第36話
「では、こちらに制服がありますので。……その、クフェア様は」
「俺は変身魔術が苦手なんで、事態が落ち着くまで陰で見て置くとするよ。どんな感じでいなすのか、楽しく見学させてもらおうか」
クツクツ、と器用に喉を鳴らしてクフェアはロビーへと向かって足を進めていく。勿論、彼は手助けをするつもりは毛頭ないので影に隠れて事の成り行きを見守っておくだけだ。
カルミアはそそくさと使用人に案内された部屋へと入って、女性使用人の服に着替える。急いで着替えた後に、部屋に備え付けられている鏡で自身の姿を確認してから鏡に触れるか否かのギリギリまで手を近づけて目を閉じて何かを念じる素振りを見せる。
刹那、彼女の姿は違う少女へと変わっていく。
綺麗な桃色のだった髪の毛は、チョコレート色へと変わり瞳も無難な黒色へと変わっていた。目つきも心なしか、たれ目となっており優しそうでおっとりとした印象を与える姿になっている。
「これならば、大丈夫でしょうね」
「す、……素晴らしいほどの、完成度ですね……」
「それほどでも。……では、私は行ってきます。貴方は、なるべく隠れるなりしてください。手荒な真似はしてこないと思いますが、軍人相手なので念のためね?」
パチリとお茶目にウインクをしてから、パタパタと小走りでロビーへと走る。
彼女はどうやら、無邪気で天真爛漫。好奇心旺盛で何処か使用人らしくない使用人、という設定で行くつもりらしい。ロビーで複数人の軍人相手に何かを話しているサリュストルを見つけて大げさに手を振りながら声を上げる。
「あ、旦那様!」
「……え?」
突然声を掛けられたサリュストルは、そっと後ろを振り返って使用人へと姿を変えたカルミアを見る。彼は、自身の屋敷に居る少数人数の使用人は全て把握している。その中で、目の前に居る使用人は一度も見たことがない人物だ。
一瞬だけ、脳内で思考をしてカルミアの仕業なのだろうと把握してからは話を合わせることにしたのだろう。
「使用人か。……我々は、今大事な話をしている最中だ。お取引願おうか」
――自分より下の人間だと分かった瞬間の変わりようには、呆れますね。
にっこりと微笑んで、カルミアはサリュストルの腕を引っ張って軍人などいないように扱っては気にせず口を開いて話し出す。
「今日は、昨日のお勉強の続きを教えてくださると言ってました! 時間になっても、書斎に来なかったので心配になっちゃって……。軍人さんも軍人さんです。勝手に連絡もなくお屋敷に上がってきて、礼儀も知らないんですか? 私でも礼儀はわきまえているのに?」
カルミアは、自身の姿が違って相手が分からないことを良いことにできうる限りの言葉で相手を莫迦にしながら軍人に話しかける。声色もそうだが、確実に表情や雰囲気全てを使ってでも莫迦にしていることが誰にでも分かるようなほどだ。
影に隠れてみていたクフェアでも、それが分かったのか口元に手を添えて肩を震わせて笑ってしまっている。それはもう、声に出さないように必死になるほどには。
「……んん。確かに、そうですね。何度もお話していますが、いきなり来られてもこちらも困ります。それに今日は僕も仕事がありますので、お引き取りください」
しっかりとした声色で帰るように促すサリュストルだが、中々帰ろうとしない軍人。そんな軍人に対してカルミアは、どんどんと面倒になって来たのか肩をすくめて大げさにため息をついて目を細めて軍人を見つめて話し出す。
「聞こえていましたが、カルミア様をお探しなんですよね。あなた方が来られることを聞きつけたのか、荷物をまとめて早々に出て行きましたよ」
「何……?」
「はぁ。夕食くらいは取られても良かっただろうに。足早に出て行かれてしまったのは、あなた方のせいだったのですね。夕食の準備をしてから連絡を貰い、風のように去ってしまったのでがっかりしたんです」
全身全霊で、残念です、という雰囲気を出して言葉を紡ぎ出す。
軍人は、使用人に扮したカルミアの言葉を思考するように顎に手を添えて数秒。その言葉が嘘か本当か調べる必要が出てきたのか。はたまた、流石にこれ以上の長居は無理があると判断したのか、何処か文句を言いたげな表情をして軽く舌打ちをしては謝罪をすることもなく出て行く。
軍人が居なくなったことを確認したのか、陰に隠れて事の流れを観察していたクフェアが口元に添えていた手を離して腹に手を添えてクツクツと愉快そうに笑っている。
「お嬢さん、意外と演技がお上手なことで?」
「意外って、酷くないですかね。私は、元々演技が上手いんですよ。……さて、迷惑をかけるつもりは本当に無かったのですが、結果的にこうなってしまい申し訳ないです。それにしても、あの軍人。礼儀がなってないですね」
自身の頬を軽く、ペチリと叩くと途端に姿が元のカルミアへと戻っていく。
変わっていないのは、使用人の服装だけだ。元より、簡易的な魔術だったこともあり変化していたのは顔だけだったのだろう。カルミアの背丈は、至って普通の少女と言っても過言ではないためにそこまで変えることはしなかったのだ。言われたところで、多くいる背丈なのだから面倒ことは避けるのは当たり前のことだ。
「ああ、大丈夫ですよ。……確かに、突然の訪問は驚きましたが。昨日、チェイルジュリで何を行ったのかをざっくばらんに聞いてはいましたが。何か軍にとって不利益なことでも暴いてしまったのですか?」
「そのようですね。……ですが、不利益なことを暴いたのは昨日ではなく今日のことのようですね。こうなってしまえば、時間との勝負でしょう。下手すると、明日の新聞一面を飾ることになるかもしれないことをしてきましたけど。それと同時に、皇帝側も明るみにしたくないことも見ているので一面に飾ることはないでしょうがね、ええ、今のところは」
自身の顎に手を添えて、何かを考えるようにニコリと表情だけは明るく告げる。
「そういえば。日記は見つかりましたか?」
「ええ、何とか。カルミア殿が半分ほど減らしてくれたおかげで、見つかりました。有難うございます。……ところで、その。日記には、皇帝たちの軍がかつて革命時の時に死刑送りとなった貴族たちへ何か実験をしている可能性がと書いていたのですが、その……これは」
表情に、影が差す。
サリュストルの言葉を聞いて、数回瞬きをして固まってしまったカルミア。そして、静かに目を背けてしまうクフェア。二人の反応を見ただけで、言葉はなくともそれらのことが極めて事実に近い可能性があるということを察してしまったのだろう。
サリュストルは、何処か困ったように眉を下げて微笑んだ。
カルミアは、軽く頭をかいてから重くなった空気の中。口を開いて話し出す。
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