第9話
カルミアは肩に小鳥を乗せながら、ニコリと微笑んで看守の案内で歩いていく。
看守の明らかな様子の変わりようにクフェアは、カルミアが何かをしたのだろうということだけは分かっているがそれを彼女に聞くほどの気力はなかったのだろう。肩をすくめては、素直に彼女の少し後ろを歩いていく。カルミアは、クフェアが何かを思っていることを感じ取りながらも欠伸をして、内心で少しサリュストルから何か書類の一つでも用意してもらえばよかったな、と思っていたことは彼女以外は知る由はない。
「いやぁ、本当にありがたい限りですね。クフェアさん、どうですか? 初の監獄見学は」
「思ったよりやかましいな」
「そりゃ、そうでしょうね。……看守さん、一つ良いですか?」
「はい、何でしょうか」
看守は目の光がなく、淡々とした声色で告げる。明らかにカルミアが何かしていることは明白だ。
クフェアはこれが面倒なことにならなければいいが、と内心思いながらも何度目かもわからないため息をつくばかりだ。彼女にかかれば、きっと何食わぬ顔で全てを終わらせてしまうのだろう。
「マリア・アクストレウスは、最初から処刑されるその日まで、この監獄に居たのですか?」
彼女の質問に対して、看守は何も答えない。ただ、知らないから答えることをしないのか情報を漏らすことができないから言わないのか。カルミアは、看守に気づかれない程度に行きをついては再び口を開く。彼女には、真偽が全て分かる。嘘をつけば、彼女にはそれらが全て筒抜けになっているのだ。それは、どのような気遣いであったとしても彼女にとっては嘘でしかないのだ。
回答の幅が広くなってしまうオープンクエスチョン形式の場合は彼女の能力を発揮することはできないが、「はい」か「いいえ」しか存在しないクローズクエスチョンであれば彼女の能力を存分に発揮することが出来る。
「私の質問が良くなかったですね。マリア王妃がこの監獄にいつからいつまで居たのか、最初から居たのかなどを知っている方はいますか」
「……さぁ、どうでしょうね。私は、最近ここに来たばかりですから」
「……ッ! そうですか。それは知らなくとも仕方がないかもしれませんね」
にこり、と人のいい笑みを浮かべたカルミアはスッと表情が一瞬だけ消える。だがそれも瞬きをする一瞬だけのことで、すぐに先ほどと同じような何でもない表情で周囲を見渡している。時折、まるで手慰めのように自身の肩に止まっている小鳥の頭を指の腹で撫でているときだってる。
――術が解けたか、何かが発動したのか。
同時に、クフェアは何か違和感を感じ取ったのか首をかしげて周囲を見る。だが、見た目は何一つとして変わっていない。カルミアも何一つ言うことはしないこともあり、クフェアは自分の気のせいだと思い違和感を感じながらもそれを口にすることはない。仮にカルミアは、目の前に居る看守から何も聞くことが出来なかったとしても他の手段を使って情報を集めることだって可能なのだ。
土地に根付いた魔力、その国漂う雰囲気、空気。昔から居る動物、その他もろもろ。
「それにしても、まぁ。……分かっていましたが、かなり陰鬱としていますね」
「監獄だから、仕方ねぇだろ。まだ、目的地にはつかねぇのか?」
「そうですね、もう少し、かかります」
何処か違和感を感じる物言いに、クフェアは眉をしかめる。
カルミアは何かを伝えるように視線をクフェアをに向けるが、彼女が何を伝えたかったのか彼に伝わったのかは不明だ。彼女は機嫌がいいのか不明だが、鼻歌を口ずさみながら看守の後ろをついて行く。
――目で何かを言ってきたが、この錬金術師サマは何を考えているのか分からねぇ。いや、分かりたくもねぇな。
基本的に、常人の思考を持ち合わせている者にはカルミアの思考は分かるわけもない。
ある程度の常識を兼ね揃えてた狂人でも、彼女の至る思考までたどり着くことはきっとない。それは、彼女の思考が、妖精に近いからといっても過言ではないではないがそれだけが理由ではないだろう。
カルミア・ファレノプシスと同じ思考になるには、多くの年月を生きて趣味程度の殺戮が必須なのだ。
「……確かに、クフェアさんの言う通りそろそろ着いても良いころ合いですよね。看守さん、何かずるをしてませんか」
ニコリ、と先ほどまでと変わらぬ表情と声色で告げる。
質問のようで、それは何処か確信めいた話し方をしているので質問ではなく確認なのだろう。内心クフェアは、面倒なことが起きることを察知してしまったのか、そっと自身の額を手に添えて肩をすくめる。看守はその次に発する言葉次第では、この世から葬り去られることになるだろう。
カルミア自身は、しがない錬金術師と名乗って多くの者がそう認知しているが実際は錬金術師というよりも魔術師、否。魔女と言ってしまったほうが正しい。もしくは、誰にも靡くことはない氷の女王といったところだろう。
どこまでも玉座に座っているのが似合う女なのだ。
「ずる、とは何でしょうか」
「そうですねぇ。例えば、看守さんは最初から
悪人のような笑みを浮かべては、彼女は持っていた杖で思い切り看守を殴りつける。
刹那、看守はドロリと溶けてまるでスライムのような形状になって地面を這い始める。クフェアは違和感を感じてはいたが、まさか目の前の看守がスライムのようになるとは思ってもいなかったのだろう。
――最初から歓迎をするつもりはなかった、と。
彼女は次に何をしようとしているのか。
雰囲気、僅かに纏っている狂気に対して自身が想像していた面倒なことが見事に再現されてしまったことに頭を抱えたくなったのだろう。
「クフェアさん」
「……なんだ」
「鏖殺と、半殺し。どっちが良いでしょうか」
「誰も殺さず拘束するという考えが、アンタにはねぇのか……? ここは監獄の中だ。俺たちは捕まっているようなもんだからな。後処理が出来るのであれば、囚人が入っている檻をぶち壊して監獄を混乱を招き入れて逃げるのが良いだろうが」
クフェアの提案を少しだけ考える素振りを見せるカルミア。
彼自身も言葉を紡ぐも良い案ではない、ということは理解しているのだろう。カルミアもそれを分かっているのか、客観的に考えても彼の提案を鵜呑みにすることにより生じるリスクの方が大きいと判断できるのだろう。首を左右に振って、意見を棄却する。
「それも良いんですが、それではサリュストル先生の苦労が絶えないです。……幸いなことに、この監獄の者たちの記憶さえ捏造することが出来れば外に漏れることはありません。情報管理を徹底しているからこそ、つける穴というものが存在しているんですよ。それに、ホムンクルスの製造は多くの国では禁止されています。表立って公表すると、確実に袋叩きにあうことは明確なので明るみに出すことも嫌がるでしょう。つまり、この監獄に多くのホムンクルスが居る場合はそれらが全滅しても私を訴えることはできない」
ホムンクルス。
今の時代では、その製造物を多くの国、ほぼ全域で製造を禁止されている。製造が出来るのは、禁止国ではない国に所属している者や違法に製造している者だろう。禁止国で、ホムンクルスを製造していたことが発覚した場合は、作成者やそれらにかかわった人物から多くの魔力を没収されるかその知恵を全て剥奪、消去されることになる。魔術師などにとって、自身が培ってきた知恵を消されるという行為は屈辱でしかなく、死刑に値するものと言っても過言ではない。
その消されれしまった、という事実でさえも消えてしまうので魔術師たちは何食わぬ顔でいつもの日常を生きているのだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます