第33話

 ――いや、今の段階で推測するのは危ないか?


 あまりこの場で資料を読みこみ、推測をしていても答えが出てくるわけではない。それは時間がもったいないと感じたのか、戸棚にあるファイルを全て回収して鞄の中に無理やり入れ込む。奥に居るであろうクフェアにも、推測段階ではあるものの意見を聞くためと彼の進捗を確認するために柄にもなくバタバタとせわしなく走っていくカルミア。

 彼女からしてみれば、この国がどの様なことを過去に行って来てどのような被害がでて、これからどう進んでいくのかは知ったことではないしどうでも良いことなのだ。

 だが、それでも。

 それでも、知人が居るこの国が間違ったまま進ませるのは癪に障るのだろう。知人が信じたものを、そのたった一つの些細なことでも裏切るということだけは彼女はしたいと思わなかった。


「クフェアさん、クフェアさん!!」

「うぉ!? ……お嬢さん、どうしたんだよ?」

「や、ヤバイです、ヤバイ……で、……え?」

「アンタが何を見たのかは知らねぇが、こっちも中々にヤバイことになってるぜ」


 奥の部屋へとやって来たカルミアは、そこに居たクフェアの背中に飛びつく。

 飛びつかれたクフェアは、少しだけ驚いたのか声を上げてそっと首を後ろに向けてカルミアを確認する。彼女をやや乱暴に剥がしてから、彼は自身が見ていたものを見せるためにそっとカルミアの目の前から身体を引いた。

 刹那、クフェアの身体で見えていなかったその光景が広がる。

 広がっている光景は、培養液らしきものの中に存在しているよく分からない物体の数々。こぽこぽ、とわずかに泡が出ていることからその中に入っているのは生物なのだろう。


「……何ですか、これは」

「さぁな。ただ、ただの人体実験にしちゃあ、おかしな点が多すぎる。この中で何かを作ろうとしていたのか。……ああ、そういえばアンタを襲ってきた軍人はどうしたんだ」


 机の上に置かれているクフェアが読んでいたであろうファイルを手に取って視線を滑らせる。クフェアは手に持っていた資料を横目にカルミアへと話しかけている。彼女は、ファイルを机の上に戻して培養液が入れられている容器に近付く。

 その中に入っているものは、生物というのには程遠いがそれでも、生物と言っても差し支えないものだった。生きている物であれば、等しく生物なのだ。

 彼女は一つの仮説が出来上がってしまったのか、苦虫を嚙み潰したような表情をして舌打ちをする。


「……そういうことだったんですね。ああ、軍人は全員殺しました。彼らが中々死なないことも納得です。彼らは面白いことに、頭を潰そうが心臓が貫かれようが立ち上がって死ぬことはありませんでした」

「そりゃ結構な軍団で。皇帝サマは化け物集団でも造り上げるつもりか?」

「そうかもしれませんね。ちなみに、その軍人たちは体内に別の魔力を流し込むことにより内部破裂をして死にました。一部は蒸発したものもいたみたいですが、魔力同士でぶつかり合い拒否反応が出て死んだのでしょうね」


 じぃと容器に入っているものを見つめては、何を思ったのかそっと容器に手を当てて魔力を流し込む。瞬間、中に入っている物体が破裂してバラバラになったものが培養液の中でフヨフヨと浮いている。


「クフェアさん」

「何だ」

「私、皇帝と正面向かって対峙するのって初めてなんですけど。王族から見て、身内の王族が告発されたりするってどういう感じなんですかね」

「まぁ、気分が良いわけねぇだろ。……王族の者が、家族を殺そうとしているというニュースが広がるのを恐れるくらいには、な。そんなことが知れ渡れば、国家が揺れて最悪終わる」

「そうでしたね。すみません、クフェアさんにそれを聞くのは配慮がありませんでしたね。そこは、素直に謝罪をします」


 容器を見つめるその瞳には、わずかないら立ちが込められていたがクフェアに質問をして彼の境遇を知っているカルミアは自身が彼にとっては嫌な思い出の一つを鮮明に思い出させてしまったことに申し訳なさが出たのだろう。

 彼女にしては、やけに素直に謝った。

 他人の努力を平然と踏みにじっては笑う気まぐれで、冷徹な女とばかり思っていたクフェアはカルミアの様子を見て内心彼女の評価を改めながらもまんぞくするように口角をわずかに上げて笑った。

 雇い主が雇い主であるならば、従業員も従業員なのだろう。


「私にとって、死刑は一種の娯楽です。その考えは、今も変わりません。……確かに私は、誰かの信じたものであってもあっけなく踏みつぶすことだってする。ですがね、クフェアさん」


 すぅ、と息を吸い込む音が静かな地価の一室に響く。

 その後に続くであろう言葉を、楽しそうに腕を組んで机に腰を掛けて待っているクフェア。人の心情を読み取ることはできなくとも、彼女が何を言おうとしているのかは察することが出来るのだろう。


「どうやら私は、サリュストル先生の言う通り。身内には甘いようです」


 バキリ、と音を立てて培養液が入った容器の一つがいとも簡単に壊される。

 そう告げた声色は、恐ろしいほどに低く冷たい。まるで、鋭利なつららで心臓を貫かれているのではないかと錯覚するほどの冷たさ、そして威圧感。

 今まさに、逆らってはいけない絶対的な君主が居る。

 そう、思わせるほどに。彼女の雰囲気は凛々しく、冷たかった。


「忌々しいやつらめ……。今に、地獄を味合わせてやる」


 カルミアは、そのまま破壊をしなかった容器を眺めて鞄の中から瓶を取り出して陽気を器用に開けては培養液を入れて、生物なのかも定かでは不確定なものを掴んで傷つけないように瓶の中に格納した。

 その間、クフェアは机の上や戸棚の中に残されているファイルを手にとっては中身を確認して鞄の中に放り込んでいく。驚くべきことに、この地下室は公に封鎖されることもなく、資料も隠ぺいされることもなく当時のままであろうという状態なのだ。極めつけは、現在カルミアが操作をしている培養液が入っている容器。

 綺麗に保管がされており、数日前まで誰かが居たのではないかと思わせる。


「お嬢さん、この部屋についてだが……」

「シィ。……誰かが私の張った罠にかかったようです。そして、残念なことにその罠が今破られようとしています。あらかた資料は鞄の中に詰めて、撤退しましょう。私たちがここに居たということがばれては面倒なので、転移魔術で一気に撤退してしまいます。クフェアさん、資料の回収は?」

「問題ない。そもそも、資料なんて持ち出していいのかよ。全部を見たわけじゃねぇが、見る限りヤバイ内容しか書いてねぇぞ」

「取られたくなければしっかりと鍵をかけておくべきでしょう? それに、中身を見る限りでは盗まれたところで公にできないでしょうし。きっと知れば何も知らない、無辜の民たちはどうするのか、だなんて考えられない皇帝でもないでしょう?」

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