第45話

「昔、仕事で向かったことのある国でお目にかかったことくらいでしょうか。そこは、軍事国家でしたのでね。噂に聞く者ではなくて、戦闘型でしたが。……そういえば、その中で一人ひときわ美しい少女が居ましたね」

「へぇ。……それは気になりますね。我が屋敷には、男しかいないので幾分花がなくて。私くらいしか花がないんですよね」

「自分を平然と持ち上げていくスタイル、嫌いじゃないですよ」


 カルミアの何でもない言葉が面白かったのか、クスクスと上品に口元に手を添えて笑っているサリュストル。二人の話を静かに聞きながら、クフェアは黙々と出されてくる料理をあじわっていた。本能が、話すと面倒なことに巻き込まれるぞ、と警鐘が鳴っていたのかもしれない。極力、カルミアを視界に入れないように必死であった。

 傍から見ると、お腹が空いている子供のようにしか見えない構図でもある。


「ですが、子供を戦争に出すのは少しだけ気が引けますね」

「おや。先生が見たのは、人間だったのですか? 話の流れ的に、普通に戦闘人形シュラハト・ビスクドールだと思っていましたが」

「ええ、人間ですよ。……少年少女を兵士としている、ということで思い出したことがあるのですが。一時期、この国の少年少女が行方不明になるという事件があったんです。連れ去られていたのは、平民の子供だったこともあり、ある程度捜索をして打ち切られてたんですけどね」

「子供が兵士になることは、国によっては異なりますのでどうでもいいのですが。……行方不明に」


 その言葉を聞いて、口へと運ぶために手にしていたカトラリーをピタリと止めて何かを思い出すように考え込むカルミア。

 サリュストルの言葉が関係しているのかは不明であるが、確かに彼女は昨日異様に幼い少年兵と出くわしている。他の兵士と違って、戦い慣れをしていないのがすぐにわかるほど。カルミアを見て、死を悟ってガタガタと震えていた少年。

 自分の命とカルミアの質問を天秤にかけて兵士を売って自分の命を優先した、あの幼い少年兵。

 黙りこくった彼女に対して、何かを思ったのだろう。

 サリュストルは、そっと目を伏せてから話し出す。


「カルミア殿も、見たのですね」

「……その口ぶりだと、まるでサリュストル先生も見ているようなものですが。先生が言っているものと同じかはわかりませんが、昨日一人の少年兵と出会ったことは確かです」


 真剣な表情と声色で、そう告げては何事もなかったかのようにして口に贖罪を運んでは咀嚼をするカルミア。そんな中で、極力会話に参加をしないでおくという方針を貫いていたクフェアが口を開いて言葉を紡ぎ出す。


「誘拐された子供が強制的に兵士になっているのか?」

「そう考えるのが筋があいます。……何か気になることでもあるのでしょうか、クフェア殿」

「いや。……最初は乗り気じゃなかったんだが、お嬢さん。皇帝謁見は、お嬢さん一人で行ってくれないか。お嬢さんと一緒に屋敷までは行くが、俺は謁見はせずに大人しく屋敷の中で待っている。その話が本当であれば、ちょっと確認したいことがあるんだ。ああ、これは俺個人として、気になっているだけだ。お嬢さんはお嬢さんのやるべきことをやってくれ」


 子供の姿であっても、言っていることはあまりにも大人びている。

 そのアンバランスさがカルミア的には面白かったのか、そっと静かに目を背けて肩を震わせて必死に口元を押さえて笑いを答えている。正直、その姿は隠すこともしていないのでサリュストルは苦笑をしてしまっていた。

 先ほどまで、一切関与するつもりはなくあくまでもカルミアの護衛として謁見も渋々参加をするといった雰囲気だったのにもこの変わりようである。子供が絡むと少しだけ変わるのか、とカルミアは静かに内心でほくそ笑む。彼女は使えるものは、どのような事でも使っていくタイプだ。

 ただ、本人の意思をそれなりに尊重することが多いので親がることはさせることほど鬼畜でもない。


「元よりそのつもりですよ。謁見に関しては分かりました。幸い、クフェアさんの姿は子供ですので私の弟で屋敷を見学させてやってほしいと言っておきましょう。魔力量や質の認識阻害も賭けているので、誰も貴方がクフェア・クォーツであると気づくことはないでしょう」

「僕は普通に分かったところから、見知らぬ人に作用するタイプとかですか?」

「ええ。彼を知っている人物からしてみれば、あれ、姿が違うな? 程度にしか思えないと思いますから」


 二人の会話には興味がないのか、クフェアは先ほどの子供の話を聞くためにサリュストルに話しかける。


「今もまだ、捜索願は出されているのか?」

「子供に関して、ですよね? ……ええ。残念なことに軍は捜索をする気は一切ないようですが、ご両親はまだ必死に探しています。僕も時折、休みの時は様々な場所を探しているのですが手がかりがなく。ですが、その様子であればクフェア殿には何か心当たりがあるようですね」

「まぁな。……権力者が悪さをするときは何処でするのか、同じ権力者側の人間としてある程度分かるってだけだ。悪いが、俺は確定事項しか伝えない主義なんだ。事後報告を待っててくれ」


 いつの間にか食べ終わったのか、クフェアは綺麗に口を拭いていた。

 進捗を報告するカルミアとは異なり、クフェアは人には事後報告をするなと言いつつも自身は事後報告を行うつもりらしい。まぁ、カルミアの報告とは別物であるため問題はないだろう。彼女とは違い、彼は何か重要な事や共有が必要であればしっかりと報告を行っているので問題ないとされているのか。

 カルミアは言葉にしてはいないが、事後報告かよ、という視線と雰囲気を彼に向けているがクフェアは知らんふりを決め込んでいる。


「でも、なんだか意外でしたね」

「あ、私も思いました。クフェアさん、子供には優しいんですね。その優しさを少しは私にも向けてほしいものなんですけどぉ」

「その姿で言っても、何一つとして可愛げねぇからな」

「はいはい。では、御馳走様でした! 本当に美味しくて、今度私も何かお礼をしなければいけませんね。では、私たちは本日は皇帝謁見で走り回ることになるので……また、夕食ごろには戻ってきますね」


 カルミアも食べ終わったのか、満足そうに手を合わせて挨拶をしては口を拭いている。

 目の前に居るサリュストルと、近くに居た使用に対して笑顔でお礼を言ってから会釈をしてそのまま立ち上がる。食堂から出て行く前に、クフェアの元へと歩いては彼を小脇に抱えて何食わぬ顔で食堂から出て行く。


「カルミア殿!」

「はい?」

「……その。お気をつけて、くださいね」

「……ええ、ありがとうございます。お土産、楽しみにしておいてくださいね!」

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