第5話

 お互い準備をしながらそのような話をする。クフェアはあきれながらも、ふと思ったことを告げるとカルミアは数回瞬きをしてからまるで小ばかにしたような表情で笑ってから説明をするように話し出す。


「理の天秤が普及して誰でも持っているのが常になれば、法外な脅しや儲け、そして値切りなどが出来なくなりますからね。私は自らの利になることは行いますが、不利になる可能性がコンマ一パーセントでもあれば実行はしませんよ」


 言っていることが、まるで悪徳商人のようなものである。それを聞いて、口をはさむ気力もなくなったのかため息一つで終わらせるクフェア。この場に、彼ではない違う人物が居れば何か一言でも告げていたかもしれないがそれはそれである。


「で、調べもんってのはなんだ?」


 二人はエントランスまでやってきては、その場にいた者に対して少し調査で街の散策に行くことを伝えてから屋敷を出た。

 のどかで、数年前には革命が存在しており多くの者が断頭台へと送られていたとは思えないほどだった。クフェアの質問に対しても、曖昧に微笑むだけで特に何かを明言することもないカルミア。ただ何も言わずにスタスタ、と歩いていくだけで時折鼻歌が聞こえる程度である。ついて行けば分かる、ということなのだろう。

 もしくは、何処で誰が聞いているのか分からない街中で何かを話すことはできない内容ということなのか。


「まず、王妃が処刑されたコルヴァ広場へと行きます。正直なところを言ってしまえば、まぁ。呪いは呪いでも、王妃関係ではなくて積もり積もった結果なのでしょうね、と勝手に思っています。革命時のことをもっとわかれば、何かわかるものがあるかもしれませんね」

「分かれば、と言ってもなァ……。当時を良く知る人物なんざ、ほぼ居ねぇだろ。まぁ、皇帝に謁見することが出来るならば話は何か変わってくるのかもしれねぇが……早々出来るようなもんでもないぞ」


 皇帝謁見。

 通常であれば、少し有名な程度であれば会うことなどできないものである。カルミアは少しだけ何かを考えるように自身の顎に手を添えて目を細めているが、すぐに口を開いて言葉を紡いでいく。


「先に言っておきますが、皇帝謁見をすることになった場合のためにクフェアさんを連れて来たわけじゃないですよ。別に皇帝と話さなくとも、この土地に根付いたものが私を正解へと導いてくれると思いますから。正解、と言わなくともヒントくらいは貰えるでしょう」


 実のところ、クフェアは王位継承権は既にない状態ではあるが正当な王家の者であるために、それなりの手続きを行えば皇帝への謁見も不可能ではないだろう。しかし、そのような面倒な手続きをカルミアが進んで行うわけもない。クフェア自身も、自身の立場を少しは利用するのかと思っていたばかりにカルミアの発言には少し驚きを見せる。だが、それも一瞬のことで直ぐに楽しそうにクツクツと器用に喉を鳴らして笑っていた。

 彼女はどうにもクフェア・クォーツのことを皇子としてではなく彼自身として扱うことをしている、ということを口にすることはなくともわかる。


「もし、謁見をすることになったとしても。まぁ、カルミア・ファレノプシスの名前を出せばそれなりに利用はできますし」

「……く、ははッ!! アンタ、マジでそういうことを平然と言うから面白れぇんだよな。俺のことを、王族として利用しねぇと面と向かって言うやつはそうそういないからな」

「そりゃ、どうも。何度も言いますが、私は私の名前がそれなりに使えることを自負していますので。まぁ、だからと言って行動を改めることはしないんですけど。……話がそれましたが、処刑場や戦場というものは様々な怨念が渦巻いているものですから」


 ゆっくりと掛けられている丸眼鏡を取っては、こちらも無造作に鞄の中へとしまい込む。

 眼鏡のレンズ越しで見えていたカルミアの瞳は、まるでジェードのような色をしていたが今の彼女の瞳は光の角度や見る角度で色を変えているものに変わっていた。彼女と旧知の中である宝石商である宝石に目がないあるメイアは、この彼女四雷の瞳のことを宝石アレキサンドライトと称している。

 そして、この角度で色を変える瞳は本来は古の妖精が所持している真偽が分かる妖精の瞳と呼ばれているものだ。


「本気を出していきましょう」

「その目、アンタが思っているよりも目立つから現場に行くまで眼鏡をかけていたほうが得策だと思うんだがな」

「道筋にも何か隠されているものです。良いですか、クフェアさん。現場だけが全てではないのです。……それに、この瞳はある種で御伽噺のようなものですし。伝承を知っていて襲ってくる人が居れば黒と断定してお好きに調理してくださって良いので。まるで、獲物をおびき寄せる餌になった気分です」


 んふふ、と至極楽しそうに口元に手を添えて笑うカルミア。

 結局のところ、隠しておくのが面倒だからということもあるのかもしれないが今この段階である程度の敵は散らしておこうという彼女の考えなのだろう。寄ってくる襲ってくる輩は問答無用で叩き潰す。笑顔で言うことでは到底ないが、それでも笑顔で言ってしまうのが彼女なのかもしれない。


「はぁ。……何も知らねぇ奴が可愛そうに見えてくるぜ」


 言葉では相手を可愛そうである、と告げるクフェアであるが表情や声色は何一つとしてそう思っているようには感じさせない何かが見え隠れしている。彼からしても、目に見えない敵を相手にするよりも明確な敵意を持ってこちらに向かってくる連中を捕まえるほうが効率的である、と結論付けたのだろう。もしくは、正当な理由で思う存分殴ることが出来るという点で賛成をしているのか。いずれにせよ、カルミアだけにならずクフェアもお世辞にも性格が良いとは言い難い。

 カルミアは時折、道端に咲いている植物を気まぐれに採取しては鼻歌交じりでスキップでもする勢いで進んでいく。

 進んでいると、二人が広場へ向かっている道中。ひときわ目立つ立派な宮殿が姿を現した。その宮殿からも、距離があるというのにも関わらず何かを感じたのかカルミアは足をピタリと止めて鞄からオペラグラスを取り出して宮殿を観察する。


「あの宮殿、妙な雰囲気が漂っているな」

「クフェアさんもそう思いますか? 実は、私もそう思っていたところなんです。見た目はこれまた立派な宮殿ですが、放っている雰囲気はまるで監獄そのもの。あの建物の名前はわかりますか?」


 その言葉に対して、心底面倒臭そうな表情をした後に腰に備え付けていた鞄から簡易的な地図を取り出して現在地から見えている宮殿の確認を行うクフェア。どの世界を探しても。王族を顎で使役する人物は少なく彼女とある程度の人物くらいだろう。もしくは、余程図々しい人物に限る。

 彼女の、誰でも手足のように顎で使役する癖は褒められたものではないので基本的には行うたびに誰かに一度は注意される。しかし、ことクフェアにおいては王族扱いをすると嫌な表情をすることも多く彼に対しての対応ということであればこれが正解なのだろう。


「地図によりゃ、監獄みてぇだな。元はチェイルジュリという宮殿だったらしいが、革命時には監獄として使用されて死刑囚で溢れかえっていたらしい。この監獄に入ることは、すなわち死刑を意味することから死の監獄やらギロチンの盟絵質、だなんて言われていた過去もあるらしい」

「ギロチンの控室……。もっとましなネーミングはなかったのかと突っ込みたいところですね。ちなみに、その監獄には誰か有名人が居たことも?」

「今話題の呪いの王妃サマ、マリアもここに居たことがあるらしいな」

「呪いの王妃って……。マリア王妃はそのような人物ではないと思いますが。呪われても文句が言えないほど言いたい放題ですね」

「会ったことが?」

「いえ。ですが、アルクさんとの手紙のやり取りなどでどのような人物かは大体わかります。それに、分からなかったとしても、この国を見れば何となくわかります。全ては巡り巡って戻ってくる。死んだものは土へ還り、次の再生を待つと言いますから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る