第4話ㅤ冒険者の三原則


「ありえねーなッ!ㅤどうせ貧乏人なんだろ!」


「さすがライゼルさん!」


ㅤライゼルと呼ばれた赤い短髪の若い男は、大きな態度でオリビアの事を馬鹿にしていた。彼らは鉄の装備を付けていて、剣を持っている。


──彼らも冒険者……?ㅤムカつくけど、無視しよう。騒ぎにしたくないし……。


ㅤオリビアがそのまま通り過ぎようとすると、ライゼルは舌打ちして立ち上がった。何も言い返してこないオリビアに詰め寄り、更に絡んでくる。


「お前も明日試験受けるんだろ?ㅤ流派はどこだ?ㅤ誰に剣を習った?」


「……アテナ・ルシィー」


「アテナって、まさか『剣聖のアテナ』か!?ㅤはははっ!ㅤ嘘つくなら、もっとマシな嘘をつけよ!」


「はっはっはっは!ㅤアテナって、ただの伝説だろ?ㅤ本当に生きてんの?」


ㅤ本当の事を言ったのに、彼らに笑われてしまった。会話のレベルが低すぎて、話にならない。


──そもそも、剣聖のアテナって何だろう?


「嘘じゃ……ないんですけど」


「はっ!ㅤ本当に剣聖に教わってたとしても、魔王を倒せずに逃げた老いぼれなんて、どうせろくなもんじゃ──」


「──今、……何て言った?」


ㅤ一瞬で場の空気が変わる。オリビアは目を見開き、ただ立っているだけ。それなのに、彼女がまとう空気感は張り詰めていて、馬鹿にして笑っていた男達は皆たじろいだ。


「……私の事はどんなに馬鹿にしたっていい。だけど、師匠を侮辱ぶじょくする人は許さない」


ㅤ彼女の体から放たれる覇気はきのオーラで、彼らは「行くぞ!」とギルドから逃げるように出ていく。


ㅤライゼルだけは悔しそうな顔をしていたが、取り巻き達と一緒にこの場から去っていった。


──あああ!ㅤムカつく!!ㅤ彼らとまた明日、試験場で会うのか。嫌だなぁ……。あんなのが冒険者になるとか、世も末だ。


ㅤオリビアは何とか気持ちを落ち着かせると、今度は宿屋に向かった。先程、門番の男から宿屋の場所も教わっていたからだ。


ㅤ宿屋は三階建ての煉瓦の建物だった。中に入ると木製のカウンターがあり、そこには40代くらいの女性が一人いる。


ㅤ肩に付くぐらいの黒髪で、身長はアテナと同じくらいだろうか。


ㅤ落ち着いた緑色のワンピースにエプロンを付けていて、彼女の快活な『いらっしゃいませ!』という声が響く。


ㅤオリビアが事情を説明すると、なんとその女店主もアテナの知り合いだった。話した雰囲気的に、とても気さくな人に見える。


ㅤアテナには昔お世話になったから、と。トントン拍子に話が進み、宿の一室を借りれる事になった。



──とても有難い。っていうか、師匠の人脈って結構広いんだなぁ……。


ㅤ師匠が冒険者だった事は、オリビアも本人から前に聞いた事があった。だけど、会う人会う人のほとんどが、彼女を認知している事には驚きを隠せない。


ㅤそして先程ギルドで聞いた、師匠の二つ名。あれは一体……。


「すみません。さっきギルドで聞いたんですけど、師匠を『剣聖のアテナ』と呼ぶ人がいて……」


「ああ!ㅤアテナさんは昔から強くて、有名な戦士だったからね。皆知ってるから、そう呼んでる人もいるのよ!」


──なるほど、そういう意味か……。


ㅤオリビアは納得すると、彼女にお礼を言って借りた部屋に向かった。部屋には椅子とベッドが一つずつ。とてもシンプルな造りの部屋だった。



ㅤ「ふぅ……」


ㅤ息をついたオリビアはベッドに倒れ込む。今日は朝から師匠に家を追い出され、宛もなく半日歩き続けて……もう疲れた。


ㅤ余程疲れていたのか。夕方にもなっていないのに、オリビアはそのまま眠ってしまった。



▼▼▼



ㅤ翌朝。目覚めたオリビアは、ギルドへ向かった。


ㅤ体を防御する為の装備はないが、腰には師匠から貰った二本の剣を差していて、颯爽と街路を歩いて行く。


ㅤギルドの中に入ると、会いたくない顔が視界に入った。昨日侮辱された記憶が、一気によみがえる。


「チッ……」


「……」


ㅤオリビアに気付いたライゼルは舌打ちして、その周りにいる取り巻き達も、冷たい視線をこちらに向けていた。


──めんどくさ。……ほっとこう。


ㅤ彼らの事は見えない振りをして、オリビアは真っ直ぐ前を向く。それが彼らのしゃくに触ったようで、更に苛立ちを募らせてライゼルは貧乏揺すりをしている。


「おはようございます。冒険者試験を受ける方は、地下こちらへ──」


ㅤ昨日話した金髪の受付嬢が声をあげると、オリビアを含め五人の志願者が移動を始めた。重厚な鉄の扉を通り、階段を降りていく。


ㅤしばらく階段を降りると、一同は広い空間に出た。そこは中心にくぼんだ円形の広場の様なものがある。


ㅤその広場をかこう観覧席が作られていて、上から見下ろせるようになっていた。


「本日試験を受けられる方は、計五名ですね。これから試験についてのご説明をさせて頂きます」


ㅤ受付嬢は羊皮紙を懐から取り出し、淡々と読み上げた。



「この試験では、皆様が『一番恐れているもの』と戦って頂きます。配置した砂時計が、全て落ち切るまで。戦い抜く事が出来た勇敢な方のみ、冒険者登録をさせて頂きますのでご了承ください」


ㅤ受付嬢は説明をしながら、観覧席の近くに置かれた大きな砂時計を指差した。


──ああ、あれか。と、オリビアは納得する。要は勝てばいいんだ!ㅤ単純明快たんじゅんめいかいな話である。


「冒険者を志す者は……『逃げるべからず』『倒れるべからず』『恐れるべからず』です。これが、冒険者の三原則。お忘れなきよう、お願い致します」



▼▼▼



ㅤ試験は先にライゼルと、その取り巻き達。そして、オリビアが最後。という順番になった。一人ずつ、窪んだ広場に下りてから始まるようだ。


ㅤオリビアが観覧席から見下していると、まずライゼルが登場した。


ㅤ広場の中心には、人間のてのひらくらいの大きさの赤い水晶が浮いている。


「では、……始めッ!」


ㅤ受付嬢が叫ぶのと同時に、グルンッと自動で砂時計が逆さまになる。赤い水晶が煌めいて、その姿形すがたかたちを変えた。


「……ッ……」


ㅤ反射的に剣を構えているが、ライゼルは遠目から見ても顔が青ざめているように見える。彼の目の前に現れたのは、赤い大きな蜘蛛くも


ㅤ体長は、三メートルを優に超えていた。


──あれが、彼の恐れているものか。


ㅤオリビアはただただ冷静に、彼の試験を眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る