第30話ㅤ君の命を守るため。
《※ミャーリオ視点》
「……護身用にこれを作って、正解だった。人間ほど、身勝手な生き物はいないから」
ㅤミャーリオは、気だるそうに呟く。
ㅤ彼の周りに浮かんでいる、太い触手と
ㅤグレイソンは驚きで目を見開き、その場に立ち尽くしている。
ㅤ弾力のある青い物体は、窓から差した陽の光でキラキラと透けて輝き、まるで海の一部を切り取ったように見えた。
「君の発明は、独創的で素晴らしいね。だけどさぁッ……!」
「ッ!?」
ㅤグレイソンは力任せに短剣を下ろすと、ミャーリオの盾は
「スライムと似てるなら、斬撃までは防げないんだろうッ!?」
ㅤグレイソンの推察通り、ミャーリオの発明した腕輪で防げるのは、主に打撃攻撃のみ。
ㅤ盾ではあるが、検体を取ったスーの特性と同じく、短剣の『突き刺す』攻撃までは何とか受け止められても、『斬る』攻撃までは防ぐ事が出来なかった。
ㅤ鬼気迫る彼の短剣が、ミャーリオに迫る。
ㅤしかし、その寸前で──グレイソンの脇腹に速球がぶつかるように、スーが衝突。
ㅤ突き飛ばした衝撃で、彼の体はバランス崩し、後方にあるガラスケースに向かって、後ろ向きに倒れていく。
ㅤ洋菓子を飾っていたであろう、空のガラスケースにはヒビが入り、後頭部からぶつかったグレイソンは、痛みで顔を歪めている。
「……スー、逃げよう」
ㅤ青くて太い、伸びる触手を腕輪に格納すると、ミャーリオは入口である扉に向かおうとした──
ㅤ
ㅤしかし扉の前で、スキンヘッドの男が
ㅤ彼の鋭く小さな瞳が、ミャーリオ達を捉える。
「油断したな゛ぁ……お前ら、許さんね゛!」
ㅤ男は丸太のように太く、筋肉のある腕を振りかぶる。それに対してミャーリオは、もう一度触手の盾を大きく展開させ、拳を受け止めようとしたのだが──
ㅤ
「くッ……!!」
──拳が、……重いッ!!
ㅤ男の振り下ろした拳は、鉄球のように重く。豪腕から繰り出された一撃で、ミャーリオは盾ごと後方に吹き飛ばされた。
ㅤ店の奥にある木製の扉に、凄まじい音を立てて激突。
ㅤ拳の直撃は
ㅤ口から血を吐き、ミャーリオは仰向けに倒れたまま。痛みで
──俺に、もっと力があったら……。
──もしも、魔法が使えてたら……。
ㅤどんなに願っても叶わない。こんな事を考えている場合じゃないのに、死が
──どうして、……こうなったんだろう。
──俺はただ、研究をして……。好きな事をして生きていたかっただけなのに。
「……今日は、……散々な日だッ……」
ㅤ
ㅤ痛みを堪えながら、ミャーリオは体を起こしていく。
ㅤ全身に鋭い痛みが走る。頭からも血が流れ出ているが、無理やりにでも今動かなければ、確実に殺されてしまう。
──まず、……何とかして逃げないと。
ㅤ壊れた扉の向こうに目を向けると、ボールのように弾んだスーが、スキンヘッドの男に
ㅤしかし、ミャーリオ達が劣勢になるのは、時間の問題だ。
──俺もスーも、特別強いわけじゃないッ……。勝つ為の決定打が無いんだ。何とかしないと……。何か、ないのか……?
ㅤ狭い厨房にあるのは、
ㅤ小さな窓が一つあり、更に奥には備蓄庫に繋がる扉がある。
ㅤ案を思い付いたミャーリオは、苦痛の表情を浮かべながら立ち上がり、使い古された包丁と火打石。そして薪を一本掴んで、備蓄庫の扉を開けた。
ㅤ備蓄庫は厨房の半分程度の広さしかなく、出口はない。
ㅤ人が通れないサイズの換気用の窓と、備蓄を積んだ木製の棚。焼却炉に繋がる鉄の扉があるだけだ。
ㅤそこでミャーリオは探し物を見つけ、口角が少しだけ上がる。
「……今度は、俺のターンだ」
▼▼▼
ㅤ子供の頃に祖母の手伝いをしていたミャーリオは、慣れた手付きであっという間に薪に火を付けた。
ㅤそれを床に置き、急いで腕輪から触手の盾を出現させると──包丁を使って、掌に乗る大きさで切り離す。それを粘土のように
──ここからは、スピード勝負。
ㅤ備蓄庫の棚に積まれていた、大きな布袋を包丁で
ㅤ慌てて床を弾み、勢い良く備蓄庫に飛び込んでくるスーと、ワンテンポ遅れながらも後を追ってくる大柄の男。
ㅤ
ㅤミャーリオは布袋の中身をぶち撒けて、備蓄庫の扉を閉めると、白い粉が舞う中──今度は鉄の扉を開いて、スーと共にその細い体を滑り込ませた。
ㅤ男が狭い備蓄庫に飛び込むと、白い粉で視界は
ㅤ扉を開けた事で、大きく舞い上がる粉。しかし、足元にある青い物体が急速に溶けていき──火の付いた薪が現れた。
「……んお゛?」
ㅤ男が疑問に思った時には、もう遅かった。
ㅤ小窓が粉々に吹き飛び、熱波で家が揺れるほどの激しい爆発が起こって、男は炎に飲み込まれていく。
ㅤ火に弱いスライムの特性を生かした、小麦粉による粉塵爆発。
ㅤ
ㅤ祖母の店に併設して造られた焼却炉は、長い間使われておらず、管理をする為に多少広さにゆとりを持たせて設計されている。
ㅤ
ㅤ
ㅤ彼らはお互いの健闘を称え、控えめにハイタッチをすると──命ある今に、感謝したのだった。
▼▼▼
《※オリビア視点》
「オリビアさん、どうぞ!」
ㅤ
──これで魔道具が作ってもらえる、けど……。
ㅤセドリックに改めて目を向けると、彼はパンセリノスの長い牙を調達しようとしている最中であった。
ㅤ長剣で歯の根元からへし折っている光景に、思わずオリビアは顔を
「不思議ですね。あんなに颯爽と戦っていたのに、こういうのは苦手ですか?」
「うーん。少し、痛そうに見えてしまって……」
「まぁ、これは国王に
「もう倒せたのーッ!?」
ㅤセドリックと会話している所に、ナナが合流する。彼女を見た喜びで、セドリックは牙を片手にナナに近付くと、犬が尻尾を振り回すように態度を
「ナナさん!ㅤ僕の勇姿、見てくれました!?ㅤ少しは見直してくれましたか!?」
「パンセリノスに食べられなくて、ざんね──」
「あああー!ㅤ本当に皆、無事で良かったですよね!」
ㅤ物騒なナナの発言を無理やり
──険悪にならないように、誰かに気を回すのも大変だなぁ……。
ㅤそんな事を考えていた時──
ㅤ
ㅤメガロス山まで
ㅤ一気に、その場に緊迫した空気が流れる。音の
ㅤ空まで立ち上がる、黒煙。状況はよく分からないが、ヘレネスで何かが起きているようだ。
──嫌な予感がする。
ㅤ急いでオリビアは二人を呼び寄せると、セドリックに転移石を出すようにお願いをした。
ㅤ街から街へ移動出来る
「集まって!」
ㅤセドリックの声が響き、三人は青い閃光に包まれていく。
ㅤヘレネスの町の境界へ瞬時に移動したオリビアは、すぐに町中に向かって走り出した。
ㅤ
「オリビアさん!ㅤちょっと待ってッ……って、あれ?ㅤナナさん、これ……」
「……ん?ㅤ……どうして、外れてるんだろ」
ㅤセドリックの制止する声も聞かず、ミャーリオが発明した魔物避けの魔道具が一部、地面から抜かれている事にも気付かないまま──
ㅤオリビアは黒煙の上がる方向へただひたすらに、風に乗って駆けていくのであった。
ㅤ
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