第11話

 そのころ、監獄内を走り回ってはホムンクルスの術師を探し回っているクフェア。

 どれほど探し回っても、檻の中を確認しても中々見つけることが出来ず内心では焦りが顔を出し始めている。目的としている人物をなかなか見つけ出せないのは、何もクフェア自身が魔力をたどり人を探すことが苦手だからということでもなく。また、相手が彼よりも一枚上手の魔術師であるから、ということでもない。


 ――くそ、囚人どもの魔力が充満してらぁ……。


 この監獄は、一般人は勿論のことだが彼ら以外にも魔力を盛大に使いこなすことができる術師までも多く収容されている。併せて厄介なことに、ここでは収容されたものの階級や支払った金額に応じて監獄内での扱い方が変わってくる。一般人や、石ころレベルの魔力を持つものは集団となって檻の中へ入れられている場合が多い。逆に、階級がある程度存在しているものや並以上の魔力を使いこなせる者に関しては独居房に入って自由に読書をすることだってできる。


「いっそうのこと、囚人を全員解放しちまって混乱を招くのが一番じゃねぇのかよ……」


 口では、先ほどカルミアに却下されたことを再び言っているがその行動のリスクがわからないクフェアでもない。もっとも、この手段を行う前に痺れを切らしたカルミアが監獄内の囚人複数人と看守たちを皆殺しにしてしまいそうではあるが。それに、何かと人に面倒ごとを押し付けることが上手い彼女のことだ。

 生かした囚人を有意義に使って、自分たちはいとも簡単に何食わぬ顔で逃げる算段までつけるに違いない。


 ――敵にだけは、回したくねぇ女だな。


 集中をしては魔力を辿り、ようやく着いたのは一つの部屋の前。

 そこに看守室ではなく、誰がどう見ても明らかに囚人が収容されている独居房だ。どうやら、この監獄で二人を取り囲んできたホムンクルスは看守が作り出し操作していたのではなく、収容されていた囚人が作り出して指示を出していたらしい。


「よぉ、囚人さん」


 中にいる人物が、逃げるようなことはしないと判断したのか。もしくは、逃げたところで捕まえることができると確信していたのかは不明だが。クフェアは扉を乱暴に壊しては、独居房の中にいる囚人に近づいていく。扉が壊されたことにより、彼の存在に気付いた囚人はそっと俯いていた顔を上げてクフェアをしっかりと視界に入れる。その部屋は、本当に独居房なのかと疑問を持ってしまうほどに綺麗にされておりさまざまな私物と思われるものも並べられている。

 エスピアの監獄事情など知らないクフェアからしてみれば、奇怪な光景の一つに映ることだろう。何せ、彼のいた国では囚人であれば階級など関係なく皆等しく同じように扱いを受けていたのだ。私物の持ち込みなど、もってのほか。一つのことを許して仕舞えば、そこから綻びが出始めて脱獄者なども多く出る可能性があるからだ。


「これは……。珍しいお客さんだ。格好を見る限り、看守ということでもなさそうだ。私に、何かご用かな」


 人のいい笑みを浮かべては、穏やかに告げる青年。

 何一つとして、証拠という証拠はきっと存在していない。しかし、それは別にクフェアにとっては重要なことではない。ホムンクルスから出ていた創造主のわずかな魔力を辿り、ここに辿り着いただけでは彼を言いくるめることはきっとできないだろう。クフェアは何度目かのため息をついてから、目の前の青年を視界に入れては思考を巡らせる。


 ――まぁ、そもそも俺はそれらしき人物を捕まえるのが仕事だしな。


 思考や方針が決まったのか、軽く頷いてからクフェアは指を鳴らす。

 刹那、青年はがくりと倒れて意識を失ってしまう。


「あれだけのホムンクルスを見事なまでに使っていたから、少しはできる術師かと思っていたが。所詮は、そこまででもないってわけか」


 存外、あっけなく気絶してしまった青年を肩に抱えては彼への魔術的な興味もすっかり消え失せてしまったのか引きずるようにしてクフェアはその場を後にする。果たして、この術師を止めたことにカルミアを現在も襲い続けているホムンクルスがどうなるのかはわからないが、ホムンクルスの動き止まろうとも続こうとも彼女がするべきことは変わらないだろう。

 ゾッとするほどの殺人狂の顔をしてカルミアを思い出しては息をつく。

 ああ、本当に。あの女だけは、敵に回したくない。

 王族であることには変わりはなくとも、すでに王位継承権は剥奪されているクフェアはそっと自嘲するようにわらった。


「その囚人を返してもらおうか」


 廊下を悠長に歩いていると、しっかりと武装した人間の看守数名に声をかけられては囲まれてしまうクフェア。

 ほかにホムンクルスに関わっている連中がいる場合はどうするか、と考えていたクフェアは看守の言葉一つでそれらの心配事は無意味だったことを理解する。何せ、ただの囚人一人に看守たちが大勢で武装をして取り囲む必要はないのだ。確かに、クフェアはカルミアと一緒に開けた場所で戦いを行ってそこそこ暴れている。その影響もあるかもしれないが、たがが一人の囚人のためだけにここまで手厚くする必要はない。

 逆に考えるとすると、手厚くする必要があるということ。今回においては、ホムンクルスの一件にこの青年が大きく関わっていることの証明たりえるのだ。


「それは聞けねぇ相談だな」

「そもそも貴様らは、侵入者であることには変わりはない。こちらの言葉に応じることはないというのであれば、力ずくでも押さえつけて拷問にかけて話してもらう必要がありそうだ」

「おうおう、そりゃ怖いこった。……俺はあのお嬢さんとは違って、生身の人間は殺さない主義でね。だが、殺さないだけで何もしないというわけではない。勿論、生身の人間からは殺さない代わりにしっかりと魔力を貰うことにしてんだなぁ、これが」


 彼のいた国では、罪人に課せられてるのは監獄での無償労働と。そして、無償の魔力提供である。

 魔力提供といえば聞こえはいいかもしれないが、やっていることは彼らを苗床にして他の魔力で動かすものの動力を賄っているだけに過ぎない。故に彼も、敵である生物からはしっかりと魔力を貰うことにしているのだ。別に殺すことが目的ではないため、彼の魔力吸い上げは翌日には歩けるまで回復する塩梅で抜き取ることにしているのだが。

 肩に担いでいる青年が倒れた時と同じように、パチンと乾いた音を響かせて指を鳴らす。それを合図に何が起きたのか理解することができず、看守たちは膝をついてはその場に倒れ込む。青年の時とは異なり、意識ははっきりと保っておらず体を動かすだけの気力がなくなっているのだろう。

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