第5話ㅤ剣聖の弟子が恐れる者

ㅤライゼル達の試験は、あっという間に終わった。気絶する者、恐れから戦いを放棄する者。様々な反応だったが、オリビアは彼らの悲痛な叫び声を聞いても、何も同情しなかった。


ㅤ昨日師匠の事まで侮辱された事が、未だに許せていなかったからだ。


ㅤ四人の中で試験中、最後まで逃げ出さなかったのはライゼルだけだった。プライドの高さからなのか、果敢かかんに立ち向かっていたように見える。


ㅤ彼らの試験を見ていて、オリビアが分かった事は二つ。砂時計が落ち切るまでの時間は、だいたい三分。その間に、逃げ出さず、気絶しなければ良いという事。


ㅤ試験中にライゼルが何度か倒れても中断しなかった事から、重要視されてるのは──戦闘不能な状態か。それでも立ち上がれるか、を判断されている。


ㅤ観覧席から広場に下りたオリビアは、ものすごく憂鬱な気持ちになり、深い溜息が出た。


──私が一番恐れている者なんて、……この世界には一人だけだ。しかいない。


「では、……始め!」


ㅤ受付嬢の叫び声が響き渡り、オリビアの試験が開始された。浮いている紅水晶が煌めいて、次第に姿を変化させ、人の形になる。


「おい、あれ見ろよ!ㅤ人だぜ?」


「あれがあいつの恐いもの!?ㅤあいつ、人が恐いんだってよ!」


ㅤ観覧席から、ライゼルの取り巻き達の笑う声がする。


「やっぱり、そうなるよね……」


ㅤオリビアは表情を変えずに、腰に差した剣を二本抜いた。目の前に立っているのは、オリビアにとって見慣れているが、一番恐れている者。


ㅤ一本の剣を持っている師匠が、そこに居る。しかし、見た目は本物そっくりだが、水晶が模倣もほうしている姿の為、全身が真っ赤な鉱石のようだった。


ㅤ瞬く間に彼女は、オリビアの目の前に迫り、顔面を貫こうと剣で突く。その速さは、まさに疾風の如く。反射的にオリビアが避けなければ、顔面を貫かれていた。


ㅤ「くッ……!」


ㅤギリギリの所で何とか回避したオリビアは、負けじと剣を振るう。しかし、師匠も表情を変えずにヒラリと身をひるがえした。


ㅤ剣と剣がぶつかり合う度に、火花が散る。


ㅤ彼女達の人の域を超えた攻防を見て、最初は馬鹿にしながら見ていた男達は、次第に声が小さくなり、唖然あぜんとしながら見ていた。


「……おい。何だよ、あれ……。あれが俺達と同じ人間?ㅤ信じらんねーッ……」


「もしかして、あれが……。本当にあいつは……『剣聖の弟子』なのか?」

ㅤオリビアが距離を取ろうとしても、すぐに彼女は間合いを詰めて来る。少しでも油断をしたら、殺されてしまいそうな気迫きはくを全身で感じた。

──本当に、師匠と戦っているみたいだ。


ㅤ立ち振る舞いや攻撃の仕方まで、本物とそっくりだった。現実でも、オリビアは師匠に一度も勝てた事がない。


──どうやったら勝てるッ……!?


ㅤ必死に考えを巡らせるも、戦いに手いっぱいで思考が追い付かない。


ㅤオリビアが斬り掛かろうと斜めに振った双剣を、師匠は軽くかわすと脇腹に強烈な蹴りを入れた。


「グッ……!」


ㅤ吹き飛ばされそうな程の強い蹴りだったが、オリビアは一本剣を捨てて、蹴ってきた足を抱えるように掴んだ。そして力いっぱい、水晶かのじょに告げる。


「見た目はすごく似ている。だけど、やっぱり偽物なんだね。……本物ししょうの蹴りは、もっと重いんだよッ……!!」


ㅤそう言って掴んでいた足を狙って、オリビアは持っていたもう一本の剣の柄で、思い切り殴りつけた。すると、力に耐え兼ねた師匠の足は粉々に割れて、彼女はバランスを崩していく。


ㅤその一瞬の隙を、オリビアは見逃さなかった。


「これで終わりだッ……!」


ㅤ剣を横に、鋭く振るう。オリビアが剣を振り抜くと、戦っていた師匠の体が粉々に砕けて、辺り一体に散らばった。


ㅤ「そこまで……!」


ㅤ女性の叫び声が響く。息切れを起こしながらオリビアは上を向くと、皆がこちらを呆然とした顔で見下ろしていた。


「嘘だろッ……」


「割れて終わる事なんてあるのかッ……?」


ㅤもうオリビアの事を馬鹿にする者はいなくなった。


ㅤこの場にいる誰よりも、彼女が洗練された戦士なのは紛れもない事実だ。試験を進行していた受付嬢さえ、驚きを隠せていない。


「あの紅水晶が割れるなんて……。いつ振りだったかしら。昔、割った人が何人か居たみたいだけど……。こんなの、初めて見たわ!」


ㅤ受付嬢は驚嘆きょうたんの声を上げる。


ㅤ冒険者の試験が出来たばかりの頃、あの紅水晶をオリビアと同じ様に破壊して、試験を通過した者が何人かいた。


ㅤその中で、ある人は王都で強力な魔導師になり、またある人は戦士になって、魔王を討伐することを夢見て過ごした。


ㅤその戦士は──若き日のアテナ・ルシィー。ㅤ

ㅤその事実を、オリビアが知る事はない。


ㅤ今日試験を受けて、合格した者は二名だけ。


ㅤ『伝説の剣聖の弟子』は、師匠が通った道を辿るように──晴れて、正式に冒険者となった。

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