第26話

「そうでしたか。クフェアさんほどの美貌があれば、街を歩けば一部の女性からストーカーされそうですけど。やっぱり、王族は何かあるのかもしれないですね。ちなみに私は過去数回にわたってストーカーされたことがあります。いずれも相手は魔術協会、聖堂協会関係者でした。好意がねじれてストーカーをされたことはありません」


 ニコニコと当時のことを思い出しながら何処か自慢げに話しているが、その内容は決して自慢が出来るようなものではない。可愛らしい顔つきなのにも関わらず、悪人のように口角を上げて表情を歪め笑っているカルミア。

 その表情を見てクフェアは、何処か気まずそうに目をそむけてから彼女のことをストーカーした関係者に対して内心で手を合わせる。世界的に有名な彼女を利用するなどの良からぬ意味合いでストーカーを行って、無事で済むわけがないのだ。


「……一応聞いておこうか。どうしたんだ、そいつらは」

「どうもこうも、普通にお灸を添えておきましたよ。取締機関に突き出しても良かったんですけどね、上の圧力でどうにでもなりそうだったので。一々面倒じゃあないですか? なら、私がストーカーをしていた連中にお灸を添えて本部に伝言を頼んだほうがよっぽど効率が良いです。ちなみに、過去に一度だけ本部のオエライサンと殺し合いをしたことがありますよ」

「笑顔で言うことじゃねぇよな、それ」


 どこまでもずれたことを笑顔でいうカルミアに対して、冷静に突込みを入れるクフェア。そのやり取りを、何気に気に入っているのか彼女は何処か満足そうにクフクフと笑っている。それも、心底楽しそうに。

 そのような会話をして歩いていると、いつの間にか二人の後ろで聞こえていた足音は消えている。彼女がクフェアに行ったストーカーの話が少しだけ効いているのかもしれない。その話をどこまで信じるのかは、ストーカー次第であるが内容としては怖気づいてしまっても仕方がないものだ。


「さて、ストーカーも居なくなったことですし。目的地へさっさと向かいましょう。私的には襲ってくれたほうが良かったのですが……」

「相手が可愛そうだからやめておけ。過剰防衛で訴えられても知らねぇぞ」

「まぁまぁ。そうならないように、仕向けることは得意なので。……でもおかしな話ですよね。私たち、何も変な騒動を起こしていないのにストーカーをされるだなんて。クフェアさんの美貌は世界共通なのかもしれませんね。気を付けてくださいね。最近は、男が男を襲うなんてこともありますから」


 心配しているのか、揶揄って遊んでいるのか。すっとぼけるように平然と言うカルミア。

 彼女はそう言っているが、二人が狙ったわけではなくとも昨日チェイルジュリで大暴れをしている事実がある。本日の新聞記事やニュースなので大々的に取り上げられていることはないところを見ると、彼女たちの行った昨日の出来事は見事に隠蔽されたと考えるべきだろう。

 何せ、彼女たちを襲ったのはこの国では製造禁止とされているホムンクルスだったのだ。公にして、それらが明るみに出ることを恐れたのだろう。

 仮に昨日のことを知っていて、カルミアとクフェアを尾行していたのであればそれは政府関係者である可能性が高い。


「サリュストル先生に、迷惑が行かなければいいのですが」

「それは大丈夫だろう。この国は、死刑執行人が居なければ死刑を行うことができない。そして、奇しくもこの国に政府公認の死刑執行人は処刑人先生しかいない。いなくなれば、死刑執行人を用意する時間やコストが発生する。流石にそれは避けるだろう。余程の莫迦でない限りは、な」

「クフェアさん、それはフラグというやつですか? ……まぁ、良いでしょう。もしも、サリュストル先生に何か面倒ごとが降りかかろうなら今回の事件は噂で聞きつけて私独断で調べていると言えばいいだけの話。アルメリアに迷惑がかかるのであれば、喜んで迷惑をでっちあげるんですがね」


 そのまま裏路地を使って二人は足を進めていく。

 時折、空でカァカァと何かを告げるように複数のカラスが声を上げて泣いている。カルミアは、本当に襲われても問題ないのかカラスの鳴き声と一緒に混じってわずかに感じる殺気に対しても何かする素振り一つ見せることはない。むしろ、隣に居るクフェアのほうが気が気ではない状態だ。

 彼女が動いていないのであれば、問題ないと飲み込むことにしているのだろう。

 下手に騒げば騒ぐほどに、こちらが不利になる可能性だって否めないのだ。ここは二人が把握している地形でもないのだから。


「相手からしてみれば、私とクフェアさんというよりも……。私のほうが狙いやすそうに見えるので、私を狙ってくると思うんですよね」

「さっき、あれだけ脅しておいてまだ自分が狙われると言い切れるのか……? それはさすがに自信過剰すぎやしないか」

「え、いや。だって、私、とってもか弱そうじゃないですか」


 カルミアは、そっと鞄から鞄を取り出してそれをクフェアへと渡す。彼女の持つ鞄の全てに凝縮魔術が施されているのだ。故に、基本的にどのような小さい鞄であろうとも無限に物を入れることが可能なのだ。

 クフェアに渡した鞄の中に入っているのは、カルミアが持っている鞄の中に入っているものと大体同じようなものが入っている。


「どうせなら、ここからどちらが先に修道院へ行けるか。二手になって行動しませんか。クフェアさんはまっすぐ修道院へ行って、必要な情報や採取をお願いします。その鞄に何でも入れ込めば大抵のものは入ります。死体とかはちょっと厳しいかもしれないので、どうしても持ち帰りたい場合はバラバラにして入れてくださいね?」

「死体なんて入れねぇよ、お嬢さんじゃあるまいし。……普通、ここは俺が囮になるからアンタは先に行けっていうシーンじゃあねぇのか」

「私に普通を求めないでくださいよ。良いですか、クフェアさんが集めるのはあくまでも修道院で何が行われていたのかという情報です。実験の痕跡があれば、全て押収する勢いでやってください。基本的に、私は向かう途中でやってくる連中を全て捌いてからそちらへ向かいます」

「捌くって……解体じゃあなくて、撒いてくるっていうことだよな?」

「さぁ、どっちでしょうか。それは相手次第ですね。……運が良いことに、この路地の右から進めば修道院は近いはずです。私は、反対方向から向かいます。銃声の音がしても、気にせず進んでください。護衛というよりも。……私は、クフェアさんのことを相棒と思って雇っているので」

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