頭上へ高く飛びながら旋回。背中に鋭い斬撃を食らわせた。また次の一頭が倒れ、


───あと三頭!ㅤそう思った瞬間。



──プギャアアアアオオオオオーーッ!!


ㅤ残りの三頭のうちの一頭が、大きな鳴き声を響かせ、静かな夜の森がザワザワと鳴り出した。

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