第10話

「さて、腕試しのお時間です」

「はぁ……。最初に会ったときは、随分とまぁ大人しいお嬢さんだと思ったが。アンタはやっぱり、そうだよな。最悪なほどに手のかかる厄介ごとの塊じゃねぇか」

「おや、不満ですか?」

「いいや? こっちのほうが断然面白い」


 二人はそっと背中を合わせて息を吸い込む。

 いつの間にか二人を取り囲むようにして、看守が多く押し寄せてきており数だけで考えると彼女たちには圧倒的不利な状況になっている。カルミアは、手に持っていただけのただの杖を持ち直して魔術師が使用する杖へと変化させては握り直す。クフェアも同様に、手には魔術師が持つようなよくある杖が握られていた。二人して、何も言わずしてものを出したり変化させたりすることを何食わぬ顔で行なっているが上級魔術を扱えるほどの実力者であることを示してる。


 ――周囲の風を使って杖を形成した、とは。初めてそれを平然とする人間を間近で見たかも知れないですね。


 横目でクフェアが形成した杖を感心するように見つめていたカルミアは、視線を彼の杖から周囲の看守たちへと戻す。


「どちらが多く殺せるか、数えますか?」

「いちいち倒した相手を覚えるほど、俺は優しくねぇぞ」

「まぁ、それはごもっとも。面倒ですしね。……でも少しだけ残念です。殺した数を後で発表して競う遊びをしようかなって考えていただけに。ですがまぁ、確かにそれをするにはちょっと適する人数ではないかも知れないですね」


 元々囲まれていたが、それらは数を無限に増やしているのではないかと思わせるほどに増えている。

 増殖の魔術が施されているのか、もしくはこの監獄がすでに魔術の陣形の中に存在しておりカルミアとクフェアが幻覚を見ているのか。そう思わざるを得ない大量に増えている看守を見ては、肩をすくめて呆れてしまっている。


「アンタに言っても無駄だろうが。あんまり、レディがそういうこと言うのはどうかと思うぜ」

「レディっていうほど綺麗なものでもないですがね。でも、クフェアさんはそういうこと言いそうで言わないですよね。育ちが良いのか、なんとやら。まぁ、どうでも良いんですけど」


 一応口では言葉を紡いでみたが、特にそれについていうだけで言って何も思っていないのだろう。

 すぐに失せてしまった興味は、目の前の看守たちへと移っていく。カルミアは、一つ欠伸をしてから挑発的に微笑んで指を鳴らす。可憐な少女の姿からは考えられないほどにその表情や纏う雰囲気は好戦的だ。

 背中を合わせているために、彼女の表情を直接見ることは叶わないクフェアであるが雰囲気で大体を察してしまったのか、彼女の現在の表情を想像することは安易にできてしまったのだろう。もうここにきてから、何度目かもわからない大量のため息をついている。


「良いか。くれぐれも、生身の人間は拘束で終わらせ」

「殺してしまっても、問題ないと思うのですが。ですが、今回はクフェアさんの意見に賛同しましょう。私の目的が達成されていない中で強制送還だけは避けたいですから」


 そっと屈託のない笑みを浮かべてから、看守の姿をした大量のホムンクルスが居るであろう方向へと向かって姿勢を低くしては片手で杖を構えて助走をつけて一気に走り出す。行動に移した彼女を合図にして、一斉に襲いかかってくるのは看守の姿をしたホムンクルスや、しっかりと武装をして各種連絡を行なっている人間と思わしき看守たち。カルミアを標的としているのか、彼女に向かってくるのはさまざまな魔法を用いた攻撃だ。

 クフェアは、一瞬彼女の助太刀を行おうかという考えが頭をよぎったが自身が介入することにより足でまといになってしまう可能性がわずかでもあったのか彼女に加勢することはなく正反対の方向へ向かって足を悠長に進めては的確にホムンクルスを薙ぎ払っていく。生身の人間であれば、拘束するという手段をとるクフェアであるが、そうでなければカルミア同様に容赦がないのだろう。しかも、クフェアに至ってはただただ倒すだけではなく相手の魔力もある程度吸い取っていくのでカルミアとは別方向で質が悪い。

 余談であるが、相手から吸い取った魔力は基本的にそのままでは使い物にならないので自身に合うように調合し直す必要がある。そのため彼は、腰にぶら下げている入れ物に魔力を蓄積していた。


「それにしても……、あ、はは。これは、言い気晴らしになる!」


 先ほどまで静かで、おとなしい淑女のようだったカルミアが一変する。

 狂ったように楽しそうに笑いながら、まるで日頃の鬱憤を晴らすように杖の先を刃物に変化させてはホムンクルスの首を切り落としていく。まるで、その姿は戦いを楽しむ戦闘狂ではなく殺しを楽しむ殺人狂に見えてしまうほどだ。否、実際に見えるのではなく、そうなのかも知れない。

 彼女にとって、殺しというものは息を吸うような当たり前にあるものなのだろう。故に、今回彼女に依頼をしてきたサリュストルの祖父であるアルクは彼女と度々口論になっていたのだ。


「戦闘狂、……つぅよりも。ありゃ、殺人狂だな」


 呆れたような表情でカルミアを見ては肩をすくめるクフェア。普段であれば、関わらない方がいいと判断しているところだが残念なことに殺人狂は自身の上司でもあり今回に至っては護衛対象の一人である。

 あらかた周囲のホムンクルスが片付いたのか杖を構えて周囲を警戒するように見渡す。一難さって、また一難といった具合に数を減らしたはずのホムンクルスは再び増殖していく。


「術者を取り押さえねぇと、キリがねぇな」

「クフェアさん! ここは私が受け持ちますので、頼みましたよ。殺してしまって問題ないならば、私が探しますけど」

「問題大有りだよ、くそが」

「まぁまぁ。……生け捕りにしてください。情報全て、吐かせてやらないと気が済みません」


 クフェアは少し気だるげに返事をしてから、開けた場所から離れてはわずかな魔力を辿っていきホムンクルスを操っているであろう術師の元へ急いだ。

 一方、この場に留まり続けているカルミアはクフェアの気配と魔力がこの開けた場所からなくなったことを確認してから伸びをして首を鳴らす。ついでに、指も慰め程度に鳴らしてからそっと斜め掛けにしていた鞄を地面に置いては盗まれないように術で安置を作り傷つけられないようにする。そして準備が終わった彼女は、至極楽しそうに口角を上げて笑う。


「ホムンクルスって、殺しても殺したっていう手応えがないからあまり楽しくないんですよね。もっと、切り刻んで潰して殴って、その感覚が鮮明にわかるようになれば、あるいは」


 男のホムンクルスが、持っていた槍を機械的に振り上げてカルミアへと攻撃を仕掛ける。

 当然のようにふわりと身体を傾けて攻撃を避けては、まるでふわりふわりとこの戦場と化した監獄の中で逃げ回る蝶の如くに攻撃をかわしてどうするべきかを思考する。彼女からしてみれば、彼らの単調的な攻撃は赤子が駄々をこねているだけの攻撃でしかない。何食わぬ顔でよけては、時折舌を出してホムンクルスに紛れている人間の看守を挑発することも忘れない。

 体制をわざと崩して前のめりになったと思えば、目の前に居る者に向けて武器を吊りかざしてはその勢いで腕がボトリ、と鈍い音を出しては地面に落ちる。横目でそれを確認してから、流れるような動きで次は何もないはずの地面に手をついては何かを引き抜くような素振りを見せる。刹那彼女の手には、剣が握られており後ろに居た者に対して振り向きざま額に突き刺しては勢いよく引き抜く。

 ホムンクルスは、製造者の趣味嗜好により構成が異なっていく。皮だけが人間のようなものも居れば、的確に骨格までも造り上げられている限りなく人間に似せたものだっている。今回のホムンクルスは、全社の革だけが人間の構成なのだろう。


「盛大に悲鳴を上げてくれたら、まぁそれなりにそそるんですけどね。まぁ、血のようなものが出てくるだけ及第点としますか」


 べちゃり、とホムンクルスから出てきた血を思わせる赤い液体が彼女の頬にかかっては染め上げる。

 その液体が血なのか、はたまた別の液体なのかは分からないが適度に赤色に染まったカルミアの姿はまるで戦場の中で武器を持ち返り血を浴びる者そのものだ。やや乱暴に頬に付着してしまった血を手の甲で拭っては、そっと舌なめずりをする。


「クフェアさんが術師を取り押さえるまでの間、まぁ。肩慣らしってことで、遊びましょうかね」


 ポキリ、と鳴らしたその音は後半戦を告げる合図と等しい。

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