第34話

 目を伏せながら告げたカルミアも、戻る準備が整ったのかそっと鞄の中に容器を入れては杖を持ち直す。

 クフェアも、そそくさと様々な資料を無造作に鞄の中に入れ込んでから何食わぬ顔でカルミアの隣へ移動する。肩に止まっていた小鳥は、カルミアを見て嬉しそうに「ぴぃ」と鳴いてクフェアの肩から彼女の肩へと移動した。


「ああ、生きていて良かった。……では、広場の路地に転移しますね。さっさとずらかりましょう、こんなところ」


 杖で軽く床を叩くと、突如として地面に広がっていく紋様。

 朱色に広がっていく紋様が光を放ち、カルミアはクフェアの腕を片手で掴んで呪文一つ唱えることもせずに口角を上げて微笑んだ。刹那、二人と一羽は最初からそこに居なかったかのように姿を消していた。

 勿論、帰る間際に開けてきた扉などは魔術を用いて一瞬で元通りにしている。それでも資料などは全て消えているのでここに誰かが来たことはすぐにわかるので、気休め程度にしかならないだろう。

 時間にすると、数秒程度。

 ふわりと転移魔術特有の感覚に、嫌そうな表情をするクフェア。彼の腕をパッと話して周囲を警戒するように気配を探るカルミア。特に何か、二人が罪を犯したわけではないが理由は不明のまま追われているのだ。


「……うん、追手などの気配は全くないですね。このまま、そっと気配を消して屋敷に戻ったほうが良いですね。ばれたら、面倒なことになりそうな予感」


 何も後ろめたいことがないので、仮に軍人に捕まって共について行きある程度弁明すれば解放される可能性も無きにしも非ずであるが、そもそもこの二人は「はい、そうですか」と言って素直に連行に応じるような性格でもない。

 また、連行されたが最後。

 連中は、どのようなことでもでっちあげることが可能なのだ。実際に、二人は罪を犯していなくとも皇帝が罪人であると言えば彼らは罪人になる。残念なことに、それが現実であり事実だ。事実など、あって無いようなものに等しい。


「これだから、転移魔術は嫌いなんだよ……」

「おや? もしかしなくとも、クフェアさん。乗り物酔いとかするタイプですか? 乗り物酔いが酷い方は気圧の変動でも体調を崩してしまうこともがあると聞いたことがあります。今後、そのような国へ仕事で行くときはクフェアさんはお留守番組ですね」


 げっそりとした表情で告げるクフェアに対して、目を丸くしながら言葉を紡ぐカルミア。口先では心配するような素振りを見せているが、態度では一切それらを感じさせていない。彼女は、自身の肩に静かに止まっている小鳥の頭を指の腹で撫でながら問題がなかったのか前へと足を動かして歩き出す。

 多少は疲れたのか、欠伸をしながら歩いておりその瞳は少しだけ眠そうにも見える。先ほどまで、修道院でひと悶着ありなおかつ複数名の軍人を殺戮していた少女とは思えない。

 彼女曰くは、たとえ犯罪を犯していようとも堂々としているほうが捕まらないので好都合という考えらしい。クフェア自身も、目撃者が居なければ問題ないという物騒な考えを持っているのでカルミアと同じようなものなのだろう。


「今日の収集は、あまりにも大きすぎましたね。とりあえず、屋敷に戻ってからこの収穫したものの確認と……。友人にこの国の歴史を問い合わせなければいけませんね」

「この国に、知り合いでもいるのか? ああ、もしかして処刑人先生からこの国の歴史を確認するとかか? いや、でもそれだと友人とは言わないか」

「ああ、記録者の友人ですよ。私は多方面に人脈がありますからね。記録についての情報を求めるのは記録者に限ります。彼らの持つ記録は、緻密で正確。信用するに十分値しますから」

「アンタに友人が居たことにも驚きだが、記録者の友人とは一番の驚きだな。生きていても会えるかわからない御伽噺の存在じゃあないか、そいつらは。ま、何千年も生きていたらそういうこともあるってことか」


 カルミアの口から出てきた、記録者の友人はただの記録者という意味合いではない。この世界には、密かに過去現在未来全てを記録する記録者が存在するとされている。そのおとぎ話のような存在と、カルミアは友人だと言っているのだ。

 普通に聞けば信じることができないだろうが、そう告げているのはあのカルミア・ファレノプシスなのだ。彼女がそういうのであれば、そうなのだろうと思わせる説得力は謎にある。


「ちなみに、収穫したものの確認って話だが。……魔力などを調べて一致するかを確認するってところか?」

「ええ。……この魔力と赤く染まった植物の魔力を調べて一致しているのか。もしくはどこまで一致しているのか、などを調べるつもりですよ」

「一致していたら、それこそ確実に面倒案件であること確定じゃねぇか」

「正直、ここまでくると一致しないほうがおかしいレベルなんですよね。でも、依頼が面倒ではなかったことなど今まで片手で数える程度ですし予測範囲内です。でもまぁ、皇帝が絡んでいるかもレベルの面倒レベルは初遭遇ですねぇ」


 二人が裏路地から出て広場を通り、屋敷へと向かって戻ろうとしていると屋敷の中に居た使用人の一人が二人を見つけて急いで走ってくる。二人の目の前にやって来た使用人の女性は肩で息をして必死に整えている。

 カルミアは、はて、と小さく首を傾げては懐から懐中時計を取り出して現在の時刻を確認する。本日は調査に出るので、二人の昼食は不要であると厨房担当には勿論サリュストルにも伝えている。遅くなり過ぎたのか、と思って確認するも今の時間はまだ十五字程度。丁度、おやつの時間であったが特にお茶会を実施するということも聞いていない。

 くわえて、夕食までにはまだ時間はある。


「カルミア様、クフェア様!」


 ようやく息を整え終えたのか、声が出るようになった彼女は深く息を吸い込んで二人の名前を二人に聞こえる程度の成長で告げる。声を小さくしたのは、周囲のことを考えてなのか。何処か焦ったような雰囲気で口を開いて続けて言葉を紡ぎ出す。


「実は、お屋敷に皇帝様の軍人複数名がやってきております……ッ。その、今は旦那様が何とか止めてくれていますが、どうかその、お助けを……ッ」

「おいおい。皇帝の軍人からやってくるたァ、それは最早確実に黒ですと宣言しているようなもんじゃねぇか。莫迦の集いなのか?」

「分かりました。その人たちを追っ払えばいいんですね。殺してしまったほうが随分と早いのは分かり切っていますが、流石にサリュストル先生の屋敷でそれはいけませんからね。ここまで走ってきてくれたのでしょう? ありがとうございます。クフェアさん、屋敷は近いので私たちも走っていきましょう。どうやら、能無しの莫迦どもは何かと理由を付けて私を惚れさせたいようですから」

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