第6話ㅤ師匠からの手紙

ㅤ冒険者になってから、二週間が経過した。


ㅤオリビアの右手には冒険者の証である、金の腕輪が光っている。


ㅤこの腕輪は、街から街へ移動する際に通行証として使用したり、身分証として使用したりも出来るようだ。


ㅤデリカリアでの生活にも慣れてきて、街を歩くと声を掛けられる事が増えてきた。


ㅤ『伝説の剣聖の弟子』という呼び名がオリビアには付けられ、試験での功績こうせきと共に、瞬く間に街中に話が広まったからだ。



「おはよう、オリビアちゃん!」


「何か買っていくかい?ㅤサービスするよ!」


「ありがとうございます!ㅤまた来ますね!」


ㅤとても温かく接してくれる街の人々に、孤児だったオリビアは、人の優しさや温かさを、改めて感じていたのだった。



▼▼▼



ㅤ冒険ギルドでも、オリビアはいくつか依頼クエストを受けるようになった。


ㅤブロンテーシープを討伐したり、ゴブリンを討伐したりと、比較的に簡単な内容だ。


ㅤオリビアは現在ビギナーランク。ギルドの中で、一番初級のランクである。


ㅤランクにはS、A、B、ビギナーの四つに分けられていて、各々のランクに合わせた依頼を受注する。


ㅤ更に、ランクアップするにはまた試験を受けなくてはいけないらしい。



ㅤ魔物の討伐依頼を一つ、やり終えたオリビアは、ギルドで報酬ほうしゅうを受け取り、宿屋に戻ろうとしていた。


ㅤもうすぐ、日が暮れる。そんな時、からの知らせが、突然オリビアに舞い込んできたのだった。



▼▼▼



「オリビアちゃん!ㅤアテナさんから、手紙が届いてるよ!」


ㅤ宿屋に戻ると、カウンターの所にいた宿屋の女店主、ベティに声を掛けられた。


「え、師匠から手紙!?」


──師匠に何度か手紙を送った事はあったのだが、それでも一度も返事が来なかったのに!


ㅤ封筒に書かれた文字を読むと、見慣れた綺麗な文字が並んでいる。嬉しくてその場ですぐに封を開けると、手紙には次のように書かれていた。


『何通も手紙を送ってくるな。返事を返すのが、大変になるだろ。まずは、冒険者になれたんだってな。まぁ、アンタは受かって当然だと思ってたけどね。』


──ぶっきらぼうな内容に思わず笑ってしまう。何も変わってない。目の前で師匠と話しているような、そんな感覚になる。


『ここからが本題だが、デリカリアから東の方向に、クベル村という小さな村がある。そこには私の知り合いが居て、魔物が現れて困っているらしいんだが──アンタ、冒険者になったんだから。私の代わりに行ってくれ』


ㅤクベル村からの、魔物の討伐依頼。


ㅤどんな魔物なのか、情報は書かれていなかった。詳細はギルドを通して確認するように、と書かれている。


ㅤ更に、依頼主にはオリビアの事を先に伝えておく。と、文末に書かれていた。


『追伸──』


──ん?ㅤ何だろう。


『確認次第、早々につこと。グズグズ遅い奴は、ぶっ飛ばすから覚悟しろ』


「やっぱり、師匠は強引だ……」


ㅤオリビアは深い溜め息をつくと、またギルドに戻って行った。



▼▼▼



ㅤギルドの受付嬢に確認すると、掲示板にこれから張り出す予定の依頼書の中に、クベル村からの依頼があるようだった。


ㅤカウンターで渡された羊皮紙は『Dランク』の魔物の討伐依頼。


ㅤ農作物被害を原因となっている、『プンジャオ』を倒して欲しいという内容であった。


ㅤプンジャオとは、猪型の魔物の事である。


ㅤオリビアが受けられるランクの適正は、CからEランクまで。今回の依頼は、中間くらいの難易度。という事になる──


「クベル村までは、どれくらい距離があるんですか?」


「この街から、徒歩で半日くらいですね」


ㅤ羊皮紙を眺めながら尋ねると、受付嬢は優しく教えてくれた。


──今から向かっても、夜になってしまう。


──でも直ぐに発つように、と師匠に釘を刺されてるしなぁ……。


ㅤ少し考え込んだオリビアは顔を上げて、受付嬢に告げる。



「この依頼、私が引き受けます!」


▼▼▼



ㅤ街の門へ向かうと、門番の男に声を掛けられた。



「もう日が暮れるのに、今から何処かへ行くんですか?」


「実は──」


ㅤオリビアが事情を説明すると、彼は親身になって話を聞いてくれた。


「それなら、あそこに止まっている行商人ぎょうしょうにんの馬車が、これから東へ行くようです。相談だけでもしてみましょう」


ㅤ門番が行商人の男に事情を説明をすると、男は笑顔で快諾かいだくしてくれた。


ㅤ馬車に乗せる代わりに、クベル村に着くまでの間、無償で用心棒をして欲しい。という条件付きだが──オリビアも「勿論もちろんです!」と喜んで返事をする。


ㅤ早くクベル村へ着けそうだ。


「本当にありがとうございます、助かりました!」


「いえ!ㅤご武運をお祈りしています!」


ㅤ荷馬車から顔を出し、門番に大きく手を振る。こうして、オリビアは人の温かさに触れながら、デリカリアを後にしたのだった。



▼▼▼



「抜かりはないノカ…?」


ㅤ真っ暗な部屋で低い声が響く。全身黒い服を着た女が、小さな驚嘆の声を上げた。


「はい……!ㅤ全て、主の仰せのままに……」


ㅤ暗闇に溶け込むような真っ黒な装いの女は、恍惚こうこつの表情を浮かべて、怪しく笑う。


「黒きいばらに、忠誠を…」


ㅤそう言ってその者は、二の腕に刻まれた茨模様の刺青を、愛おしそうに撫でるのであった。

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