第32話
「さぁて。私もそそくさと合流しないといけませんね。……一応、塔の前に箱庭に通じるトラップも設置しておきましょうか。備えあればなんとらや、という言葉がスファレイトにはあったはず……。邪魔者が来たら来たで、消し炭にするだけなんですけど」
人の命を命と扱わない彼女の行いを、周囲の者が見ればどのように思うのか。
機嫌よく鼻歌を口ずさみながら楽しそうに下へ下へと移動していく。その足取りは驚くほどに軽くて楽しそうであるということが誰が見てもわかる。カルミアからしえみれば、このように一目から隠して行われている人体実験を行っていた疑惑がある場所へ踏み入れるのはそうそうないことなのだろう。
その楽しそうな表情は、まるで未知の知識を吸収しようとする子供のような無邪気さが垣間見えている。
「それにしても……。このような広い空間が地下にあったことに対して驚きしかありませんね。クフェアさんと合流するのも、ちょっと難しいんじゃあないですかね、これは」
ようやく階段を下り終えて、そこに現れたのはまた長い廊下に多くの部屋が存在している地下。
一つひとつ、部屋に入って確認していると下手をすれば入れ違いなどが発生してずっと合流出来ない可能性だって否めない。下手に動くよりも、この場はクフェアに完全に任せて彼女は外で待っているのが一番賢明な判断だ。だが、それを彼女が良しとしないのだ。
「それにしても、とりあえず手あたり次第扉を開けてクフェアさんと他に何かあるか確認をするよりも、いっそうのこと素直に魔力を辿るのが一番なのか……」
魔術を扱うものとしては珍しく、一つ一つ扉を開けて中を確認するというわざわざ時間も手間もかかる方法を選んで確認をして進んでいく。もしも、クフェアが一つ一つ確認をしているのであれば扉は丁寧に閉じられるようなことはないと思っているからこそなのか。
「クフェアさんを探すべきか、私の好奇心を優先するべきか……。んふ、ここはもう答えは出ていますよね」
にんまり、と目を細めて微笑んでから彼女は腕まくりをしてから部屋を物色し始める。
多くは埃が被っており、壊れているものが多いがところどころで生活感を思わせる部屋もある。この部屋でかつて、誰かが閉じ込められていたのだろうと想像することは簡単だった。
「ただの立派な塔がある修道院と思っていたんですけど、全く持って検討違いだったようですね。こういうのって、どうやって作るんでしょうか。あまり変なことをすると、地盤沈下とか発生しそうで大変ですよね」
カサカサと音を立てて地面を這っている虫を見かけ次第潰しては、何か調査に使えそうなものがあれば適当に鞄に放り込んでいく。
この修道院は、数十年前までは監獄として使用されていたこともありその名残がところどころで見え隠れしている。
――聖堂騎士団は弾圧され、異端審問故に解散。当時の総長は処刑されて、その後この修道院は収監場所として使われていた。
「なんだか……この国、ちょっと呪われてるんじゃないかって思うレベルなんですよね、やっていることが」
彼女はこの国の今まであった出来事を軽くしか知らない。
歴史に興味があるわけでもなく、彼女はそれらを記録する記録者でもなく。ただ、太陽の国『ヘリオライト』の中にある港町コスモオラに屋敷を構えている錬金術師でしかないのだ。
「……一度、この国の記録を取り寄せるべきかもしれませんね。確実に、今回の件は罪の欠片が絡んでいることは分かるのですが、この欠片がもしかすると昔からあって。私のところまで話が来ていなかっただけ、という可能性もありそうですね」
ふむ、と小さく声を漏らして自身の顎に手を添えて息をつく。
昔に何があったのか。それを軽く知っているだけでも、現状把握がもっと楽になる場合もあるのだ。カルミアは、今日の探索を終えてサリュストルの屋敷に戻ってから知り合いでもあり友人でもある記録者に連絡を取ろう、と内心で決意する。
あらかた部屋を見回って、必要そうなものは物色を終えて足早に奥へと進んでいく。最初は気配を辿り、周囲を警戒しながらクフェアを探していたカルミアだったが面倒になって来たのかすぅ、と息を吸い込んで彼女なりの大声を腹から出す。
「クフェアさぁん!! 何処に居ますかぁああ!!!」
地下中にカルミアの声が反響する。
ぶわんと声が揺れては消えていく。大きな声を出したというのにも関わらず、その声にこたえる声は存在しない。単純に、このエリアにはいないのだろうと結論づけて小走りで奥へと進んでいく。突き当りまでやってきては、扉が開けられた一つの部屋が視界に入る。
訝し気に首を傾げながら、その部屋の中へと入っていく。
部屋の中にある戸棚は動かされており、壁には奥へと続いている道が存在している。どうやら、クフェアは一人で奥まで進んでいるらしい。
「危機管理能力がないのか。……そもそも、ここまで一人で進もうだなんて思いますかね。まぁ、私であればウッキウキで進みますけどね。どんな文句でも、とりあえず合流してからですよね。それにしても、この地下」
部屋を一つひとつ確認していたが、それらしい確定したことを言えるものはない。
それでも、彼女は確かな異質感を感じ取っている。この地下で、実験かは不明だが何かをしていたことは隠しようもない。
仮に実験をしているということであれば、錬金術師として内容も気になるのだろう。
本棚の奥の道へ進むことは一旦やめる。棚にわずかなファイルが入れられていたことに気づいたからなのだろう。そっと腕を伸ばして、ファイルを手にしてからパラパラと軽くページを無造作に捲っては数回瞬きをして思わず固まってしまう。
「……これは」
そこに書かれていたことは、彼女が思っていたような実験でもなければ可愛らしい人体実験の内容ではなかった。
記載されていたのは、人間の皮を利用してキメラのようなものを生み出すような実験。他にも、魔術回路やその人自身に存在している元々の魔力を遺伝子から改変することによりどのような結果がもたらされるのかというレポートが挟まっていた。
想像の斜め上を超える、その結果。
「これらの実験が、革命時の貴族や王族に施されていたのであれば、由々しき事態ではないでしょうか。それに、革命時代より以前からあったとするならば……。この場所に合ったということは、もしかすると聖堂騎士団に濡れ衣を?」
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