第35話
楽しそうに言っているが、実際は軽口を叩けるような状況ではない。
窮地に追い込まれたときにこそ笑ってしまうのがカルミアだ。自身が死ぬかもしれないという瀬戸際でこそ、楽しみにを見出してしまう生粋の戦闘狂であり狂人。しかし、それは自身のみの話でありその過程で身内判定をしている物が巻き込まれるのを良しとしていない。
冷徹そうに見えて、ぞんざい甘いのだ。
「えっと……」
「気にするな。あいつの言い回しがおかしいだけだ」
急いで移動をすることになったため、クフェアに片手で抱えられている女性はカルミアの言い方に首を傾げてから何を言うべきなのか分からないのか苦笑をしてしまっていた。
使用人一人抱えても速度が落ちることがないクフェア。何か魔術を使っているのか、単純に鍛えられているのかはカルミアには知る由はない。ただ、彼女的には足を引っ張らないのであれば問題ないという考えなのだろう。
三人が屋敷の近くまでやってきては、カルミアが静かに観察を始める。
「……表から行くのは少々厳しそうですね」
「そう、ですね。……クフェア様、運んでくださりありがとうございました。その、裏口もありますので、そちらをご案内します。裏口、というよりも本当に隠し通路のようなもの、なのですが」
降ろされた使用人はクフェアに頭を下げてお礼を言ってから、気配をなるべく消して裏手へと回り二人を案内する。
既に屋敷の表の門には、複数人の軍人が居る状態だ。堂々と中に入るには、危険であることは誰が見ても明らかだ。全く二人の顔が割れていないならば、堂々と表を歩いていても問題なかったかもしれないが、昨日に続き本日もそれなりに様々なことを行ってきている。顔が割れていない、ということはないのだ。
カルミアのみであれば、何か手荒な真似をされる可能性もあるがクフェアはたとえ現在は王位継承権がなくとも腐っても王族であることは変わりない。下手に手を出せば、外交問題になり得る。そのようなリスクを冒すほど皇帝も莫迦ではないはずだ。
「それにしても、何故皇帝様たちが……」
「ま、十中八九。今回の依頼内容に大なり小なり関わっているからじゃないですかね。頭が良いのか悪いのか、よく分からない連中ですよね」
革命時には、平民を上手くまとめ上げて新たな時代を作り出した。勿論、それは悪いことだけではなく良いことだって行われている。
多くの平民たちは貴族や王族に対して不満を持っていたのも事実だった。だが、それはあくまでも表面上しか見ていなかった平民たちの妄想の一つだったのかもしれない。その妄想を助長させたのが現皇帝である、とカルミアは考えていた。
――ま、弁明することをしなかった方もどうかと思いますけどね。
やってもいないことを、やったと言われても否定をすることもなく貴族たちは何食わぬ顔で平然と、堂々たる姿で処刑されていった。自分は何も間違ったことをしていない、何も悪くないのだからこの場で死ぬことは不名誉ではない、という考えがあったのだろう。
「……堂々としていることは言いことですが、違うことは違うと声に出さないと伝わらないことだってあります」
「お嬢さん……?」
カルミアは自身の額に手を添えて息をつく。
彼女は当時、この国に居なかったのでどれほどそれらが凄惨な姿をしていたのかは分からない。だが、たびたび文通していた相手から話は聞いていたのである程度想像は出来るのだ。
「諦め、逃げ。……逃げることは悪いことではありません。戦略的撤退という言葉があるほどです。現状の見極めを行い、再び灯を持って戻ってくる。だけど、それは死んでしまっては意味がない」
全くの感情がないわけではない。
彼女とて、様々な人と関り今に至るまでに様々な国を渡り歩いてはこの場に居る。彼女自身を変えた存在は、別にあれども。それでも、何処かに人間らしいなにかを残しているからこそわかるもの、思うものだって存在しているのだ。
「貴族全員が、泣きわめいて命乞いをすれば果たして何かが変わっていたのか。……アルクさんからそう綴られた手紙を受け取ったことがあります。……はぁ、サリュストル先生には、迷惑をかけるつもりはなかったのですがね」
その言葉に対して、何を返答すればよいのか分からず当時カルミアは返せなかった。そう考えたところで、全て終わったことだ。終わったことに対して何かを思い、引きずり永遠と考えることはある意味で時間の無駄である。そう思ってはいたが、果たしてそれを告げて良いのか分からず、それ以降筆を綴ることは止めた。
「……昨日、監獄に突撃してホムンクルスを一掃していたやつの言う言葉じゃねぇよ。だが、……いくら何でも情報を掴むのが早すぎやしないか。もしかすると、俺たちは最初から目を付けられていて踊らされていた、とかか?」
「私も同じことを考えていました。いやぁ、モテるって罪深いですね」
あはは、と楽しそうに。それどころか何処か照れる素振りを見せながら告げるカルミア。
使用人は、その姿を見てどうすればいいのか分からず苦笑をしてから裏手に隠されているように存在している扉を見て鍵を使用しては静かに開ける。彼女が中に入ったのに続くようにカルミアとクフェアも裏口から屋敷の中へ入っていく。
そんな中、カルミアはおそらく玄関口で軍人の対応をしているであろうサリュストルのことを考えては何か良い案が思いついたのか小さく手を叩いては使用人に話しかける。
「表の軍人の追っ払いは私も参加します。使用人の服を一着借りてもよろしいですか? 穏便に済ませるのでどうぞご安心を、クフェアさん」
顔を全てが出ていたのか、クフェアは指摘されて思わず視線を背ける。
彼女が、穏便に追っ手を追い払うという姿が一つも想像することができないのだろう。今までの所業を考えれば当たり前の話だ。
「構いませんが……、どうなさるおつもりですか? 相手側には、カルミア様もクフェア様も顔がばれていると思いますが……」
使用人はカルミアの要望に対して、快く承諾する。
しかし、何をするつもりなのかは気になるのだろう。首を傾げて、服がある場所まで歩いていく中でカルミアに質問をする。
「私、実は変身魔法もそれなりにかじっていましたので。友人の一人が種族の問題で変装魔術が得意でしてね。興味本位で習得をしてみたところ、結構出来たので。まぁ、出来は良いとはいいがたいので出来ても一時間程度しか維持をすることができないのが考えものです」
一時間でも、一般人からしてみれば凄いことであるが彼女からしてみればまだ底辺でしかないのだろう。クフェア的には、問題しかない性格であるカルミアに友人が複数人居るという事実に目を丸くせざるを得ない。
このような人物と友人が出来るものも、きっと変わり者なのだろうという偏見を持ってしまうことも仕方ないことかもしれない。
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