第2話
季節という概念が存在せず、年中紅き薔薇が吐き誇る「贖罪」の国、エスピア。
首都、ピアシオンの中央広場にはまるで見世物のようにして大きなギロチンが鎮座している。今でこそ、広場のギロチンは役目をほとんど終えているようなものであるが昔は毎日のように大量の人がこの断頭台に登っては首を刎ねられていた過去がある。
「うわ、これはこれは。凄い気配ですねぇ。負の魔力が満ち溢れています。使いようによっては、きっと素晴らしい
「それは喜々として話すようなことでもねぇだろうが」
「まぁまぁ。……それにしても、この国はなんとも。昔とは変わっているようで、何一つとして変わっていませんね。これを良いことととらえるべきなのか、そうではないというべきなのか」
「昔は王政に不満を持った民衆による革命があったんだろ。……同じことを繰り返すことがなけりゃいいがな。王政に関わらず、そういうもんは中々根本的なことは変わることはねぇ。これは経験談だ」
コツコツ、と綺麗な装飾が施された芸術品にも見える杖で地面を小突きながら足を進めている桃色の髪をした少女、カルミア・ファレノプシスは隣を歩いている長身の男、クフェア・クォーツの言葉を聞きながら思うところがあったのか苦笑いをしてしまっている。クフェアの片手には、少し大きめの革で出来た旅行鞄が握られている。カルミアが杖しか持っていないところを見る限り、彼が持っている旅行鞄はカルミアの私物なのだろう。
クフェアは面倒そうに一つ欠伸をしては、空いている片手で軽く自身の頭を掻きむしり眠そうに目を細めている。
「それにしても。……見渡す限り、紅い花が多いですね。広場の処刑台もあるせいか、何処か血に染まった花のように思えてしかたがないです」
「この土地は、昔……否。革命時に、とある王妃の首を刎ねてからは土地が彼女の血に染まってしまっているのか。どれほど植物を育てなおしても赤く染まってしまうのです。人々はこれを、王妃の呪いと呼んでいます。……僕はそう、思いませんけどね」
花壇に生えていた薔薇をはじめとした、紅く染まってしまっている様々な花を眺めながらカルミアに話しかけるのは一人の高身長で優しそうな風貌をした青年。羽織っているロングコートといい、革手袋といい見るからに質のよさそうなものであることは誰が見ても明白であり。それは、彼がそれなりの身分を持っているかお金に困らない生活をしているのだろうという証明になる。
クフェアは表に出すことはしないが、話しかけてきた青年を警戒する。
カルミアは決して、護衛が居なければ何処かに行くことができない非力で戦えない少女ということではない。事実、彼女にも同行人と呼ばれるものがおらず一人で各地を飛び回っては戦地へと足を運ぶことだって存在していた。
「これはこれは。……ムッシュ・ド・ピアシオン自らが迎えに来てくれるとは思いませんでしたよ」
「その呼び名は止めていただけるとこちらとしてもありがたいのですが。……仕事中であるならばまだしも、今は休暇中、ですので」
青年は困ったように眉を下げては、そっと胸元に手を添えて綺麗に会釈をする。上げられた顔は、眉は下がっているが人を不快にさせない程度に微笑まれている。カルミアは数回瞬きをした後に、首を左右に振ってから短く謝罪の言葉を述べる。そして、ゆっくりと会釈をした後に目深にかぶられていた帽子を調整してはゆっくりと、それでいてしっかりとした足取りで青年の元へと向かう。
「ところで、この見事な薔薇の赤。一見すると、色水の中に植物の根っこを付けたような気もしなくはないのですが。水道から出てくる水は、通常の透明ですか?」
「ええ、至って普通の水です。……他の者は、呪いだと言って水に手を出すことはしていませんが。貧しいものはそうも言ってられない。先日、貧しいスラム街で亡くなった方の死体を解剖しましたがいたって健康体でした。否、健康体というわけではないのですが栄養が足りていないこと以外は普通だったのです。それに、僕も面倒なときは水道水を飲むことがありますから」
カルミアは青年を見て、「ふむ」と小さく呟いてから普通に話を進めていく。
この場において、何一つとして理解できていないのはクフェアのみだろう。彼女も彼に何か説明をすることなく、脳内で様々なことを思考しているのかそれをまとめるように数回瞬きをしてから野に咲いている赤く染まった花を見つめているばかりだ。そっと青年は、クフェアを見てから何も聞いていないのだな、と推測して思わず苦笑をしてしまってから説明をするように口を開く。
「申し遅れました。僕は、アルク=クエイトス・サリュストルと申します。此度は、様々なことを解決するために調査をしてくれる錬金術師と名高い彼女に事件調査の依頼をした者です」
「……サリュストル家と言えば、エスピアの処刑人一族だったはずだ。……ああ、なるほど。だからお嬢さんがアンタのことをそう呼んだんだな」
「サリュストル先生、この花は摘み取っても問題ありませんか」
「ええ、大丈夫ですよ。もし必要なものがあれば、僕の方でも出来る限りは手配しましょう。……あと、その。その呼び方も気恥ずかしいので他のものに変えていただければありがたいのですが……」
「注文が多い人ですね。ま、呼び方を変えるつもりは毛頭ありませんが。……それにしても、これを王妃の呪いと言うには些か、頭がお花畑なのでは」
ゆっくりと薔薇の赤に染まり切っている植物を摘み取っては、肩から斜めかけにしている鞄の中から袋を取り出してしっかりと入れて保管をしてから再び鞄の中にしまい込む。
今回の騒動である、王妃の呪いというものに関しては一切の興味がないのかクフェアは何処か暇そうに広場に存在している処刑道具の一つであるギロチンを視界に入れては息をつく。その様子に気づいたサリュストルは、そっとクフェアに話しかける。
「ギロチンが珍しいですか?」
「話では聞いたことがあったが、実物を見るのは初めてなんでな。俺が居た国にも、死刑がなかったわけではない。ここより魔術が発達していてな。死刑となったものは、魔術発動の苗床となる。それが執行方法だったらしい。……まぁ、詳しくは知らねぇが」
「そう、でしたか」
サリュストルはゆっくりと目を伏せてから、何処か寂しそうに微笑んでは処刑台を見つめる。
処刑執行人である彼には、様々なしがらみが存在しているのだろう。怠惰で自ら動くことを面倒ごととして良しとしないクフェアであるが、全く空気が読めない男ではない。その様子を見て、小さく何度目かもわからないため息をついてから面倒ごとになりそうだな、内心で呆れかえっていた。
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