第6話

 クフェアの言い草に呆れながらも、少しだけ注意をしてから持っていたオペラグラスを鞄の中にしまい込む。

 その視線にあるのは先ほどパンプレット通りの説明が行われたチェイルジュリであったが、すぐに視線を背けて当初の目的地である広場へと足を進めていくカルミア。相変わらず、彼女は何を調べようとして何を思っているのかは説明という説明はしない。

 ピタリ、と足を止めたカルミアは突然何かを探るように片手に持っていた杖を使って地面をコツコツと叩く。

 コツコツ、コツコツ。

 何かを探すように、一度叩いては探し物がなかったのか場所を変えて再び叩く。数回、無造作に地面を叩いて何かを感じ取ったのか花の咲いた笑顔を見せてはニコニコと破顔させる。


「どうした」


 あまりの表情の変わりようは、ゾッとするものが見え隠れしている。

 口角が引きつるのを感じながら、クフェアはカルミアに尋ねる。彼女は、尋ねられることを待っていたのか「待っていました」と言わんばかりに得意げな表情を見せた。


「ふふ。……今すぐ私のことを、天才だと褒めたたえてくださって構いませんよ」

「話の脈絡が分からねぇ。……分かりやすく言え」

「そうですね。この世界には魔力が満ち溢れています。空気中を漂うもの、このように地面の中で根を張るもの。種類は様々ですが、その地面の根。いわば、地脈と呼ばれるものを探していました。普段であれば、専用の機材を用いなければ感知できないのですが、私レベルになると安易に感知できるというわけです」

「……それは天才、ではないんじゃないか」


 つまり、カルミアはそのあふれ出る魔力感知能力で発見するのに時間を要してしまう地脈をいとも簡単に見つけ出したのだ。

 彼女はそのまま鞄の中から、小さな空き瓶を取り出してそっと地面の上に設置する。何をするつもりなのか、見当もつかないクフェアは不思議そうに首をかしげるばかりだ。


「地脈というものは、影響されやすいという性質を持ちます。例えば、莫大な魔力が流れ込んでくると地脈も増幅する、といった具合ですね。面白いことに、増幅しやすいものとそうでないものがあります。増幅しやすいものは、言ってしまえば不要なものが多く含まれている魔力。増幅しやすい、というよりも地脈という管の中に石が入り込んで流れが悪くなった結果管が膨れ上がった感じです」


 口で説明をしながら、彼女は様々な場所に空き瓶を距離を空けて設置していく。

 クフェアは邪魔にならないように移動をしながら、近くを通りかかった人物たちに現在調査中のため空き瓶の近くには寄らないようにと口頭で注意をしている。


「ちゃんと辿ったわけではないので明確なことは言えませんが、二つの広場は一つの地脈によって繋がっている可能性がありそうです」

「繋がっていりゃ、何かあるのか?」

「この広場をAとして、王妃が処刑された広場をBとしましょう。このAから流れたものは分岐を辿りBへと続く。それは逆もしかりです。そしてAの地脈には詰まりを起こして流れにくいが、これはBも同様でしょう。つまり、一つだけではなく二つの場所から病原菌になり得るものが流されているということになります」

「分かったような、分かりづらいような……」

「ま、ざっくり言ってしまえばですね。川に一人だけが泥を入れ続けても汚くなるのに時間はかかりますが、大勢が同じことをすれば汚くなるのはそりゃ早いよねっていうことです」


 説明を砕けてしたことにより、クフェアにもイメージがついたのか「なるほど」と小さく頷いていた。元は綺麗なものであっても、良くない汚染された魔力が流れ続ければ地脈は汚染される。加えて石が多く流れれば流れは悪くなり管は膨れ上がり特定の場所を中心になにかしらの影響が出てくる。彼女はそういうことを言いたいのだろう。

 そして早くも影響が出た場所には、紅い植物しか咲かないという現象が現れている。


「推測では、この汚染された地脈がキャパオーバを起こして何らかの異常が発生。それが植物が赤く染まるという現象に繋がっているのではないか、ということですね。水は赤くないのに植物が影響を受けたのは、植物には耐性がなかったからでしょうね」


 地面に距離を空けて並べられた小瓶を視界に入れては、小さく息を漏らしてカルミアは再び杖で地面を叩く。

 刹那、地脈から何か魔力を吸い出しているのか空き瓶だったそれらには禍々しいどす黒い赤色の何かへと姿を変えて収まっていく。あらかた何かを抽出した後にはひとりでに蓋が閉まりしっかりと密封された。壁に背中を預けて、その様子を静かに見ていたクフェアは感嘆の息をつく。


 ――小瓶の中へ、的確に魔力を入れるとはな。……上級魔術師のそれと同じじゃないか。錬金術師を名乗るのは止めたほうが良いじゃないか? 下手な魔術師よりも、魔術師だ。


 クフェアは彼女が魔術を息をするような感覚で当たり前に行使したことを理解していた。カルミアは鼻歌を楽しそうに口ずさんでいるだけで詠唱だの呪文だのを一言も発することはしていない。その口ずさんでいる鼻歌がそれらに匹敵するのかもしれないが、それにしては時折音程を外してしまっている。

 どれほど優秀な魔術師や魔導士であっても一切呪文や詠唱を行わず、魔法陣なども使用しないで高度な魔術を使用することはない。ただ、その魔術や魔法を使用するものは人間や獣人ではなく、妖精などである場合はこれに限った話ではない。


「よし、こんなものですかね」

「……見事、としか言えねぇな」

「いや、それほどでも。……それにしても、推測はしていましたが思っていたよりも濁りが酷いですね。本来であれば、どうあがいてもここまでの濁りを貯めることはできません。では、ここで問題です。ここまで濁った魔力を放出させる方法は何があるでしょうか」


 地面に置かれた小瓶を回収して、満足そうに中身を見ながら鞄の中に入れ込んでいき隣に居るクフェアに向かって問いかける。

 彼は少しだけ考える素振りを見せては、少し目線をそらして再びカルミアを視界に入れてはゆっくりと口を開いて言葉を紡ぎ出す。だが、その瞳には少しの戸惑いが見え隠れしていた。

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