第4話
「こちらがサリュストル家の屋敷になります。革命時と比べて、人が少ないので問題ないと思いますよ」
「何で、人が少ないと問題がないんだ?」
「祖父から、カルミア殿はあまり人と関わることが得意ではないと聞いておりましたので。もしかして、祖父の勘違いか何かでしたでしょうか……?」
「……いえ、その通りです。そこまで私のことを覚えていただなんて、かなり彼からしてみれば私は印象深い人物だったのかもしれませんね。なんだか釈然としないので、彼の墓を蹴り倒したいものですよ。ああ、分かっていると思いますけど勿論、冗談ですよ」
全く冗談に聞こえることがない冗談を平然と告げるカルミア。
冗談にしても、言っていいことと悪いことくらいはあるだろう、と内心で呆れかえっているクフェアに対して小さく笑っているサリュストル。彼女は、そんなサリュストルを横目で見てはそっと目を細める。
――相当、祖父から私についての人柄を聞いていたのか。普通なら、冗談でも怒るだろうに。
冗談だと分かっているからか、それともそのやり取りをしている風景を想像してしまったのか。彼の浮かべた笑みというのは、愛想笑いでも引きつった笑顔でもなかったことに対してカルミアはお手上げだと言わんばかりに静かに肩を竦めた。
屋敷に到着して、中に入ってサリュストルは二人を客室へと案内する。彼の言った通り、広い屋敷に対して人はほとんどいない。閑散としており、何処か寂しく思えてしまうほどだ。カルミアは、自身の屋敷を思い出しして表情に出すことはないが静かに苦笑をしそうになって寸でこらえていた。
彼女の屋敷も、住んでいる人物が少ない割には多くの部屋が存在しており彼女曰くは無駄に広い。彼女の屋敷の場合は、住居と店の両方の側面を持っているので必然的に広くなってしまうこと。くわえて、彼女自身が助手や従業員を滅多に雇うことがないので余計に人が少ないままであるということもある。
「こちらがしばらくお二人に使っていただく部屋になります。カルミア殿は、こちら。クフェア殿はこちらです。また、夕飯時になりましたらお声がけさせていただきますね。もしも、散策などで外に出ることがありましたら屋敷の者にお伝えをお願いします」
「はい。……では、散歩に行く際には誰かにお伝えしますね」
ゆっくりと会釈をしてから、クフェアから二問を受け取って与えられた客室へと堂々と入るカルミア。
彼女はゆっくりと猫のように伸びをしてから、鞄をベッドの上においてはそっと開いて先ほど街で採取した植物を確認するためにさまざな機材を取り出していく。フラスコに試験管、試験立てなどの道具を確認しながら机の上に並べて置いていく。斜め掛けをしている鞄からは来る途中で採取した植物の入った密閉された袋を取り出してはじぃ、とそれを観察するように見つめている。
数分足らずで、客室が臨時研究室へとなり替わって満足そうにうなずいてからカルミアは鼻歌交じりでさらに自身が使いやすいように並べていく。
「さすがに錬金術を行う壺を持ってくることはできませんでしたが、フラスコやビーカー。果ては料理鍋があれば代用できるので問題はないですね」
あらかた机が彼女の思うような実験場所に変化したのが満足なのか、何処か得意げに笑っては鞄を閉じて机の隣の床にそっと置く。カルミアはそっと来ていたローブを脱いで懐から懐中時計を取り出して時刻を確認する。
まだ、夕飯までには時間がある。
そそくさと、部屋に勝手に入られないように魔術を施してから部屋を出て貸し出されている鍵でしっかりと施錠をする。向かう先は、隣の部屋に居るであろうクフェアの元。ノックをした後に、返事を聞くことさえもせずに遠慮なく扉に手をかけて堂々と中へと悪びれることもなく入っていく。
「……せめて返事をしてから入れ。着替え中とかだったらどうするんだ」
「え……。別に、いまさら人間の裸体を見て興奮を覚えるなんてことはないので大丈夫ですよ。まぁ、クフェアさんが見られて興奮する性質を持っているのであれば申し訳ないかなとは思いますけど。というか、そう考えるということは随分と自身の身体に自信がおありなようですね。まぁ、どうでも良いのですが。……今から現地調査に行きますのでついてきてください」
「はいはい……」
そこに居たのは、ベッドで早くも惰眠を貪ろうとしていたクフェアの姿。カルミアは、彼の言葉にありえないものを見るような目をしてから軽く言葉を交わしてから調査に同行するようにと告げる。元より、クフェアはカルミアの護衛としてこの場に居るのだ。カルミア自身、何も対処が出来ないわけではないが何かあるか不明なために使える相手が多いことには越したことがなかった。
「ところで、その天秤は……」
「皆さんご存じの理の天秤ですよ。現地調査の際には持ち歩いている道具の一つですね。ま、交渉をすることも多いのでこれを活用しているわけですよ。交渉の際に、そこらへんにあるような石ころに高額な値打ちをつけられても困りますからね」
「そんな天秤がなくとも、アンタには真偽が分かる妖精の瞳があるだろうが。ただの、お荷物になるんじゃあないか」
「クフェアさん、それ本気で言ってますか? 確かに私には、真偽が分かります。だけど、妖精の瞳を持ってることをどうやって証明するんですか。そんなことで時間を取られるのであれば天秤を使ったほうが早いんです」
シャラリ、と音を立てては天秤が揺れる。
彼女はクフェアに天秤を見せてから、斜め掛けにしている鞄の中に天秤を無造作に入れ込む。どれほど優秀な魔術道具であろうともカルミアにとっては道具でしかない。大切に扱う、という考えが欠落している彼女からしてみれば普段と変わりはない行いだ。理の天秤が、どれほど貴重で高価なものかを分かっている人物が先ほどの光景を見ていれば悲鳴を上げてしまっているだろう。
「……俺も人のことは言えねぇが、少しは道具の扱いを丁寧にしたほうが良いぞ」
「それ、以前ルゥたちにも言われたんですよね。私の道具の扱いを見たアルメリアは悲鳴を上げて崩れ去りましたし。隣に控えていたリヴェル殿が支えていましたね。あと、理の天秤なんてそれなりの材料があれば調合可能ですし特別高価なものでもないです。屋敷では、現在錬金術の勉強中であるルゥが理の天秤の残骸を大量生産していますからね」
「……理の天秤、調合可能だったんだな。上手く商売が出来ればかなり儲けになるぞ」
「アルメリアにも言われたんですけど、商売にするつもりはありませんよ」
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