第31話ㅤ繰り返される惨劇
《※ミャーリオ視点》
ㅤ祖母の家の隣に備え付けられた、大きな焼却炉の管理扉を開き、
ㅤ洋菓子屋の窓ガラスは粉々に割れていて、火柱と立ち上る黒煙で、中は見えない。
ㅤ目の前の光景を、ミャーリオはただ見ている事しか出来なかった。
ㅤ炎に包まれた、思い出の店。熱波を感じながら、祖母の思い出が
──ごめん。……ばーちゃんの、大事な物だったのに。
ㅤ何とか生き残る為とはいえ、爆発を起こし──火災まで引き起こしてしまった事に、ミャーリオは少しだけ罪悪感を感じていた。
──こんなに勢いのある炎の中、グレイソン達もまず生きてないだろう。家が全焼する前に、どうにか消火しないと……。
ㅤそんな事を考えていた、刹那。
ㅤ突然聞こえてきた、ミャーリオに向かって迫り来る大きな足音。
ㅤ音のする方向に目を向けると、目を見開いた銀髪のグレイソンが、ミャーリオの右頬を勢い良く殴りつけた。
ㅤ燃える洋菓子屋の景色に意識を取られ、彼の接近に気付くのが遅れたミャーリオは、痛みで視界が歪み、地面に倒れていく。
ㅤ口の中で、血の味が広がる。彼が起き上がる間もなく、グレイソンが馬乗りになった。
ㅤ火事のせいで顔の半分に火傷を負い、グレイソンの髪は乱れて、煤が付いている。服の端々も、この騒動で燃えてしまったようで黒ずんでいた。
「生意気なッ……。お前のせいで、めちゃくちゃだ!ㅤもうお前なんて、……どうでもいいッ!ㅤ殺してやるッ……!!」
「かッ……あ゛!!」
ㅤグレイソンは、仰向けのミャーリオの首を両手で絞め上げる。
ㅤミャーリオがどんなに抵抗しても、体格の良い彼には力で勝てるはずもなく──途切れ途切れに声を放つ事しか出来ない。
「……ミャーリオッ!!」
ㅤ路上で二人が揉み合っていると、火災に気付いたドリスが隣の店から出てきて、二人に駆け寄ってきた。
ㅤドリスが何とか助けようとしても、男であるグレイソンを引き剥がす事は出来ない。
ㅤスーも友達を助けようと突進をしてみるが、ミャーリオの首から彼は手を離そうとしなかった。
ㅤ血管が浮き出るほど真っ赤な顔をして、苦しむミャーリオを見て、グレイソンが狂ったように高笑いをしている。
ㅤ『やめて!』と叫ぶ、ドリスの声。
▼▼▼
《※オリビア視点》
ㅤ泣き叫ぶ、ドリスの姿。銀髪の男と揉み合い、首を絞められて、
ㅤ緊迫した状況を瞬時に理解した彼女は、疾風の如く走り抜け、正面からグレイソンの顔に蹴りを入れた!
「……ッ!!」
ㅤ鈍い音と共に、彼の歯が何本か飛んでいく。オリビアの鋭い蹴りを食らったグレイソンの体は、数メートル先の木にぶつかり、そのまま気絶してしまった。
ㅤ体術にも
ㅤ本当は組み手修行は苦手で、体術もそこまで得意なわけでは無い。
ㅤ昔から何故か、戦士としての剣技の修行と並行して、対人間用の体術を教わっていたのは疑問しか無かったのだが──役に立って良かった。と、心の底から思う。
「……ゴッホ!ㅤ……ゴホッ……!!」
「ミャーリオさんッ!ㅤ大丈夫ですか!?」
ㅤオリビアは急いで彼に駆け寄り、上体を支えながら抱き起こした。
ㅤ激しく咳き込み、何とか呼吸が出来るようになったミャーリオに、ドリスも心配そうに「大丈夫かい……?」と、声を掛ける。
ㅤそんな二人に短く「……大丈夫」と返事をすると、彼はオリビアを見て少しだけ口角を上げた。
「もうッ……戻ってきたんだ。はっや……」
「火事になっているのが見えたので、急いで戻ってきたんです。まさか、貴方の家だったとは……。ミャーリオさんが生きていて、本当に良かった……」
「やっぱり……才能がある人は、違うねッ……」
「……才能?ㅤそれって、どういう──」
「リヴィ!ㅤ大丈夫!?」
ㅤ伏し目がちに話すミャーリオが何を考えているのか、オリビアにはよく分からなかった。
ㅤ彼を理解しようと投げ掛けた言葉は、遅れて合流したナナによって
ㅤ遅れて到着したナナとセドリックの目の前には、燃え上がる洋菓子屋と、殴られたせいで頬が腫れ上がり、口から血を流しているミャーリオがいる。
ㅤ
ㅤナナはミャーリオに駆け寄ると、「ミャオちゃん、大丈夫なの!?」とオリビア達と同じように心配していた。
ㅤ全身煤だらけで汚れている上に、血を流しているのだから、心配して当然なのだが──
ㅤオリビアはセドリックに事情を説明して、銀髪の男の倒れている場所を教えると、彼はドリスから店にあった縄を貰い、グレイソンを縛り上げた。
ㅤ『殺人未遂』を犯した者の処遇は、この場で一番適切に対処してくれそうな、セドリックに任せた方が良いと考えたからである。
ㅤ
ㅤミャーリオを救った事をドリスに感謝されたオリビアは、彼女に慌てたように尋ねた。
「──後は、火消しを急がなくては……!ㅤヘレネスに魔導師はいないのですか?」
ㅤベルラーク王国での火災発生時の消火活動は、主に魔法が使える魔導師が行う。もしくは、川からの水汲みで、人力で消火にあたる方法しかなかった。
ㅤオリビアの問いに、ドリスは横に首を振る。魔導師だったミャーリオの祖父が10年前に亡くなってから、ヘレネスには魔導師がいないらしい。
ㅤ一番近い街は、オリビア達が拠点とするデリカリア。そこから、魔導師を呼んでくるしかない。
ㅤ本当なら、徒歩か馬車で助けを求めに行くのだが、オリビア達の脳裏に浮かんだのは、セドリックの持っている転移石。
ㅤ
ㅤオリビアとナナ、セドリックの三人は相談をして、それぞれの役割を決めていく。
ㅤセドリックが罪人の護送と、デリカリアから魔導師を呼び、オリビアとナナで念の為、ヘレネスの住人達を町の境界まで避難させる事になった。
ㅤセドリックが懐から転移石を取り出して、力持ちのオリビアがミャーリオに肩を貸し、彼を立ち上がらせる。
ㅤナナがスーを抱き、ドリスを先導しながら各々の役割を果たそうと、歩き始めようとした時──
「ああ、……これは!ㅤ綺麗な色だなァ!!」
ㅤ突然、青年の声が響く。
ㅤ声のした方向に目を向けると、赤色の長髪をハーフアップに編み込み、黒いローブを身に
ㅤ先の尖った耳には、沢山の銀色のピアスが付いていて、彼の紫色の瞳は嬉しそうに火災の現場に向いていた。
「いつ見ても、『赤色』って良いよね。ㅤ全てを焼き尽くす炎、燃える町並み。……流れる鮮血と
ㅤ彼は洋菓子屋の方向に右手を
ㅤすると、炎がまるで意思を持ったように動き、他の家屋に燃え広がる。
「なッ……!!」
ㅤ流れるような、男の手の動き。蛇のように滑らかに動く、炎の波。
ㅤ青年は口角を吊り上げて、その場にいる全員に聞こえるように告げた。
「──さぁ。僕は
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